ep20 はじめてのテレビ局
ビルの中に入り、地下駐車場で四人は降りる。
白加を先頭とし、四人は関係者専用のエレベーターまで移動した。エレベーター前には既に何人もの人が待っており、混雑気味である。
ちょうどエレベーターが地下階に到着した瞬間だったため、龍我たち四人が待つことはなかった。先頭の人から順にぞろぞろと乗り込んでいく。
ブー! ブー!
全員が乗り込むと、警告音がした。重量オーバーの合図である。
「アレ? ひぃふぅみぃ……」
龍我がエレベーター内の人数を数える。定員は十五人に対し、エレベーター内の人数も十五人であった。人数的には問題がないとなると、問題は個々の重量になる。だが見た目からでは、平均を大きく上回る人間が見当たらない。
そうすると、原因として考えられるのは一体のアンドロイドであった。
「……シンマオ、自分の体重分かるか?」
一連の推理を一瞬で行い、龍我はシンマオに体重を尋ねた。
「137キログラムアル」
シンマオは金属のような物質でできているため、人間とは密度が段違いであった。こうなれば重力オーバーも納得である。
「よしっ、降りるか」
玄麻の即決により、階段で控室まで移動することに決定した。
目的の楽屋があるのは二階、上れない段数ではなかった。
人気のない階段を上り、二階まで到着。壁に貼られていた案内板から、楽屋まで無事に到着できた。
楽屋はテーブルとイスだけが用意された簡素なつくりであり、テーブルの上にはおにぎり二つと唐揚げの入ったシンプルなお弁当が二つ用意されていた。タレントの玄麻とマネージャーの白加の分であり、龍我の分はスタッフの予定外である。
部屋に入ってすぐ、龍我がイスに座ってお弁当を開けた。
「ところで父さん、今日はどんな番組に出るの?」
龍我はおにぎりを一口食べて尋ねる。子供故に遠慮など微塵もなかった。
「クイズ番組。結構フリーダムにやれるから面白いぜ」
「クイズ? バングミ? フリーダム? 分からない言葉アル」
玄麻から出た言葉は、シンマオにとって聞き馴染みの全く無いものばかりであった。
「えっとだな……」
説明役として出陣するのは龍我。おにぎりを一旦置くと、スマホの辞書でそれぞれの意味を確認しながら、シンマオに分かるよう説明を始めた。
その様子を微笑ましく見ながら、玄麻と白加もイスに座った。
「ねぇ玄麻。収録前に共演者にシンマオの紹介しておくのはどうかしら?」
スタッフはともかく、共演者は収録後に時間を割いてくれるとは限らないため、今のうちに宣伝しようということだ。
「おっ、いいね。俺が挨拶ついでに紹介するぜ」
玄麻は指を鳴らし、すぐさま立ち上がった。座ってから再び立つまでの時間は一分にも満たない。フットワークの軽い人物である。
「あ! 俺も行く!」
説明を終えた龍我が、手を上げて同行を望む。
その時、既に玄麻は入口の直前、一足先に廊下に出ようとしていた。ドアノブに手を掛けた瞬間、楽屋に一人の女性が入っていた。
「おはようございます! 本日共演させていただく、こままわし佳代子といいます!」
佳代子と名乗った女性は、目一杯の笑顔を玄麻に見せた。チェック柄のドレス衣装や愛嬌に全振りをした全身の仕草は、どことなくアイドルの雰囲気を感じさせる。
「おう、はじめまして。よろしく!」
きさくに返事をする玄麻。本人もチャラチャラとしたキャラクターであるために、この程度では動じないのではあった。奥にいた白加も見慣れているためるので驚く様子はない。
「カヨコ、覚えたアル」
シンマオも初対面の人が自己紹介をしただけと認識したらしく、疑問を持つ様子はない。
その場で困惑しているのは龍我だけであった。
奥の三人には目もむけず、佳代子は玄麻に話し続ける。
「私、特技があるんですけど披露していいですか?」
「へぇ、どんなの? 見たい見たい!」
玄麻のノリの良さは底抜けである。テレビに映らない場所であろうとも、突拍子のない話にも嫌な顔一つ見せず対応する姿勢は、業界内でも高く評価されていた。
「鼻でスパゲッティ食べます!」
佳代子はどこからともなくスパゲッティを一皿取り出してきた。
「コマ関係ないんだ」
「いきます!」
玄麻のツッコミは見事にスルーされ、息つく間もなくスパゲティを鼻ですすりはじめた。ズルズルと大きな音を立て、本当に鼻から麺を流し込んでいく姿に、一同は注目する。
「んがっ!?」
しかし、佳代子の挑戦は途中で壁にぶつかった。
「ああぁ……あぁ……!」
突然、麺の動きがピタりと止まり、佳代子がか細く嘆いた。目尻に大きな涙の粒を溜め、顔を真っ赤にさせる。手を鼻で抑えて皿を落としたかと思えば、立っていることすらままならなくなり、膝を床に着けてしまった。
「どっ、大丈夫か!?」
演技ではなく、本当に緊急事態であることを察知するのは容易である。玄麻はしゃがみ込み、佳代子と目線を合わせながら確認を取る。
「ぢがうんでず……。ぎょう、ざんばいめだがら……いづもはでぎるんでず……!」
涙が溢れ、こぼれ落ちていく。濁った声で泣く姿は非常にいたたまれない。
「カヨコ、何があたカ?」
「鼻でアレを食べるのに失敗したんだ」
シンマオの疑問には、龍我が耳打ちで説明した。
「そっかそっか、詰まっちゃったか。とりあえず……」
背中を擦りながら辺りを見回す玄麻。テーブルの上に置かれていたペットボトルの水とビニール袋が目に入った。
それらを手に取ると、床に落ちたスパゲティをビニール袋に回収し始める。
「さ、ここに出してスッキリさせな」
佳代子の鼻にぶら下がっているスパゲティを、玄麻はゆっくりと丁寧に引っ張った。さらには鼻に水を流し込み、滑りを良くしようとしていた。
夫の優しい対応を見ていた白加は、ドア前までスタスタと大きな足音を立てながら来て、しゃがみ込んだ。
「私がやります」
玄麻の手をはらい、白加は佳代子の鼻をつまむ。
「いや俺がやるよ。それよりスタッフの人を……」
「わ・た・し・が、やります」
その言葉には感情が表に出ていた。怒りとはまた違う、特別な感情。玄麻はすぐさま察知し、おとなしく一歩引いた。
「……へいへい」
スタッフを呼ぶ役割は、玄麻自ら行うことにした。
その後スタッフが現場まで到着し、佳代子は休憩室へと運ばれた。しばらくして、彼女自身の体調は落ち着いたものの、念のために病院での診察を受けることになってしまった。
すなわち、番組の出席者が一人欠けてしまったのである。




