20・デートなんだからオシャレしたいんですよ!
アルファポリス様より、7月上旬にデビュー書籍発売が決定いたしました。完全書き下ろしです!
活動報告をご覧いただけると嬉しいです。
改めてお茶の時間辺りに庭園を一緒に散歩するという約束をして、私とユリくんはそれぞれの部屋に戻ってきた。
「ヘザーさん、私もユリくんのお仕事を手伝える感じです? 私自身の仕事というのはないんでしたっけ?」
私が尋ねると、ヘザーはスッと近くに寄ってきてくれた。
「クラリッサ様個人でなさらないといけないお仕事は、現在は特にございません。ですが、慣例として高位貴族の令嬢は慈善事業などを行うことが多いです」
「なるほど……施策に関わる者の実地訓練みたいなものですかね。クラリッサはやっていなかったんですか?」
「……クラリッサ様は、孤児院と病院への支援をしていらっしゃいました」
ヘザーの言葉に不自然な間が開いた。まだこの人と出会って1日しか経っていない私でも気づくほどの不自然さだ。
「それは、クラリッサが自発的に? それとも、例えば公爵から仕事を振られたとか他の理由があって?」
「はぁ……この人相手にごまかそうとするのは良くないんですよ。はっきり言っちゃいましょう、クラリッサ様は義務としか思ってなかったって」
私が更に尋ねるとジェマがため息をつきながら割り込んでくる。ジェマのこういう率直なところは今の私にとってありがたい。
言ってる内容は、なんとなく予想が付いていたことだったけども。
「王太子殿下の婚約者であるメアリー様は、実際にご自分でも足を運ばれて、病院への支援を積極的にしていらっしゃいます。クラリッサ様は『メアリーは無能だから現地に行かないと何も出来ない』と仰ってましたが」
ジェマの声には冷たい響きが混じる。私は顔を覆って「クラリッサぁ」と呻いた。
あまりに、あまりに理論的すぎる。日記を読んでいても思ったけど、そこに存在する感情が薄い。
「そういうことじゃないんだよね……何が本当に必要なのかは、現地に行かないと判断できないって事も多いのに」
「クラリッサ様が、そういうお考えで良かったですよ」
どうも、「民のため」というのはクラリッサにとって概念であって、同じ人間という意識がなかったんだろうな。
ややこしい子だよ、本当に。
私なんかは日本に生まれ育って「自分は民」って意識が強いからそこは乖離しないんだけど。
「でも、前は現地に行っていなかったなら、今後は行っても態度が違うことについて指摘されないという可能性が高いですね。それはちょっと助かった」
「前向きで素晴らしいですよ。……つまり、クラリッサ様はお仕事をしようと思えばいくらでも出来る立場にあります。今までは定期的に一定額の支援を行っていただけで、それ以外のお仕事はしていらっしゃいませんでした」
「なるほど、わかりました。今の私にはまだ猶予があるんですね。今のうちにクラリッサの日記も読みながら勉強をします。そして、ユリくんの仕事も手伝えるようになる! そうしたらもっと一緒にいられるもんね、キャー!
凄いな、自分の仕事が推し活の一環になるなんて最高では? 課金は出来ないけど私の労働が直接推し活になる!」
テンションがブチ上がった私に、ヘザーやジェマを始めとしてその場の侍女がみんな遠い目になった。
……もう、スルースキルを身に付けられ始めてしまった! なんて順応性なの。
元のクラリッサは、お勉強に関しては優秀だったんだろう。でも、彼女は知識ばかりで理屈が通っていてもやることに血が通っていないと私には感じた。
日記にも、一番最初の孤児院支援の時に遠目に見ただけで「こどもは嫌い」だと書いてある。
ただ遊んでばかりで、自分を高めようという姿勢が欠片も見られない、とか。
いや……こどもはそうやって社会性を養っていくんだよ。
自分の地位が高いことは自覚していても、彼女は実際の民と交わっていないから「どれだけ恵まれていたか」を多分実感していない。
物さえ与えていればこどもは育つと思ってたっぽい。そういう人は元の世界にもよくいたけども……。
今はクラリッサの日記を読むことが最優先の勉強と思って読んでいたけど、これはかなり拷問に近い。面白さが欠片たりとも存在しない。
「辛い……でも仕事なんてそんなものか」
「おや、さっきは仕事最高って言ってませんでしたっけ」
ちょっぴり愚痴ったら、こういう時はスルーしてくれないジェマに突っ込まれてしまった。
「そろそろ、外出の準備をいたしましょう」
待ちに待ったヘザーの一声で、私は身支度を調えることになった。
外歩きに向いた装飾少なめの服に、レースの手袋と日傘。扇子やハンカチといった小物を入れたレティキュールという小さな巾着が用意される。
「わあ、凄く綺麗」
ガラスビーズで精緻な装飾が施されたレティキュールを持とうとしたら、ジェマにさっと取り上げられた。ガーン、と驚きを隠しもせずジェマを見つめたら、苦虫を噛みつぶしたような顔で彼女は私を見つめた。
「侍女が持つことが多いんですよ。そもそも、自分で物を運ぶという、高位貴族の令嬢らしからぬ考え方は捨ててください」
「そんなものなの? いや、でも私は自分で持ちたいです。自分で出来る範囲のことはさせてくれるって約束でしょう? それに、このドレスにこれを持ったら、可愛いと思う! 折角ユリくんと一緒に歩けるんだから、可愛くしたい!」
私が熱弁を振るったら、その場の侍女は全員一度呆然とした後で、こくりと頷いた。
「それは私どもにもわかります。好きな殿方と一緒にお出かけするのですから、少しでも可愛らしく見せたいという気持ちは当たり前のことですね」
「でしょう!? 自分に出来る最高のオシャレをしていくのは推しに対する礼儀です!」
拳を握りしめる私は、一瞬前まで得ていた「同意」の視線を失った。何故!
「その、『推し』がわかりかねるのですが」
「でもクラリッサ様がユリウス様をお慕いされていることは、十分伝わってきます」
「そのうち伝授しましょう。世界が幸せになる推し活について。……あっ、これは、今はやめておきます」
最後の仕上げにヘザーが使おうとしたものを断ると、彼女は言葉もないほど驚いて固まっていた。





