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ep27 手紙が来ない

 シンマオが葉加瀬に引き取られてから一週間が経った。


 シンマオの引き取り手を探す時間も無くなり、夜も各々の部屋で寝るようになり、すっかり以前の生活に戻ることができた。


 ただ一人、龍我を除いて。


「今日もねえなぁ……」


 早朝から自宅の塀に取り付けられた郵便受けを確認する。朝夕の二回、毎度こまめに確認を取るのが完全に日課になっていた。しかし目当てのものは見つからない。


「はぁ……」


 ため息を付くことも日課となっていた。代わりに入っていた朝刊を手に取り、しぶしぶ家の中へと戻る。


「またなかったのね」


 玄関前では雀女が悟るような目で兄を見つめていた。朝食の準備中なのでエプロンを身に着け、右手にフライ返しを持っている。朝の貴重な時間の合間を縫い、様子を確認したのである。


「そうだよ。もう一週間だぜ? 何かあったんじゃないか?」


 一週間に一通手紙を送る――シンマオが約束を破るアンドロイドでない以上、心配は募るばかりであった。起算日の決定をしていなかったとはいえ、遅くとも今日には来るはずなのだ。


「そうねぇ~。じゃあ手紙の意味を知らなかったんじゃないかしら?」


 雀女は龍我のように焦ったり不安に思ったりすることはなく落ち着いていた。


「それなら聞くはずだろ」

「なら勘違いしてたのね。住所そのものを知らなくて内容だけ書いてポストに入れたとか」

「う~む……。あり得なくはなさそうだが……」


 シンマオのこれまでの言動を考えたら、正しく手紙を送れない可能性は十分にあった。


 今更になって、手紙という言葉を簡単に使ってしまったことを龍我は後悔した。




 シンマオがいなくなってからというもの、龍我はボーっとしていることが増えた。


 ふとした拍子に彼女のことを考え、上の空になる。そうでないときも全体的な倦怠感で体が覆われ、何のやる気も起きないということが多かった。

 手紙が来ないこともこの症状に拍車をかけている。家族は気にしすぎだと言うものの、悪い予感がしてならない。


「おーい、聞いてるか?」


 翔の声を聞いて、龍我はハっと我に返った。


「え? あぁ悪い、聞いてなかった」


 周りをキョロキョロと見まわすとそこはいつもの通学路で、同級生が心配そうな顔でこちらを見つめている。龍我は自分が帰宅途中であることを思い出した。

 強い紫外線を浴びせる太陽光も、五月蠅く鳴くセミの音も、無意識にシャットダウンしていた。気分はいきなりその場所に飛ばされたようである。


「せっかく明日から夏休みだってのに、テンション低いなーお前」


 翔は龍我に顔を向けたまま、後ろ歩きをして話し始めた。


「そっかなぁ……。別に低くしてるつもりはないんだけど」


 口を尖らせながら、龍我もとぼとぼと後を追う。


「アレか? あのロボットの娘。いなくなって寂しいってか?」


 翔はニヤニヤといやらしい顔で尋ね、からかった。


「違う! 違う違う!」


 手を横に振って否定する龍我だったが、すぐに俯瞰で自分を見つめ、ムキになっていることに気付く。


「……まぁ、でもちょっと生活に刺激が足りなくなったかもな」


 動いていた足を止めて空を見上げた。ちょうど視界にあの裏山が入ってくる。


「なんかもう懐かしいな……。あの時さ、俺が隕石みたいなのを……」


 シンマオとの出会いは今月の出来事であるはずなのに、遠い昔のように感じた。

 目を細めて裏山を眺めていると、謎の飛来物が向かっていることに気付く。


「あ、あれは……!」


 デジャブだった。


「俺、ちょっと行って来る!」


 あの時の興奮が湧き上がってくる。重かった足取りが嘘のように、龍我は一直線に裏山へ走っていった。


「おいおい……俺は行かねーからな!」


 視界から遠ざかっていく龍我に、翔は手を口に当てて叫んだ。




 龍我は一心不乱に飛来物が落ちたところへと走った。前回のことがあるため、場所のアテが付いている。


「はあ……はあ……」


 迷うこともなく走り続けて体力が切れた時、ちょうど目的の場所に辿りついた。窪みは浅いが範囲はかなりの広さがある、大きな窪地である。


「……卵?」


 窪地の中央には白い卵型の物体を発見した。あれこそが飛来物であろう。


 恐る恐る近くまで寄り、その大きさに唖然とする。長軸の直径は五十センチを超えていて、現存する野生生物が生み出したものとは考え難い。質感も生物とは違う、工業製品のように人工的である。さらに表面には奇妙な窪みまで存在した。


「おぉい君! それに触れてはイカン!」


 物体の観察をしていると、聞き覚えのある声が後方から聞こえた。龍我は振り返って声の主を確認する。


「え? 葉加瀬さん? 葉加瀬博士さんですよね?」


 振り返った先にいた男性の正体に自信がなかった。見た目も声質も葉加瀬にそっくりであるが、特徴的な物腰の柔らかさは一切ないからだ。


「ああ、そうだ。確か君は……」


 相手は龍我の顔を覚えているようだった。面識があるとなると、本人以外とは考えづらい。


「そうです! 中道龍我です! シンマオがお世話になってます! シンマオは今どうしてますか!?」


 本人と確信した龍我は、愛想よくシンマオのことを尋ねた。やっとシンマオの様子を聞ける、心の中は歓喜でいっぱいだった。


「……まあ、元気にやってるよ」


 だが葉加瀬の返事は、龍我の心に水を差すかのように素っ気がなかった。社交辞令的な会話すらせず、卵型の物体の元まで駆け寄っていた。


 以前会った時との雰囲気があまりにも違い、龍我もその違和感が許容しきれないものになっていく。


「あの、どう元気なんです? もうちょっと詳しく……」


 それでもシンマオのことを聞きたいという気持ちが上回っていて、さらに言及を続ける。


「うるさい! 今は君と話してる時間じゃないんだ!」


 突然、葉加瀬の態度が豹変した。話す時間すら惜しむほど卵型の物体へ執着していて、激高が顔に表れている。


「待ってくださいよ! 何で様子すら教えてくれないんですか! それにこれは何なんですか!」

「黙ってくれ。研究だよ研究!」

「そんな怒ることも……」


 言葉を言いかけた瞬間、後頭部に強い衝撃を感じた。


 痛みは一瞬で頭全体に広がり、意識がもうろうとする。たまらずうつ伏せに倒れ込む。目も霞み、視界がぼやけてくる。


 薄れゆく意識の中、首を回して後ろを確認すると、真っ黒な服を着た人間が棒状のものを持っているのが見えた。


 どうやら葉加瀬の仲間が来ていたらしい。


「コ、コナンかよ……」


 意識を失う直前、既知感のある展開に龍我は思わず呟いた。

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