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No.53 揺るぎ出す世界③

「ちょっと、ぼく、ご機嫌斜めなんだよね。人間なんかがさ、この塔に堂々と入ってくるなんて本当にムカつく」

 バベルを五階まで一気に駆け上がると、そこにスピードがいた。半ズボンにシャツというラフな格好だが、その顔は怒りで染め上げられている。

「それはこっちの台詞だ。元々、バベルはドラスリアム平定の願いを込められて造られた建物。それを軍のものにするなんて言語道断。軍隊なんか自衛だけ出来ればいいんだ」

 シャオが言い返して双刀を構える。デュランも大剣を出し、遅れてアークが悪魔の懐刀(デモンズ・ナイフ)を取り出す。

「うるさいな! うるさい、うるさい、うるさい! 人間なんかが、ぼくに口答えするな!」

「何をキレてんだよ、クソガキ!」

 スピードが消えたかと思うと、シャオが双刀で蹴りを受け止めていた。衝撃でアークはのけぞったが、デュランが片手で背を支えてくれた。

「シャオ、上で待つ」

「ああ、先行け!」

 アークの首根っこを掴んでデュランが走り出す。

「何でぼくを無視してくんだよ、殺すぞ!」

「お前の相手は、おれだって!」

 デュランを追撃しようとしたスピードだったが、シャオが間に割り込んだ。いつの間にかスピードはステッキを持っており、それでシャオと激しくぶつかり合う。その間にデュランは階段をのぼっていく。

「どうして、ぼくについて来られるの? まだ本気じゃないとは言え、人間の領域じゃないよ」

「知らないのかよ? フォースじゃなくても、人間の領域なんか超えられるんだぜ」

「へえ、そうなんだ。――生意気だね」

 スピードが言い、魔術を発動する。上方配置魔法陣。瞬間、シャオへ向かって無数の水がつぶてとなって襲いかかった。水のつぶては高速で弾かれ、弾丸をも凌駕する威力を持つ。

「んの……!」

 双刀でつぶてを払うが、量が多く捌ききれない。

「ほらほら、どうしたの? ぼくなら、こんなのちょちょいのちょいなんだけど?」

「そしたら、お前も踊ればいいさ!」

 言ってシャオが双刀を放り出すと、ブラックシューターを出した。つぶてを受けながら全身を血で滲ませるが、まっすぐスピードへ銃口を向ける。

「そんなので当たると思ってるの?」

「当たる」

 引き金が弾かれて魔弾が放たれる。スピードの姿が消えて魔弾が奥の壁へぶつかった。

「当たらないじゃん」

「終わってない」

「っ!?」

 壁へめり込んだはずの魔弾がスピードへ向かってまた向かってくる。避けても避けても、執拗に魔弾は追いかけてくる。ブラックシューターがさらに2発、3発と追尾弾を撃ち出した。さらにつぶてを発する魔法陣を打ち抜くと、その紋様が変化して爆発する。

「しつこいのは嫌いだよ!」

 避けるのを止めたスピードがステッキで魔弾を叩き落とした。魔弾は爆発して煙を上げる。そこへシャオが突撃し、双刀を振るった。僅かに刃はスピードの頬を掠める――。

「当たっちまったな?」

 挑発の言葉だったが、スピードの目は大きく見開かれる。ショックで硬直したのか、次に繰り出していたシャオの拳がまともに当たった。床を転がり、スピードが仰向けに倒れる。

「何だ……? 意外と打たれ弱かったか? やっぱりガキはガキか……」

「ガキ、ガキって……」俯せになり、スピードが両手をついてゆっくり立ち上がった。「さっきからぼくのことバカにして、ちょっとほっぺを刀が掠めた程度で、何をいい気になってるの……?」

 声が震えているのに気付いてシャオは気を引き締める。強い感情は魔力を引き出す。スピードのように性格の歪んだ人間は一度、キレてしまえば手に負えなくなるようなタイプだ。こんこんと湧き出る怒りを全て魔力によって発散すればどんなことになるのか。

「中身は知らないけど、お前はガキだろ」

「うるさいっ!」

 ビリ、と肌が痺れる。子どもの癇癪のそれに似たようなものだが、フォースというバケモノじみた力の持ち主。

「いつだって、そうだ。シロも、サードも、セカンドだって……。ぼくのことを子ども扱いして、バカにして……。お前もだ。セブンだって。許さない。ムカつくんだよ! 死ね! 殺してやる!」

「そういう台詞を吐けるのはガキかキチガイだけなんだぜ?」

「……レベル・マックス・空間乖離。ぼくの最後の能力を受ければ、誰も敵わない。ボスにだって。オリジナル・セブンにだって勝てるんだ……」

「は?」

「ぼくの世界には、誰も逆らえない」

 スピードがステッキを床へ突くと、そこから部屋中に紋様が広がっていく。その輝きは純粋な光。無色透明。

「発動。――歪曲世界(ディストーション)

 輝きが強くなってシャオは光に飲み込まれた。まばたきを繰り返して視界を戻すと、そこは真っ白い空間。どこが壁で、どこが天井なのかが分からない。足下に影もなく、宙にそのまま立っているような感覚さえする。

「何だ、これは……?」

「ここでは物理的な速さなんて何の役にも立たない」

 スピードの声だけがする。淡々とした、機械的な声だった。

「お前のお株が役立たずってことだろ? 大した魔術なのは分かるけど、それがどうした?」

「すぐに分かるよ。この空間の支配者は、ぼくなんだ」

 直後、魔法陣も展開されずにシャオへ向かって長く細い氷柱が向かってきた。双刀で砕き落とそうとしたが、いきなり氷柱は軌道上から消えてシャオの背に突き刺さる。脇腹を貫通し、氷柱の先端から血がしたたる。

(今のは……!?)

「ここにいる限り、ぼくの攻撃は絶対に当たる。そう簡単には殺さない。……ぼくに向かって、助けてください、って哀願するまで殺し続ける!」

 氷柱が四方八方から向かってくる。ブラックシューターを出して氷柱を撃ち落とそうと引き金を引くが、弾丸は銃口を出た瞬間に少し離れた場所へ一瞬で移動し、シャオに向かってくる。自ら放った弾丸に撃ち抜かれ、氷柱が全身に刺さる。激痛に喉が張り裂けそうなほどの悲鳴を上げる。

「何をしたって無意味だよ。生物の肉体から離れた全ての物質はぼくの意のままに転移する」

 膝を着いたシャオの前にスピードが現れる。

「まともにやっちゃ勝てないから、こんな手ぇ使うのか。この、卑怯者」

 挑発するようにシャオが言った。しかしスピードは顔色を少しも変えないで見下ろすだけだ。

「……人間の方が卑怯でしょ。戦争のためだけにぼくらを作って、用済みにしたんだから」

「それはお前を造った野郎のことだろ」

「そうだよ、そいつは人間だ。だから、人間なんて嫌いなんだ」

 2本の氷柱がシャオに突き刺さる。1本は左肩を背後から氷柱が貫き、シャオはその勢いで俯せに倒れた。もう1本は倒れたシャオの右手の甲を貫く。顔だけ上を向いてシャオがスピードを睨みつける。侮っていたつもりはないが、これほどの力をスピードが持っているとは思ってもいなかった。フォースに優劣があるのか、シャオには分からなかったが同じのがあと4人もいるかと思うと、甘く見ていた自分に嫌気が差す。

「お前……友達とかいないだろ?」

「いるよ。作ったもん。街に出て、ぼくの部屋に連れてきた」

 反抗的にスピードが言い、シャオは口元を歪めて笑った。

「そいつはお前を友達って思ってるのか?」

「うるさいな……。思ってるよ、当然でしょ!」

「嘘つけ。お前みたいな自己中野郎が、友達なんか作れるはずねえよ。悔しかったら、殴ってみ――」

 シャオの背に氷柱が刺さり、口から血を吐いた。口を閉じると、鼻へ器官を通って逆流する。呼吸を乱しながら再びシャオがスピードを見上げる。スピードの顔が青白くなっていた。

「今の攻撃……痛かったけど、ちょっと威力落ちてるな? もしかして、この魔術をこれ以上は保っていられないんじゃないか?」

「黙ってよ。人間なんかが、ぼくのことを知った風な口利くな」

「じゃ、知った風な、じゃねえ。分かるんだよ。お前、本当は気付いてるんだろ。友達なんか出来るはずないって。それでひねくれて、ヤケになって、人間なんかが、って言う。そりゃそうだよな。フォースの仲間に、友達になろうなんて言えないからな。下等な人間みたいな真似、出来ないもんな」

 ふるふるとスピードの体が小刻みに震えた。怒りに打ち震えているのか、別の理由があるのか。シャオが氷柱で貫かれた右手をちらと見て、それからどこにどんな傷があるのかを痛みで確認する。まだ勝機はあるはず。これほどの魔術をスピードが永遠に発動していられるはずがない。そんな確信があった。

「いいよ。正面から殺してやる」

 そうスピードが言うと、奇妙な空間から色が抜けていく。ふっと空間が半透明になり、それまでいたホールに戻った。スピードはいつの間にか、10歩も離れた場所に立っている。スピードもシャオと同じように鼻血を流していた。ごしごしと手の甲でそれを拭くと収まったらしく、シャオが立ち上がるのをじっと待っているようだった。

「どんな風の吹き回しだか……」

 左手で右手の氷柱を抜いて立ち上がる。離れたところに放られていた双刀の片方を拾い上げ、両手で握る。右手に力が入らない。

「ぼくにもプライドはある。フォースとして。スピードじゃなくて、フォース・ナンバー・フォーとして、さっきの発言を全部撤回させてやる。たった一撃で、殺してやる。――レベル3」

 スピードの姿が消える。高速移動を始めて、部屋中を駆け回っているのだ。その速さは重力さえ捉えることが出来ず、縦横無尽に足場を求めて走り回る。

「奥義――」

 腰だめに刀を構えて、精神を統一する。

 凄まじい足音が耳へ入る。スピードは魔力をどんどんステッキの先端へ収束させており、その輝きが軌跡となってホールに立体的な魔法陣を作り出している。その中心にいるのはシャオだ。

「水龍葬送舞――終焉の矛(ラスト・ランス)

 魔法陣が輝き出し、スピードがシャオの頭上から迫る。魔法陣から現れた奔流は竜を形作り、それがスピードのステッキへ全て収束された。スピードの最速と、莫大な魔力から生まれた水の竜。全てがステッキに収束され、何者をも貫く究極の矛と化す。

「幻楼瞬煉牙」

 一瞬で放たれたシャオの一撃と、スピードの攻撃とがぶつかり合う。全く同じタイミングで、最も攻撃力の高まった瞬間に。地響きがしてバベルが揺れた。魔力同士のぶつかりで激しい衝撃と光が生じ、壁を吹き飛ばす。バリバリと内装が剥がれ、骨組みだけが僅かに残った。

「……ガキはガキ、か……。お前の弱点は、体力だったな……」

 刀を杖代わりにしながらシャオが立っていた。スピードは破れた壁の傍で気絶している。鼻血がだらだらと流れ、眼からも血涙が流れていた。肉体を酷使し過ぎた代償なのだろう。何とか勝てたことに安堵し、デュランを追おうと歩こうとしたのだが足がもつれて倒れ込む。意識が遠のいているのを感じていた。血が足りない上に傷を負い過ぎた。

「畜生……まだ、おれは終わらねーぜ……」

 這うようにしてシャオは上階へ繋がる階段に向かっていく。その跡には大量の血液が残されていた。

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