No.42 大盗賊と白い竜
「――ほら、見てみろよ、クウ。これが今日の夕食だ」
小さなパンの欠片を指につまみ、少年が肩を落としながら呟いた。黒髪の少年で肩に小さな胴長短足の竜を乗せている。白い体毛と控えめな二対の翼。体長は30センチほど。まだ子供の竜であどけないつぶらな瞳をしながら少年のつまんでいるパンの欠片を見ている。
「クゥ……」
小さく、子竜のクウが鳴いた。すべやかな顔で少年に頬ずりをする。よしよし、と少年が優しく撫でてからパンをクウに与えた。一口でパンを飲み込み、クウが翼をぱたぱたとはためかせ、少年の周りを二度、三度と飛んだ。嬉しい時にクウはこうするのだ。
「さて、腹ごなしも済んだ……。今日の獲物はどうするか」
座り込んでいた路地裏から、表通りに目を向けた。ドラスリアム国境付近の街・レイパッチ。クーデターが起きてもこの街の貧しさは変わりなかった。皆が頭を垂れて歩き、貧困から意欲も余裕もなくなっている。これから夜になると、顕著にそれが現れる。店先には栄養のない野菜が一つか、二つも並ぶだけ。夕食を食べずに眠って紛らわそうと、誰もが早く布団を被ってしまう。それも全て、この街の自治を任せられている領主のせいだった。
「クウ、クウ……」
通りを歩く人々を見ながら「獲物」を捜していると、不意にクウが鳴いた。
「どうした?」
しきりに鳴くクウに尋ねて、クウが見ている先を見た。少年が見ていたのとは反対側の通り。そこに金色の髪をした少女と、緑色の髪をした少年が歩いていた。すぐに彼らは消える。そちらの方をクウはじっと見つめる。
「分かった。……行ってみよう」
尻に敷いていた布を体に纏い、少年が路地を出て行った。
「ドラスリアムの街って、全部こうなのかな?」
「どうだろうな。……辺境だからかも知れないが、生活の水準は低そうだ」
セブンとシュザリアは並んで歩いていた。あれから四日。やっと街に到着し、宿を確保したまでは良かったのだが、食糧難で街は全員が飢えているらしく、食事が用意出来ないと言われてしまった。そのため、夕食をどうにかしようと別れて街を散策し始めたのだが、どの店にまともな食べ物は売っていなかった。
「だけど、あそこにあるお屋敷は凄く立派だよね。いい匂いもする」
シュザリアが立ち止まり、街の東側にある丘の上を見た。そこには大きな屋敷がある。鉄の門扉の両脇には槍を持った兵士までおり、門の内側には美しく整えられた庭もあった。小さな赤い実も成っている。
「――あそこは領主の屋敷だよ」
割り込む声がしてセブンが足を止めた。振り返ると、そこにぼろ布を纏った少年がいる。頭まですっぽりと布を被り、顔を隠している。肩には白く小さな竜。
(こいつ、今……)
「領主様、って街の偉い人だよね?」
僅かに後ずさったセブンのことに一切気付かず、シュザリアが少年に問う。少年が頷きながら顔を出した。
「そう。もっとも、前の総統閣下が勝手に決めたことで、街の人間は誰一人として納得していない。重税と、身勝手な条例を、権利という名目で振りかざしているんだ」
「そうなんだ……。逆らったりはしないの?」
「出来ない。あの領主にはとんでもなく強い魔導守護者がついているんだ。それがとんでもなく強い。とにかく、強い。クーデターを引き起こした……フォース、だったっけ? あいつらと同じくらい強いんじゃないかって言われてるし、実際にこの前、スカウトにも来ていたんだ。軍の将軍にならないかって。……残念ながら、断ったみたいだけど。あいつさえいなければあんなクソ領主は今すぐにでも吊るし首か断頭台なのにな」
ため息をついた少年の肩に乗る、白い竜にシュザリアが気付く。見つめると竜も赤いつぶらな瞳で見つめ返した。
「わたし、シュザリア。あなたは? それと、そのコは?」
「おれはシャオ。こっちはクウだ。……無愛想な彼は?」
「セブン・ダッシュだ。済まないが、急ぐ用事がある。行くぞ、シュザリア」
早口にセブンは言って歩き出した。シュザリアが渋々付いてくる。まだ話していたかったらしい。
「ねえ、急がなくてもいいんじゃない? 晩ご飯ならまだ時間あるでしょ?」
「お前は本当に間抜けだな。……あいつ、シャオだったか? ただ者じゃないぞ。おれが全く気付かなかった。気配を完全に消していた。それもごく自然に、意識すらしていないレベルで」
「何で分かるの?」
「あまりにも自然過ぎたんだ、あいつの振る舞いが。目的は何か分からないが、これ以上の厄介ごとはゴメンだ。一旦、宿に帰ろう。メシはアークと外に出て何か食えそうな肉でも取ってくる」
宿の部屋へ戻ってくると、すでにアークとクロエは帰っていた。アークは自分の魔術具を磨き、クロエは新聞を机に広げて読んでいる。
「おかえり。何か収穫あった?」
「こっちは何もなかったわ。貧乏な国とは聞いていたけど、予想以上ね」
口々にアークとクロエが言う。
「何もないな。だから街から出て、肉でも取ってくることにした。アーク、一緒に来い」
「えー? ぼく、か弱いから止めといた方がいいと思うよ……?」
「うるさい、来い」
聞く耳を持ってもらえずにアークは返事をした。行ってきまーす、と疲れたような口調で言ってセブンと共に部屋を出て行く。
「ねえ、クロエ」
ベッドに腰掛けてシュザリアが窓の外を見る。西の空から夜がやって来ていた。
「どうかした?」
「竜って、可愛いよね」
「……普通はお目にかかれないけれど。どこかで見たことがあるの?」
「うん。さっきね、シャオって人に会って、その人の肩にクウちゃんっていう白くて小さい竜がいたの」
新聞から顔を上げ、クロエがシュザリアを見る。それから、また新聞に目を落とした。記事に、とある名前が載っている。
『連続強盗の容疑がかけられているのはシャオ・K・エルウィン(17)。首都アウルスイーンより西へ逃亡しており、その途中で民家4件にて強盗。飲食店2件にて無銭飲食。大魔業都市ビッグシーンの魔業研究機関より魔業銃を強奪した疑い。シャオ・K・エルウィンはクーデター後に成立した犯罪者取締法が適応される最初の人物であり、捕縛した者には政府より恩赦が与えられる。』
同じ名前というだけならば良いものの、シャオという名前はあまり聞かなかった。シュザリアはクウと戯れられなかったのが残念だという旨をくどくど言っている。
「あ、そういえばね、セブンが勝手に切り上げちゃったんだけど……何だか、気配を消すのが凄いんだって。だから警戒しちゃったんだって」
「そう……。彼、何か言ってた? どこに行くとか、何かが気に食わないとか」
「え? うーん……ここの街の領主さんが酷いって教えてくれた……くらいかな」
「……ちょっと気になるわね。シュザリア、出掛けてみる?」
クロエが新聞を畳み、椅子から立ち上がる。髪の毛をさっと払い、シュザリアに微笑みかけた。
領主邸の鉄門扉にシャオがやって来た。門番が2人、シャオに気付いて槍を握り締める。
「止まれ」
門前で言われてシャオが足を止めた。頭に被っている布を取ると、門番の顔を順番に見る。
「何の用だ」
高圧的な門番の問いにシャオがにこりと笑みを浮かべた。
「ちょっとした用事なんだよ。本当、大したことはなくてさ。……ま、ほら、この街は今、酷い食料不足に陥っている。なのに領主さんはどうにも、この現状をご存じないように思えて」
「ファルガ様は貴様のような愚民のことなどをお気にかける余裕などない。分かったら去れ。貴様が働けば良いだけのことだ」
「なるほど……。分かった。そしたら、本題に入るよ。――大盗賊のシャオ様に道を開けてくれ」
声の調子が低くなった。直後、シャオが体に巻き付けた布の下から剣を2本抜く。剣閃が門番を音もなく切りつける。赤い血が鉄門扉に噴きつけられた。倒れた門番を踏み越え、シャオが門を押し開ける。
「今夜の獲物は上物がいいよな、クウ」
ぼろ布を捨て去り、黒い軽装の鎧姿でシャオが言う。肩に乗っているクウが小さく鳴いてシャオの頬についた返り血を舐めた。




