No.41 ドラスリアムの雨
「お前らは遠くに逃げろ! おれが前線に立つ!」
セブンが剣を出してからシュザリアとアークに指示を出した。襲いくるドラスリアム兵士に剣を向け、次から次へと切り払ってはなぎ倒す。激しい雨が降る中に金属音が鳴り響く。
「まあ、頑張れよ。グヴォルトの使者はここが最難関かも知れないけどな」
シロがひらひらと手を振りながら戦場を遠ざかっていく。しかし、兵士は次々と押し寄せてくる。アークが悪魔の咆哮を放つも、第四師団の魔術師がそれを打ち破る。多勢に無勢。逃げようとしたシュザリアとアークは簡単に取り囲まれてしまった。
「何、何なの、これ!?」
「敵地に入った途端にこんな攻撃なんて……! 小悪魔の宴会! 皆、僕らを守って!」
「了解ダ!」
ゴブリンを召喚すると押し寄せる兵士の波が少しだけ緩和された。
「あれ、クロエは?」
「え?」
シュザリアがテントの方に目を向けた。巨大な剣を持ったドラスリアムの兵士が、テントに向かってその獲物を勢いよく振り下ろす。瞬間、テントの中から激しい光が発せられて強い衝撃を発した。吹き飛ばされたテントの残骸からクロエが立ち上がる。むっとした、眠りを邪魔されたが故の不機嫌そうな顔。髪の毛をくしゃくしゃとかいて、それから上方配置魔法陣を展開する。かなり巨大で、直径30メートルはあろうか。土属性特有の茶色をした輝きが強くなる。
「わたしの眠りは、高いのよ――」
「しゅ、シュザリア! バリア、バリア張って!」
「う、うん……一雫の涙!」
アークにせかされてシュザリアが魔術を発動させる。同時にクロエの魔法陣が発動される。
「――大地の重圧!」
ドン、という重く、強い音がしたかと思うと重力が急に強くなって全てのものを地中へと陥没させていく。兵士がずぼずぼと土に埋まっていき、ゴブリンも巻き添えを食らい、魔界へと送還された。セブンは咄嗟に高く跳び、魔法陣の上に出て逃れていた。地響きが収まると兵士はクロエと距離を置いた。強大な魔術への僅かな畏怖と戦慄。
「雷鐘!」
兵士の視線がクロエへ集まっているところでセブンが魔術を発動した。突如として現れた巨大な光の玉。それが轟音と共に閃光を発して弾けた。
「ぐあああっ」
兵士の動きが完全に止まり、セブンが陥没した地面を走ってシロへ迫る。
「シロォ!」
「がなるんじゃねえよ」
背中を向けていたシロが、舌打ち混じりに振り向いた。セブンのパンチがシロの右頬に炸裂する。だが、シロは殴られたその体勢で左手をポケットに突っ込んだまま立っていた。
「セブンのパンチをまともに食らったのに……!?」
アークが目を見張る。
「さて、ここで問題だ。セブン・ダッシュ。おれはボスから第四師団を預けられた。第四師団はドラスリアム軍でも優秀な、無能の集まりだ。何で無能かって? こいつらは実践経験があまりにも少なく、指示する前に動けない。この中で生きながらえた奴が、別の師団に配属されるっつー仕組み。――さて、どうしてこんな無能ばかり集められたと思う?」
息を荒げながらセブンはシロに延髄蹴りを入れた。足で首を引っかけ、そのまま地面へ倒すような蹴りだ。そして掲げた右手に魔法陣を展開する。赤い魔法陣。
「火蜥蜴の爪!」
炎の爪がシロを引き裂くが、炎はシロに触れると霧散して消えた。
「お前の回答はそれか? ――残念、はずれ。答えはな、血を流しとけばそれでいいからだ。呪いをくれてやる」
シロがポケットから左手を引き抜くと小刀が何本も飛ばされた。まだ生きている兵士たちの首や頭に突き刺さり、血が地面に染み込む。
「止めろ……!」
叫び、セブンが魔法陣を展開する。
「止めねーな。疑心暗鬼」
兵士たちの血が宙へ飛び出して塊となった。それが細い刺状になってセブンの体を突き刺していく。血の刺がセブンに刺さる度、その体に文字や文様が刻まれていく。
「ぐっ、あ……!」
「セブン!」
「おおっと、下手な真似はするんじゃねーぜ。おれは魔術を無効化する能力を持ったフォースだ。そして呪術のスペシャリスト。意思一つで、この血にふり撒かれた未練や無念を、呪いにしてやることも出来る。セブンにやった以上のこともな。……それとな、セブン。空間転移魔法陣は出来ないぜ。お前らがこの国に入った時点で、セカンドとサード、スピードの3人がそれを封印する契血印を、魔封じの契血印を展開、発動させた。アウルスイーンまで来るなら、また相手してやる。……それまでせいぜい、つまんねー理由でいなくなるんじゃねーぞ」
シロがアイマスクを外し、異形の双眸でシュザリアを見た。その瞳に身の毛がよだち、シュザリアがアークにしがみつく。だがアークも同様に鳥肌を立てて震えていた。
「よーく、おれのこと覚えておけよ。フォース・ナンバー・ファイブ。魔力無効能力、呪術師のシロ様だ。忘れてたら、呪っちゃうぜ?」
不適に笑って見せるなり、シロはその場を去っていった。シュザリアが一雫の涙を解いてセブンの方へ走り寄る。呻きながらセブンが体を起こしていた。
「大丈夫?」
「ああ……。今のところは問題ない。クロエは?」
いつも着ているお気に入りのローブがズタズタに裂けていた。アンダーシャツまで血に汚れて布切れになっている。鎖骨の上に刻まれている記号は「7’」だけだった。だが、呪術によって上半身に複雑な文様と文字が刻み込まれた。通常の魔術に用いられるものとは全く異質で、何がどうなっているのかセブンにも分からなかった。
「また眠ったみたい」
アークが地面の上で寝息を立てているクロエの様子を見て答えた。それからセブンの方に戻ってくる。
「呪術って……使う人いたの?」
「……いたみたいだ。俺も呪術は専門外だし、こんなの訳が分からないな」
自分の体をじろじろと見ながらセブンがぼやく。だが、訳も分からなかったので腰を上げた。痛みも苦しみも、だるさも魔力も通常。何も変化はないように感じられた。
「ここにいたら、また何かされるかも知れない。とにかく歩いて別の場所へ行こう。クロエは……アーク、引きずっていい。頼んだ」
「えー?」
「つべこべ言うな。シュザリア、お前も準備しろ。余計なものは置いていけよ」
雨が降っている。指示を出してからセブンも準備に取りかかろうとすると、背中を向けたシュザリアに右手の平を向けて魔法陣を展開する。ぞっとしたものが背中に刺さった。慌てて魔法陣を打ち消すと、自分の右手を凝視した。
「セブン、どうかした?」
アークがテントの中から自分の荷物を引っ張り出しながら尋ねる。それを背負うとクロエの両手首を掴んで、言われた通りに引きずるのだが重いのか、すぐに疲れてしきりに首を傾げる。
「どうもしない。早く出発しよう」
ぞっとする考えを打ち消すようにセブンは拳を握りしめた。
呪術師のシロ。魔導対戦における、魔術の無効化。そして、呪術という全く違うジャンルによる力を持つ特異なフォースだ。もしも、シロにかけられた呪術がセブンの想像したものであるならば、考えられる限りでは最低最悪。まさしく呪いとしか言えない、恐ろしい効果だ。
「シロ……」
かつての友は、何も変わってなどいなかった。教育係。フォースとして目覚めたばかりのセブンに様々のことを教えた。言葉や、体術や、魔術以外の知識。フォースという集団の中で関わりがあったのはシロだけだった。幼かったセブンに本を読み聞かせたのも、食事をまともに取れなかったのを手伝ったのも、二十四時間側にいて世話を焼いたのも全て、シロだった。
『お前の名前はセブン・ダッシュ。最後のフォース。そして、一番可哀相で、幸福な奴だ。さあ、グヴォルトの皇帝陛下に付いて行け。二度とドラスリアムに戻るなよ。――この国にはもう、未来なんか存在しないんだ』
昔の記憶。経緯は未だに不明だったが、グヴォルト帝国の皇帝であるウインザードがやって来て、シロに別れを告げられたのだ。そこがどこだったかも分からない。たった一人の友と別れてセブンは城に行き、そこでシュザリアと出会った。
「あーっ!」
準備を待っていたセブンの耳に驚愕の声が届いた。アークがクロエを放り出し、たじろいでいる。
「どうした?」
「クロエ……クロエの、体に禁忌の紋がある……」
「何だと?」
セブンが駆け寄り、アークが指差すクロエの首筋を見た。長い髪の毛をよけて、そこを見ると人々が忌避する、罪を犯した証拠でもある紋章があった。右目にナイフの刺さった髑髏の紋章だ。魔術によって禁忌を犯したものに対して浮き出てくる紋章。
「何で、クロエにこの紋が……?」
「予想以上にドラスリアムには留まることになりそうだ」
苦い顔をしながらセブンが言った。雨だけはいつまでも強く降り続いていた。