21・ワビサビチート
アルファポリス様より、7月上旬にデビュー書籍発売が決定いたしました。完全書き下ろしです!
活動報告をご覧いただけると嬉しいです。
まるでタイミングを計っていたかのように、私の支度が終わったところにユリくんがやってきた。
「クラリッサ、迎えに来た。朝の約束通り、一緒に庭園を歩かないか?」
歩こう、じゃなくて「歩かないか?」と問いかけになってるのは、今までのクラリッサの対応が塩過ぎたせいだろうね……。
ユリくんは笑顔だけど、その中にも私を窺う様子が見える。ここで「やっぱり嫌です」と言われるのが怖いのだろう。
そういうところも可愛いけども、推しの幸せは私の幸せ。推しの不安は私の不幸。やはりユリくんには私に対して安心してもらわなくては。
「もちろんです。お待ちしておりました」
私がにっこりと笑顔で答えると、ユリくんはよろりと一歩後ずさった。
自分の手で顔を覆い「くぅ」と小さく呻いている。
……大変、心当たりがある反応。
私がよくなる状態異常。不意打ちのファンサを食らったときみたいな感じだね。胸の中で「世界に幸あれ! 生まれてきて良かった!」とか叫んでる状態。
「う、腕を、組んでも良いだろうか!?」
「はい! ありがとうございます! 喜んで!」
お互いに変な風に緊張しているせいで、ふたりとも妙に大声になってしまう。
何故か照れながら怒鳴り合っているような私たちを、視界の隅でジェマがにんまりと笑いながら見ていた。
初夏らしい日差しは眩しくて、ヘザーが渡してくれた白い日傘を広げる。UVカット効果は期待できないけど、可愛いので500点だ。
庭園の中央付近にある四阿を目指して、私たちはゆっくりと庭を巡っていった。
大輪の花を咲かせた艶やかな芍薬や、ラベンダーも咲いている。
からりとした心地のよい風が吹き抜けていって、その中に草の香りを感じた。
「少し待ってください」
私が頼めば、ユリくんはすぐに立ち止まってくれた。
少し屈んで、花壇の中のラベンダーに手を伸ばす。摘み取ったりはせずに花びらを少しだけ撫でて、私は花に顔を近づけた。
「良い香り」
私がラベンダーの香りを吸い込んでいると、ユリくんがそれに興味を持ったのか隣にしゃがみ込んできた。
そして、すうっと息を吸い込もうとして――。
「確かに、良い香り――うわぁぁあああ!?」
自分でしゃがんだくせに、私と顔が近すぎたことに驚いて飛びすさっている……。
真っ赤になって、朝あれだけ馬車の中であれこれしたのにこの反応! くぅー、初心過ぎる!
こういうところが可愛いけども、いつか慣れちゃうんだよね? 慣れてくれないと困るけど、なんだかそれも寂しい気がする。
「すまない、ラベンダーが良く香ったので思わず。……あれ? これは確かにラベンダーの香りだが、あなたが付けている香水の香りがしなかった」
「香水は付けておりません」
スパッと私が宣言すると、ユリくんは新緑の色をした目を大きく見開いた。
さっき支度をしたとき、ヘザーは最後に当たり前のように香水を用意した。
けれど、私はそれを「要りません」と断った。
昨日2回もお風呂に入ったし、「香水を使わないと体臭をごまかせない」というわけではなさそうだ。となれば、香水はマナーのひとつかもしれないけど見栄の部分も大きいはず。
「――だって、一緒に花を愛でて、髪に挿す花をユリウス様に選んでいただくのですよ? 私が纏いたいのはその花の香りです」
私が香水を付けなかったのは、花の香りを邪魔したくなかったからだ。
日本だって、食事に行くときにきつい香水を付けたりするのは避けた方がいいって考え方がある。少なくとも私は、通り過ぎたときに思わず振り向いちゃうくらいの香水を付けた人が隣のテーブルにいたら、引くしね。
近くに来た推しの香りを嗅ぎたいのに、通路挟んで反対側の人がめちゃくちゃ匂ってたりしたら、末代まで祟るレベルだよ。いや、末代までだと無関係の子孫に迷惑掛けちゃうから「七度生まれ変わっても」くらいが適当かな。
「私が選んだ花の香りを、纏いたい、と」
ユリくんは頭を殴られたようによろめき、ふらふらと私から数歩距離を取った。
「……尊い」
ユリくんの口からオタク用語が飛び出した! 後ろの方で誰かが吹き出した声も小さく聞こえたけど、多分ジェマだね。
「なんと尊い考え方なんだ……私は今までそんなことを気にしたことはなかった。あなたは、私が贈る花をそこまで大事に思ってくれるのか?」
目が落ちるよ!? ってくらい目を見開き、ユリくんは手をプルプルと震わせている!
そうだよ、朝付けてもらった花も置いて来ちゃったし、私にとってはとても大事なの!
「ユリウス様が私のことを考えながら選んでくださる花ですもの」
澄まして答えながら、私は内心ガッツポーズを決めていた。ッシャー! これが日本人の「ワビサビ」ですわ!
自分を目立たせるばかりがアピールじゃない! 時には引くことが最大の効果を発揮することもあるってね。
今の私に大事なのは「自分が前に出ること」じゃない。ユリくんを引き立てることだ。
つまり、「花を愛でるユリくん>越えられない壁>私」ということ!
「どうしよう、幸せすぎてどうしたらいいかわからない」
ユリくんはしゃがみこんで頭を抱えてしまった。大変尊いリアクションです。合掌。
「ユリウス様の幸せは、私の幸せですよ」
彼に日傘を差し掛けながら、私も向かい合ってしゃがみ込む。
するとユリくんはまた驚いたらしく、私をじっと見つめている。
「……あなたは、そう思ってくれるのか。私の幸せが自分の幸せと」
「はい。だって、好きな人の幸せを喜ぶのは当然のことでしょう?」
「私のことを好き!? いいいいいいいつから!?」
「昨日から。言ったじゃないですか、心を入れ替えた、と」
私が微笑みかけると、ユリくんは頭から湯気が出そうなくらい赤面した。





