No.70 深紅の戦場③
光の奔流から転がり出てきたアークをメイジが銃で狙い撃つ。しかし、ノアが銃弾をまたも防いだ。
「危っぶなあ……メイジ、ちょっと規模がおかしくない?」
「アークこそ、その魔術具はすごいですね。どうして、そんなに銃弾を防いでくれるのですか?」
「これ? ノアはね、ぼくが造った新しい金属で出来てるんだ。伸縮して、自在に形を変えられる。そこに魔法陣で命令を与えて、様々な形状に変化させることで物理的に効果を発揮出来る魔術具になった。特許も取っちゃったから、あと何年かしたら大金持ちだよ、ぼく」
ノアがアークの右腕から外れるとボード形態になった。ノアには形態ごとに違う魔法陣が仕込まれている。ボード形態の時は地属性魔術と風属性魔術を複合させて空中を自在に進めるようになっている。もっとも、乗りこなせるようになるまで何度も怪我をしたのだが。
「そのボードだけでも欲しいですね」
「これもね、特許取っちゃった。面白いスポーツになると思うよ」
大きく旋回しながら宙へ上がりアークが言う。下からメイジは見上げる。空を自在に動く相手と戦ったことなどなかった。あるとすればワイバーンとやりあった時以来。何とも辛い勝ち方だった。
「そうですか。そろそろ、戦いに戻りましょうか。君を倒す方法が浮かびました」
メイジが上方配置魔法陣を展開すると、アークは表情を曇らせた。訓練を積み重ね、アークは魔法陣の紋様を読み取って効果を知るという離れ業を習得した。
「それ、シュザリアよりヤバいよ……」
「そういえば姉さんは今、何をしているんでしょう。――光の雨」
シュザリアが使っていた攻撃用の魔術とほぼ同じ効果。上空から降り注ぐ、無数の光弾。シュザリアと違うのはその範囲、つまり魔法陣の大きさと、1発の光弾に込められる魔力の濃度。そして、降り注ぐ光弾の量。
「これは本当、駄目だって!」
急旋回をしながらアークが魔法陣の下から抜け出すが、その上にさらに大きな魔法陣が展開されていた。脱出するのに必死で気付かなかった。
「捉えましたよ。星の槍」
魔法陣から一筋の光が円錐形の突撃槍を形作ってアークを貫く。とっさにノアで防ごうと足を持ち上げたが、間に合わなかった。大地へそのまま叩き付けられて、アークは痛みに呻く。
「痛ったあ……ノアに乗ったまま戦うのは無謀だったかな……」
ボード形態のノアが元のプレートサイズに戻ると、アークはそれを拾ってポケットへしまった。一方のメイジは強力な魔術を連発してまでぶつけた一撃を食らい、それでも痛がる程度でこたえないアークに驚いていた。発動するのに使った魔力はなかなか莫大だった。それにも関わらず、あまりこたえていない。
「アーク……まともに食らいましたか?」
「え? ううん、まさか。あんなのまともに当たったら痛いじゃ済まないよ」
「だとすると、何かしらの魔術具で威力を軽減……。そのカラクリから見抜くとします」
服についた砂埃を払うアークの頭上と足下に魔法陣が展開された。
「上下相関、属性は雷――? ヤバいね」
「雷景」
上下の魔法陣の間で凄まじい雷がスパークする。しかし、アークが足踏みをすると下に展開されていた魔法陣が書き換えられ、バランスを崩した魔術が激しく爆発を起こした。アークは砂埃の中から颯爽と駆け出していて、メイジに真正面から向かっている。
「そろそろ、ぼくの番ね!」
プレートのノアをアークが投げた。一瞬でメイジの頬を掠め、一筋の赤い血を流す。反応すら出来なかったことにメイジが僅かな恐怖を覚える。自慢の魔術をぶつけてもダメージがなければ、あっさりと破られる。ノアを投げられたのも血が垂れるまで分からなかった。久しくなかった、強敵との対峙。
「――紅の空」
空が赤く輝き、メイジが顔を上げた。ノアがいつの間にか空を縦横無尽に駆け巡り、その軌跡が閃光となって魔法陣を描いていた。その規模は桁外れに大きく、直径100メートルはあろう巨大さだ。魔法陣が濃い赤に輝くと、空が紅に染め上げられる。ズズ、と魔法陣から落ちてくるのはマグマのようなどろりとした赤い液体だ。タライをひっくり返したようにその液体がそこら中へ振りまかれ、メイジがとっさに魔術を発動しようとするがアークが飛びついてくる。
「ぼーくの、勝ち!」
ガシッとメイジの両腕を押さえて飛びついて倒れ込む。身動きも取れずに迫ってくる魔術に目を大きくしていると、アークが笑った。瞬間、空の巨大な魔法陣が消え去る。赤い光もなくなり、元の青い空になる。
「さて、と。メイジ、お城に戻ってくれる?」
メイジを解放し、手を貸して立たせるとアークが尋ねる。
「……嫌ですね」
「でも、ぼくの勝ちだよ。あのまま止めなかったら、この辺りは全部……焦げ臭く、って言うか、真っ黒の炭になるところだったけど。メイジもね」
「なりませんでしたよ」
「ええ? そういうの言い出したらキリないよ……」
「申し訳ありませんが、少しわがままになったので」
コートの内側にメイジが手を入れ、再び出すとナイフが握られていた。そのままサクリとアークの腹部を正面から刺す。
「外傷はないので安心して下さい。ただ、眠くて眠くてたまらなくなるだけです」
ナイフを抜いてメイジが言うと、アークは「あれ?」と首を傾げたまま足元が覚束なくなる。ナイフを握るメイジの手を掴み、必死に倒れないようしがみつく。
「魔力の回復を図ろうとする……原始反射を利用してるんだね……。体内の魔力を乱して、魔力がないって錯覚をさせる……誰が造ったか知らないけど、面白い……やり方……」
メイジの持つナイフに刻まれている魔術具の紋様を読み取り、その原理だけを理解したところでアークは眠りに落ちた。うつぶせになって無防備な寝顔のまま寝息を立てる。ナイフをコートに戻すとメイジは緊張を解くように深いため息をついた。
「まだ、ぼくは弱いですね……。ダウン、行きましょう」
コートの裾がひるがえる。アークに背を向けてメイジはまっすぐ歩いて行った。その後ろにダウンが付き従う。陰湿な、不機嫌そうな顔をしたまま。
「メイジ、お前は一度も攻撃をされないで負けたぞ」
やがてアークの姿が見えなくなったところでダウンが口を開いた。
「どういうことです?」
振り向きもせずにメイジは言い返す。
「空を赤くするだけの魔術に取り乱したのが敗因だ。紅の空……あれは、ただの見せかけだった。もっとも、あの規模の魔法陣を展開させた時点で、効果を持たせたものも扱えるのだろうがな」
「そうですか。……アークらしくて、少し嬉しいですよ。負けるのは悔しいですが、そもそも、彼が本気でぼくと戦おうとするとは思えませんし」
立場も、肩書きもなく、ただ友達になってくれたアーク。
魔術師なのに争いごとが嫌いで、見せびらかしにきた魔術具は戦闘のためだけのものではなかった。
「どこへ行く?」
「折角ですから、グヴォルトへ戻りましょうか。アークの故郷に」
コートを翻しながらメイジは荒野を往く。
真っ赤な空を思い出し、小さくほほえむ。魔術の奥が深いことを、友達が強くなったことに。




