19・私とあなたは違う
不定期更新にも程がある……すみません。
アルファポリス様より、7月上旬に書籍発売が決定いたしました。
活動報告をご覧いただけると嬉しいです。
クラリッサの日記を読んで、私は胃がキリキリと痛みそうになった。
ボッティータ公爵家の長女として生まれたクラリッサは、生まれながらにしてこの国の中心に携わることが運命付けられた存在だった。
年回りから言っても、ふたつ違いの王子の妻となり、後の王妃となる可能性が高かった。
それでなくとも、同じような家格を持つ高位貴族に嫁ぎ、あるいはボッティータ公爵家の総領娘として然るべき婿を迎え、国政の中枢に近いところに位置するであろう夫を補佐する可能性もあった。
……どちらにしろ、高い教養や他の令嬢たちに対する模範となる振る舞いを求められる。
そして、彼女の場合、自分は将来の王妃になるのだと信じていた。
少なくとも、日記から読み取れる範囲では、「未来の国母として相応しく」あるために努力していた。
王子の妃として年齢的に相応しい他の令嬢は、クラリッサから見て「自分に勝るところのない」力不足の存在だった。
ここできついなーと思ったのが、別にクラリッサはランスロット王子のことを恋愛的に好いていたりはしなかったということ。
というより、14歳辺りのクラリッサの日記には「私事」がなかった。全て、国のため、家のため。
高い身分に生まれ、望まれたことを全て習得して周囲の期待に応えるクラリッサは、日記に泣き言を吐き出すことも恥と思うほどにストイックな努力家だった。
「はぁ~……」
途中まで読んだだけで、私の精神がまいってしまいそうだ。
クラリッサは選民思想の持ち主だけど、選ばれた人間であるからには民に恩恵をもたらさなければならないという意識も持っていた。
勉強も何もかも、全て自分のためのものではなく、「自分の民」のため。
ノーブレス・オブリージュの塊か。もはや変態レベルだと凡人の私は思ってしまう。
所々に、両親に褒められて素直に喜ぶ妹・ジュリエットへの冷ややかな感情が書き綴られている。
クラリッサは、努力の途中経過を褒められても喜ぶ気になれなかったのだ。
彼女にとって喜べる時は、「学んできたことが真に役立って、結果が出た時」だ。
それはつまり、王太子妃として迎えられ、この国の女性の頂点に立ち、その上で国史に残るような功績を打ち立てた時。――目標設定が異様に高すぎるのよ。
クラリッサのことを知っておかなければならないと思って彼女の日記を読み始めたけれど、途中で昼食の知らせが来た。
しかも、ユリくんから食事へのお誘いがあるそうだ。
ヘザーに今までどうしてたのか訊いたら、毎日お誘いがあり、そして毎日断っていたと。
おおお……毎日お断りって、どんだけ鋼メンタルなのよ……。
感情が顔に出がちなあのユリくんを、2年も毎日しゅんとさせたのか。考えられないわ。想像するだけで震えが止まらない。
まあ、私は「心を入れ替えた」ので、これからいつでもユリくんと一緒にお茶も食事もするけどね!
侍女たちへの仕打ちは決して許されるべきじゃないけど、私の中にはクラリッサを「哀れな子」と思う気持ちが芽生えている。
ひたむきに努力を続け、けれどそれは彼女が望んだ形では報われず。
――そして何より、誰かを好きだと思ったことも、心を寄せる人と過ごす時間の楽しさも知らない女の子。
それが、「クラリッサ・マリエル・ボッティータ」だ。
ユリくんとふたりで食事を始めると、すぐに彼は私の表情が浮かないことに気づいた。
「表情が浮かないようだが……慌ただしかったから疲れたのだろうか? 庭園の散歩はまた明日にでも……」
はぁ~、ありがたすぎて涙が出るわ。気持ち的にはちょっとだけ沈んでたけど、ちゃんと会話の受け答えはしてたのに。
ユリくんはそれでも「表情が浮かない」と看破した。どれだけ私のことを見ているんでしょうね! いやーん、照れちゃう。
「いえ、大丈夫です! その、今日からここに住むと思ったら少し緊張してしまって。……それより、ユリウス様の執務などのご予定は?」
執務室があるからには、執務があるんだろう。話を逸らしたくて、私は彼の仕事に話題を変えた。
「私の執務は……午前中にほとんど終わらせている! きょ、今日は、あなたと過ごす約束があったから」
「ぐう……」
人間には「ぐうの音も出ない」ってときもあるけど、「ぐうとしか呻けない」時もある!
今が、そう!
ワンコ系婚約者から顔を赤らめながら「あなたと過ごす約束があったから仕事を早く終わらせた」なんて言われたら、呻くしかないでしょう!?
「執務をほとんど終わらせたなんて、ユリウス様は凄いですね」
私が持ってる貴族のイメージ、机の上に未確認でサイン必要な書類が山積みになってる感じだから。
率直な褒め言葉に、ユリくんはパァっと顔を輝かせた。うっ、素直過ぎる! 山ほど褒めたくなる!
「うん、頑張ったんだ! ……ああ、いや、その。ウ、ウン、午後のお茶の時間には間に合うようにするから、少し待っていて欲しい」
「何時間でも,何日でも待ちます!」
この、ぽろっと少年っぽい素が出るところがさ!?
私はガタッと立ち上がりたいのを必死に堪えて、淑女らしからぬ大声を上げてしまった。
んもー、クラリッサってば、身近にある幸せに目を向ければ良かったのに!