No.71 集うチカラ①
「学長、ごめんなさい。メイジ、逃げちゃった……。冠のリングで追おうとしても、拒否されてるの感じて分からなくって」
魔業携帯通信装置で通話をしながらアークはノアで木々の上を飛んでいく。ノアの最高高度は地上200メートル程度までだ。それ以上は様々な問題が生じてしまう。
《そうですか。弱りましたね。陛下には絶対、何があっても、アークが連れ戻してくれると言ってしまったのですが》
「何でそんな余計なこと言っちゃうんですか……」
《でも、わたしよりずっと立派なご褒美を出してくださりますよ》
「それは確かに……。でも、メイジはどうあっても帰りたくないって感じでしたよ。連れ戻せたところで、また逃げ出しちゃう気が……」
アークの下には霧に覆われた広大な森が広がっている。――幽玄谷だった。森より高くを飛ぶと、まるでそこに雲の川が流れているような光景になっている。それに霧は森の木より高くに広がらなかった。
《しかし、陛下はシュザリア君か、メイジ殿下が戻ることをお望みです。シュザリア君は魔界でしょうから連れ戻そうにも難しいでしょう》
「え? 学長、シュザリアとクロエなら、ちょっとずつ魔界を出ようとして来てますよ。だから、多分……魔界の出方が分からなくなってるのかも知れないです。ぼくがお迎え行きましょうか?」
森がなぎ倒されたところに来てアークは降下していった。そこだけ霧が薄く、崖壁から放射状にあらゆるものが薙ぎ倒れている。2年前、セブンが幽玄を下した時に破壊された場所だ。抉られた土や、腐りかけた倒木に新たな緑が宿り、芽を出そうとしている。
《そうですか。それではお願いしましょう。陛下はシュザリア君を溺愛しているので、大喜びしますよ》
「本当ですか? じゃあ、じゃあ、卒業して、すぐにお城勤めの魔術師になれますか?」
《シュザリア君か、メイジ殿下の口添えがあれば簡単だと思いますよ》
「あ、そっか……。じゃ、切ります」
ケータイをポケットへねじ込むとアークは幽玄谷の洞窟へノアに乗ったまま入っていく。以前、シュザリアやクロエとともに乗り込んでは次々と現れるモンスターに苦戦した道だ。しかし、今はノアに乗ったままモンスターの間をすり抜け、あっさりと進んでいく。最深部には深魔の穴がある。恐らく、シュザリアとクロエが魔界に行った時に通った穴だ。幽玄と戦った時、クロエと強力して封印をしたが、谷に満ちる霧を見る限りでは封印が解除されている。
「さて……セブンのこと、ちゃんと見つけてくれたのかな?」
深魔の穴は壁にあった。気分の悪くなる、濃度の高い魔力を放っている。ぐるぐると渦を巻く、濃紺や黒、紫色の混じり合った不思議な空間が広がっている。ノアをプレートに戻して服へしまうと、ためらいもなく深魔の穴へと踏み込む。腰につけていたチェーンの片方を外して先端を持つ。
「成功してくれるといいんだけど。――時間を繋ぐ鎖」
チェーンの先端が光り、猛烈な勢いで伸びていく。それに引っ張られるようにアークは上下も左右もない、ただ混沌とする空間に呑み込まれていった。
「魔界も慣れたかなって思うと、すぐにまた変なのに出会うよね……」
ぶすっとしながらシュザリアは言い、目の前にある無数の扉の列を眺めた。鉄製のいかにも頑丈そうな門で、それがずらりと列になって長く連なっている。その脇を通ろうとしても触れれば爆発して騒ぎ立てる、赤いギザギザの植物がこれでもかと群生しているので通れない。
「そうね。……通る度に何かあるような仕掛けじゃなければいいけれど」
クロエもまた、うんざりしたように返す。彼女達の後ろには血の池があった。別に2人が何かを血祭りに上げたという訳でもなく、勝手に自殺していくくせに、自殺した分だけ再生する奇妙なキノコが追いかけてきた痕跡だ。結局、業を煮やしたシュザリアが遠くへ吹き飛ばした。
「どうしよう? やっぱり通らないとダメかな?」
「そうね……。来た道を戻るのも少し億劫だし」
「……変なのじゃありませんように」
軽く祈ってからシュザリアが1つ目の扉をくぐる。――と、上から巨大な剣が落ちてきた。とっさに一雫の涙を発動すると剣が弾かれる。それきり、静かになった。
「くぐる度に何かがくるのかしら――」
クロエもまた1つ目の扉をくぐると、今度は先ほどよりも大きな斧が落ちてくる。しかし、クロエは落ち着き払って片手で斧を払いのけた。巨大な質量の斧はそれだけで弾かれて薮の中へ消える。
「ねえ、クロエ。1つ、提案あるの」
「奇遇ね。わたしもよ」
「一気に駆け抜けよう」
「同じ意見よ」
顔を見合わせると頷き合い、2人は駆け出した。扉をくぐる度に上から物が降ってくる。そのほとんどは巨大な刃物で、数を重ねるごとに大きく、重くなっていく。しかし、ただ降ってくるだけなので2人は無視して走り続けた。
「これ、終わり見えないね」
「階層が変わるかも知れないわ」
「やっと3回目かあ……」
「果てしないっていうのも頷ける広さよね」
何だかまったり会話しながらも2人はすぐ背後に落ちる刃物から逃げて扉をくぐっていく。だんだん、扉の列は斜面を登り始めてくる。全力で走る2人だったが、息切れなどはほとんどないようだった。魔界に来てからの2年間――もっとも、彼女達はすでにどれくらいいるのかなど分からなくなっているのだが――で、体力をあまり消費せずに全力で動く方法を見つけている。
「――到着っ」
最後の門をくぐり抜け、降ってきた巨大な鉈をくるりと回りながら避けるとシュザリアが一番でゴールを駆け抜けた子どものようにはしゃいだ声を上げた。続いてクロエも登りきり、降ってきた中華鍋のようなドームを払いのける。
「着いたのはいいけれど……ここは面倒そうな場所ね」
「……あれ、そうだね」
周囲を見てシュザリアがクロエに同意する。そこにいたのは魔界のどこにでもいて、どこからでもちょっかいを出してくる、ゴブリンと呼ばれる種族だった。アークが呼び出したものとは違う種族らしく、額から一本の短い円錐形の角を生やしている。
「女だ! 地上の女だぞ!」
「あら、聞き取りやすい声」
「やっぱりアークのとこのゴブリンって、ちょっとアレだったんだね」
「何をはしゃいでやがるんだ、女! 女! 女……女、何て名前だ!」
どうやら2人の名前を呼びたかったらしい。
「わたしはシュザリアで、こっちがクロエだよ」
「シュザリア、クロエ! お前ら、美人か!?」
尋ねられてシュザリアとクロエはアイコンタクトした。魔界の傾向として、とにかく地上の認識が疎い。例え、どんなデマを吹き込んだとしても信じ込んでしまう。――特にゴブリンのような種族は。
「美人じゃないよ、全然。ね、クロエ」
「ええ。あまりにも醜いって言われてこっちに落っことされたの」
「そうなのか!? 本当だな!?」
揃って2人が頷き、ゴブリン達が集まって何やらこそこそと話す。
「どうなると思う?」
「結局、ゴブリンってあまり頭は良くないのよね。だから――」
「お前ら、殺して食べる!」
クロエの言葉の途中でゴブリンが一斉に躍りかかってきた。
「やっぱりこうみたい」
「やっぱりだね」
はあ、と嘆息する2人。余裕の態度だ。ゴブリンが手にしている棍棒で殴り掛かってきた瞬間、2人の足元で魔法陣が発動される。半円形のドーム状バリアに阻まれてゴブリンがばらばらと落ちると、すぐに魔法陣が消えた。クロエが大きな鎌を手に出現させ、それでまとめて一掃する。しかし、ゴブリンはどこからでもわらわらと集まってきては2人に襲いかかる。
「一気にやっちゃうね! ――星の槍」
上下相関関係の魔法陣が展開されると、そこから巨大な光の槍が突き出してゴブリンを一斉に駆逐する。光はゴブリンの体を貫くと、その全身が焦げてばたばたと気絶していく。
「そこまでだ、ゴブリンども!」
突然、よく通る低音が響いた。ゴブリンが慌てふためきながら逃げていくと、その開けた場所に下半身が馬、上半身が漆黒の甲冑に覆われた人型の魔物が降り立つ。それは手に大きな剣を持っていた。
「この縄張りはおれのもの。つまり、お前らはこのおれ、セントー様の妃となるのだ!」
「めちゃくちゃな理屈よね」
「ねー」
セントーが2人の方へ駆け出す。下半身が馬だけあり、まばたきの合間に眼前へ迫ってくる。慌ててシュザリアが横へ逃げるが、クロエは鎌で振り下ろされた剣を受け止めた。
「なかなか、しかし……!」
ぎりぎりと火花を散らす両者の得物が弾かれる。クロエが力負けし、セントーが後ろ足で立ち上がりながら一気に剣を突き落とした。




