No.43 大盗賊と魔導守護者①
「ファルガ様! 屋敷にシャオ・K・エルウィンが押し入ってきました!」
使用人がその部屋へ慌てて入ってくると、屋敷の主ファルガは食事をしていた手を止めた。面長の顔に細い目と、ちろちろ生えた髭。体は細く、骨と皮だけのようにも見えるのだが、腹だけはぽっこりと盛り上がっていた。中年ほどの男で、きらびやかで紫を基調とした服を着ているが、顔には卑しささえ見えてくる。
「何だ、その男は?」
緩慢で横柄な言葉をファルガが返すと、傍らにいた青銅の鎧を身に着けている大男が口を開いた。
「最近、首都より逃げてきた強盗犯です。犯罪者取締法により、捕えると政府より恩赦を賜われます」
「強盗……。ふん、馬鹿らしい。一体何を盗もうと言うのだ。凡人などが私の何を持っていったとしても釣り合うはずがなかろう……。おい、デュラン。そいつを生け捕りにして来い。フォースなどという訳の分からん奴らだろうが、恩赦を出すと言うのならば貰っておいても良いだろう」
デュランと呼ばれた大男が頭を下げて部屋を出ていく。部屋を出るとその手に2メートルはあろう片刃の剣が現れて握った。古来より魔術師の役目とされてきた、位の高い者の守護。現代でも魔術師として最高位の一つに数えられる魔導守護者こそが、デュラン・アルバートだ。
「やあ、姿を見せてくれたね……」
屋敷の地下にある宝物庫でシャオは待っていた。箱に詰め込まれた金銀の装飾品などといった財宝を確認するとデュランの方を向く。
「双刀の盗賊、か……。何故このような真似をする?」
「そっくりそのまま言い返すよ。武人って言うのは力だけじゃない、精神的な面でも強く、正しいんだ。それなのにクソ領主の言いなりってのが気になるね」
黄金の冠を見つけるとシャオが笑みを浮かべた。冠には赤い宝石も装飾されていて、これだけで数十万ルルの価値がありそうだ。黄金の冠を頭に乗せると、胡座をかいてその場に座る。そしてデュランを見つめた。
「これが運命なのだ」
「運命ね……。なら、これ以上は言わないでおく」
シャオが財宝を袋へ詰め込み始めた。デュランは黙って見つめているが、握った大剣を放そうとはしない。箱を一つ分袋に詰め込むと、肩に乗せていたクウを撫でた。
「食べていいぞ」
「クゥ……」
頬ずりをしたクウを愛おしげに撫で、袋を顔に近づける。と、クウが口を開けた。小さな口だったが、一瞬で財宝の入った袋が吸い込まれて消える。いい子だ、と優しく言ってからシャオは立ち上がった。
「さて、これで残る目的は二つ。クソ領主を殺すことと、あんたをぶちのめすことだ」
双刀を握り、その剣先をデュランへ向けた。
「大盗賊の末裔か――」
「うるせえ、カス野郎」
次の瞬間に金属音が宝物庫に響き渡った。シャオの双刀とデュランの大剣が交わった。後ろへ飛び、身を低くしながらシャオが双刀を振るう。デュランが大剣を床へ突き刺すとそこから直径2メートル程の魔法陣が展開され、そこにシャオが突っ込む。
「虎峰」
逆手に持ち替えた相当で突きを放ち、内側から引き裂くようにして双刀を振るう技だ。だが魔法陣に入ったのと同時に激しい圧力がシャオを襲った。体勢を崩しながら技を放つが軽々しくデュランの大剣が防ぎ、弾き飛ばされる。
「あの重圧で動けるとは、見事。だが足りぬ。――劫火の鎚」
シャオの頭上に魔法陣が展開され、そこから質量を持った黒い炎が真下へ放射される。
「灼砲蓮華」
だがシャオが双刀の突きを連続で繰り出す。突きの速度は常人のそれを遥かに超え、一つの巨大な峰のように形成される。超速度の突きの塊がデュランの魔術を打ち消した。さらに天井までも破り、瓦礫が降り注いでくる。
「強い。魔術を用いず、剣術だけでこの領域に達するとは……」
「違うね、それ。高位の魔術師は魔術だけではなく、武器を扱えるように訓練するんだろ。だから剣術だけで戦っているおれのことを強いって言う。魔術がなくて、互角に戦えるなんて、って。思い違いも甚だしい。魔術ならば魔術だけ。剣術ならば剣術だけ。ただ一つでも極めれば、それは最強に限りなく近づくことが出来るんだ。魔術だけでは限界を感じるから武器を持つ。でも、剣術に限界はない。最強さ。魔術を使う限り、おれには絶対勝てやしない」
右手に持った刀をデュランに向けてシャオが宣言する。黒髪の間から覗く鋭い眼光。デュランが両手で握った大剣の柄に力を込める。
「良かろう。少しだけ、本気を出す。――勝てるとは思うな」
先に飛び出たのはシャオだった。迎える形でデュランが剣を横薙ぎにすると、シャオは一足跳んで中空で身を捻りながら回避し、身を捻ったバネで着地してから双刀を振り回す。突風を巻き起こした剣戟をデュランが大剣で受け止めると、そのまま受け流した。シャオの手首を片手で掴み、壁へ投げつけた。
「まだイケんぞ……!」
壁へ激突しながらもシャオが起き上がると、シャオを取り囲むように立体魔法陣が展開された。六面の魔法陣は全てが赤く輝く。クウを乱暴に掴むと魔法陣の中から投げ出した。
「深紅の箱」
放り出されたクウが飛びながらシャオを向くと、直後に凄まじい炎が立体魔法陣の中で燃え盛る。そこへデュランが大剣を大上段から振り下ろす。金属音がしてデュランの体が押し返された。炎の中からシャオが飛び出し、躍りかかる。
「まだまだァ……! 弧狼牙!」
双刀を同時に上方向から切りつける。大剣で左の刀を絡めとり、弾き飛ばした。そのままシャオの首筋に足首を引っかけ、そのまま床に強く叩き付ける。受け身を取りながら体勢を直したシャオの鼻先に大剣の切っ先が突きつけられた。
「勝負はついた」
「まだ、終わりじゃないさ」
左手を背に回し、シャオが抜いた。魔業銃がそこに握られており、発砲されるとデュランの顔面に直撃した。しかし、デュランは平然としながらシャオを見つめる。
「これで終わりか」
「……やっぱ強いな」
苦笑いしながらシャオが言い、魔業銃を下ろした。黙ったままデュランは見下ろしている。力の差は大きく開いていた。
「投降しろ。お前を政府に突き出す」
「……それは困る」
「一生を檻の中で過ごすのは嫌か?」
「そんなチンケな考えじゃないさ。おれには大事な家族がいるんだ。家族を残して、ばらばらになることなんて絶対に出来ない。なあ、クウ」
それまでずっと飛びながら様子を窺っていたクウが、呼ばれてシャオの肩に乗った。頬を舐めるクウの頭を指で撫でながらシャオはデュランと会話を続ける。
「白い竜を連れた盗賊か……。奇しくも、伝説の大盗賊と同じだ」
「奇しくも、じゃないさ。おれは、その大盗賊を継ぐ者なんだ。—―世界最強の剣士・紅牙幽玄の子孫だからな」
「だから、ファルガ様の屋敷に乗り込んできたのか?」
「それもある。だけど、もっと大事なことがある。……あんたと戦って、自分の実力を確かめる。フォースと同等とか言われているらしいけど、フォースはもっと強いはずだ。フォースの三番以内は7人いるフォースでも特に強いとされているからな。そんなのを殺そうとしているのに、フォースにも劣るだろうあんたに負けていたら話にならないと思うだろ?」
「フォースを倒すと言うのか?」
僅かに驚愕の顔を見せてデュランが言う。もちろん、とシャオが笑みを見せた。
「あんたは色々と察しが良いから気付いているんじゃない? どうして、おれみたいなこそ泥同然の人間が犯罪者取締法に適用されるのか。どうして、首都から逃げてこなきゃならなかったのか。フォースの連中がおれのことだけは危険視してるからだ」
「元革命軍のエースは白い竜を連れた少年だと聞いたことがある」
「その通り。おっさん、魔導守護者だよね。……あんな領主じゃなくて、おれのことを守護してくれない? 国を救うことにも繋がる。あんたは頭だっていいから、この国が変なことくらい気付いているんでしょ?」
デュランが構えていた剣を静かに下ろした。シャオの顔が僅かに緩む。だが、緊張の糸が弛緩した時にデュランの大剣がシャオの腹部を貫いた。防具などは意に介さず貫かれ、国から大量の血が吐き出される。
「魔導守護者は、契約によって仕える。ファルガ様との契約により、貴様を政府へ突き出そう」
冷たくデュランが言い放ち、大剣を消した。シャオの顔面を右手で掴むと、引きずりながら宝物庫を出て行く。――と、光の矢が数本飛んでデュランの右腕を貫いた。シャオが放されると壁際からシュザリアとクロエがいきなり姿を現す。
「何だ、お前らは」
「内緒!」
「それに、言ったってあなたは態度を変えないでしょう?」
「無論だ。侵入者は、排除する……!」
デュランが大剣を再び手の平に召喚して握ると、シュザリアへ切り掛かった。しかし、その間にクロエが召喚したカブトが割って入り攻撃を受け止める。
「シュザリア、彼を運んで。食い止めるから」
「うん! クウちゃん、おいで!」
倒れたシャオの方へ駆け寄り、シュザリアが肩を組んで宝物庫から出て行く。デュランが振り返ると大きな鎌を担いだ、漆黒の甲冑がいた。クロエの召喚した魔界の執行者・ガゼルだ。目だけが赤く光り、デュランに襲いかかる。大剣と鎌がぶつかると火花が散った。
「カブト、ガゼル、食い止めるだけでいいわ。足止めして頂戴」
「御意!」
ガゼルが連続で鎌を振るう。デュランが押し切ると、カブトが体当たりした。足止めをしている間にシュザリアとクロエが、シャオを連れて宝物庫から出て行く。逃げられてしまうとデュランは大剣を下ろした。カブトとガゼルが少量の煙を上げてその場から消え去った。