No.48 ぶつかり合う想いは
「絶対的優位なんてぼくは信じないよ……。さっきまで防戦一方だったのにさ。脅しでしょ、どうせ」
スピードがステッキに体重をかけ、腹部を押さえながら立ち上がった。見開かれた目の瞳が大きくなっている。セカンドが魔術を用いて部屋を丸ごと氷漬けにして崩れないようにする。
「……やってみるか?」
「そういうさ……上から目線ってムカつくんだよ!」
怒りをあらわにしながらスピードが消えた。セブンの顔面にパンチが叩き込まれる。重い一撃ではないが、スピードの武器はその速さだ。目にも留まらぬ速さで次々とセブンに攻撃を加えていく。後退しながらスピードの攻撃に堪えるセブン。
「こっちは何年も、何十年も、殺戮兵器として生きてたんだ! 平和で長閑なグヴォルトなんかにいて、いきなり現れて絶対的優位なんてよく言えるよ!」
セブンを壁際まで追いつめると、スピードが魔術を発動した。スピードの由来は動きだけではない。展開と発動、という魔術の手順までもを高速で行える。圧倒的な速さこそがスピードの武器。握り拳大ほどの大きさをした無数の水の球がセブンを襲った。水の球はぶつかると炸裂してセブンを傷つける。魔術に紛れてスピードが渾身の力を込めてセブンに殴りかかった。なりふり構わぬ一撃はセブンの胸を撃ち、背にしていた壁に大きな亀裂が入ってめり込んだ。
「フォースを止めるために造られたのがおれなんだ。当たり前だろう」
しかし、セブンはスピードの手首を捕まえていた。振りほどこうとスピードが足掻くも、単純な力はフォース内では最も劣る。自慢の速さも魔力を利用したものであるため、筋力自体は常人よりも上程度だ。
「放せ……! 放せよ!」
「お前から、おれの力を見せてやるよ。順番に、全員倒してやるから待ってろ」
フォース全員に睨みを利かせてセブンが手を放した。スピードはすかさず間合いを取る。口では否定していたがスピードとて頭が悪い訳ではない。最後のフォースであるセブンに未知の力が眠っているのは分かっていた。しかし、それが何だかは誰も知らない。フォースを造り出した科学者はオリジナル・セブンによって研究所ごと葬られたのだから。
「……ボス、もっと速くしていい?」
体勢を低くしながらスピードが問うた。セブンは黙って指輪を外す。
「いいだろう。手加減はするな。全力でセブンと戦え」
「そういうとこが大好きだよ、ボス」
にっとスピードが笑ってベストを脱いだ。白いシャツも脱ぎ捨てると紺色のアンダーシャツ姿になる。体にフィットした薄手の生地で肉のない細い上半身が見て取れる。首筋から鎖骨にかけて「4」の文字が刻まれている。
「服を脱いでパワーアップか?」
「違うよ。気に入った服だったから脱いでおいたの。シロ、持ってて」
ベストとシャツをまとめてシロへ投げて寄越す。あいよ、と返事をしながらシロは服を受け取った。
「まずはレベル1だよ。47秒でこの塔の外壁を駆け上れる速さ」
「御託はいいから、さっさと来いよ」
ドン、と音がした。猟銃のように響いた太い音。セブンへ向かってくるスピードの姿がぶれて見える。大きく右腕を薙いで牽制すると、それを鼻先だけ掠めて避けた。スピードの目が大きくなっている。顎に真下からの強い衝撃を感じた。それが蹴りだと認識したのは背中から床に倒れた時だ。
「レベル2。35秒でアウルスイーンの外周を回る」
飛び上がったスピードを目に留めると、その姿が消えた。咄嗟に体を真横へ転がして起き上がるとセブンのいた場所にスピードが落下していた。小さなクレーターが出来上がっている。ゆっくり首だけセブンを見たスピードの口角がぐいと持ち上げられる。
「雷鐘」
「あはっ、遅いよ。のろまの亀より、何倍も」
魔法陣が展開され、発動されるまでの限りなく僅かなタイムラグさえスピードには見切れる。閃光と轟音が弾ける刹那前にセブンは側頭部を蹴り飛ばされていた。床へ転がる前にスピードが先回りしてセブンの背中へ握り拳をぶつける。
「まだまだ行っちゃうよ。死なないでね、最高傑作なら。——レベル3。あと20秒で動けなくしてあげる」
片手を床についてセブンが顔を上げる。剣を出して握ると、目を閉じた。スピードが迫るのを魔力探知で感じる。——それでも速い。右側面から蹴り飛ばされた。剣を床へ突き立てながらブレーキをかけるが、今度はその反対からの衝撃で息が詰まる。
「何が絶対的優位だよ! ぼろぼろじゃんか!」正面からステッキを拾ったスピードが突っ込んでくる。「終の一突き!」
究極の速さと、ステッキに集中させられた魔力。スピードの固有属性である水属性は一点集中によってその力を十二分に発揮する。バベルに大穴が穿たれた。内側から外壁が破られる。外から冷たい風と雪が降り注ぐ。
「捕まえた——」
眉間に僅かな隙間だけを残してステッキはセブンに触れていなかった。スピードが中空で完全に動きを止められたのだ。セブンの足下で魔法陣が輝いている。鮮やかな緑色に輝く魔法陣。魔法陣の輝きは属性を表すものだが、緑色の輝きは存在しないはずだった。
「その、魔法陣……」
「今、構成したんだよ。お前になぶられながら仕掛けた複合魔法陣だ」
スピードの目が周囲を見る。セブンの右側に同じ魔法陣が輝いている。起き上がりざまに手をついたのを思い出す。だが、それはフォースとは言え信じ難い行為。
「別属性の魔法陣を重複させない形で発動させるなんてあり得ない……! 位置がずれるだけでも暴発する!」
「何言ってるんだ。今、ここで構成したって言っただろう」
一瞬であらかじめ仕掛けた魔法陣との位置を把握し、どこに効力を適用させるかを計算して構成。そして、発動。魔法陣を一つ構成するのにも多大な時間が費やされるはずであるのに、セブンは戦闘中に一瞬で作り上げた。
「——赤の絶頂」
セブンがスピードに掌底を叩き込むと、アンダーシャツの上に魔法陣の紋様だけが浮き上がった。それは円陣にはなっていない。
「お前らを止める力、存分に見せてやるよ」
赤く輝く紋様が強い光を発するとそこから繭のような紅蓮に包まれた。それは決して逃れられない灼熱地獄。スピードが全身を焦がしながらその場に倒れる。
「次は誰だ?」
セブンがボスに向かって言う。
「シロ。やれ」
「……おれかよ。サードじゃダメなのか?」
シロはスピードに近寄って預かっていた服をそっとかける。
「元教育係だろう。……再教育でもしてやれ」
「ははは……何年前の話だか。けど、ボスの命令じゃあ仕方ないよな、セブン」
懐へ手を入れるとシロがナイフを出した。何の変哲もない刃渡り20センチ程度のナイフ。
「13年か、14年だ。あんたとは正直、戦いたくなかった」
「そうか。じゃ、お互いに手加減してみるか?」
「適当なことを言うな」
セブンが剣を下段に構えて飛び出した。へらへらと笑いながらシロがナイフで受け止める。
「脇を締めろ」
すっと剣を受け流されてナイフがセブンの脇下にぴたりと当てられた。一歩退くと足の動きに合わせてシロが前進する。アイマスクが不気味にセブンを見据えるようだった。
「体裁きが甘い。呼吸を読まれるな。感情を剥き出すな。——魔闘術開祖をなめるな」
密着した状態からセブンに動きを合わせてシロがナイフを滑らせるようにして動かす。セブンの頬に「Ⅶ」と浅い傷が刻まれる。
「魔力無効化能力、呪術、魔闘術——。魔力を持たぬ、最強の対魔術師戦士。全てを捨てて強さを求めた愚者の末路こそ、シロだ」
ボスが言う。それを聞きながらシロは自嘲気味に笑った。
「道化は、いつまでも道化なのさ——」
「それでもあんたは、おれの恩人だった」
ナイフがセブンの胸をなぞった。服が切れて体に刻まれた「7」の刻印が現れる。
「それならさっさと、おれを倒せばいい」
シロの掌がセブンの額を押した。足を引っ掛けられ、そのまま簡単に投げ飛ばされるとナイフが投げられる。そこに赤い血が飛び散った。