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No.34 幽玄谷の試練①

「ドラスリアムは国土の半分以上が永久凍土でありながら、そうでない場所も不毛の荒野が延々と続くような環境だ。資源こそ豊富だが、人が住むには適していない。そんな国が武力による国土拡大を目指すのはある意味では当然とも取れる。資源が豊富なお陰で魔業も発達していて、都市ならばガウセンフェルツと同等か、それ以上に発達しているはずだ。そして、グヴォルト帝国からドラスリアムへ行くのに道は一つ。幽玄谷を通過すること」

 空間転移魔法陣でやって来たのは年中、霧の立ちこめる薄暗い谷の入口だった。そこには大きく「KEEP OUT」の文字が書かれた夥しい量の看板が立てられている。セブンが解説を終えてから、ふむ、と早速の問題に考える。

「何で立ち入り禁止?」

 シュザリアが看板を眺めながらぽつんと呟く。勅命でやって来ている以上は、必要に応じてグヴォルト帝国内なら立ち入れない場所はない。だが、問題は立ち入り禁止になっている理由だった。

「危険なことはあるが、立ち入り禁止にはなっていなかったと思うがな……」

「立ち入られたら困る人がいるからそうなったんじゃなくて?」

 クロエがいつもの様子で言う。

「誰が困るんだ? こんな辺境の地で。ここは帝国の土地で、一般に開放してある。いわば、公共の地だ。それが封鎖されていて、何でおれのところにも連絡がきていない?」

「勝手にここを封鎖して、何か悪いことをやってるとか?」

 アークが今度は言う。セブンは眉を顰め、それから無数の「KEEP OUT」の看板を眺めた。

「そうだといいが……。とりあえずは行ってみよう。ここを通らないとドラスリアムへは行けない」

 看板を無視しながらセブンが幽玄谷へと入っていく。シュザリアらも続くと、すぐに濃霧に包まれた。一寸先も見えない霧だ。アークはシュザリアにくっつき、さらにクロエに手を繋いでもらっている。怖がりである。そして、これが不幸中の幸いとなるのだった――。


「ね、ねえ……セブンは?」

「前にいないの?」

「後ろには多分、いないわね」

 案の定、ほんの5分間だった。濃霧の中を歩き出してから、たったの5分。それだけでセブンのすぐ背後を歩いていたシュザリアが見失ったのだ。自分にくっついているアークの片手を握り、シュザリアが振り返る。

「あれ……迷子?」

「ほ、本当に? ドラスリアム目指して、早々に?」

「セブンだったらこんな所、簡単に抜けるんでしょうね」

 クロエだけは平然としている。しかし、かといっても何か打開策があるという訳でもないらしい。

「どうするの?」

「歩くしかないわね。ほら、先頭歩いたげる」

 クロエが前を歩き出し、三人が手を繋ぎながら霧の中を進む。霧によって全ての感覚が閉ざされているようだった。視界は勿論、話せば声こそ伝わるが獣や鳥などといったものの声はしない。

「幽玄谷、という由来を知ってる?」

「知らない」

「あ、ぼく何かの本で読んだよ。確か……この場所が発見されてから、どんな手段を用いても霧が晴れたことがないんだよね? だから地図でも地形が記されてなくて、歩いていてどこまで続くのか分からなくなる。遭難者が多くなって、広くて深い様を幽玄、って言葉にあてはめた……んだっけ?」

「ええ。まあ、諸説あるんだけれど」

 諸説、という言葉にアークが少し首を傾げた。シュザリアは感心しながらアークの話を聞いていた。

「じゃあ他にどんな説があるの?」

「ずっと東の海、そこに浮かぶ島から来た人間にちなんで名づけられたのよ。丁度、古代大戦の頃。その東洋人の名前が幽玄といったらしいの。彼は独特の魔術を使っていて、三雄とも互角に渡り合ったらしいわ。それで……この地で壮絶な最期を遂げた。彼の魂を鎮める為にこの地を幽玄谷と名付けたとか」

「へー。でも、何でそんな話を?」

「出るのよ」

 簡単に言い放ったクロエにシュザリアとアークが固まる。

「な、何が……?」

「その幽玄さんが。お化けになって」

「う、うう、嘘でしょ? ね、クロエがぼくらを脅かしたくなって……」

「もしも、その幽玄が何かやらかして、この異常な霧を発生させていたとしたら? 幽玄というのは大層な盗賊で、この谷に財宝を隠した、ともされているのよ。そして、その財宝を守る為に幽霊となって侵入者を襲撃したら?」

「信じない信じない信じない信じない信じない信じない……」

 アークがぶつくさ言いながらクロエに手を引っ張ってもらう。もう片方の手はシュザリアが握っている。幸い、モンスターなどの気配がないのが救いだ。

「ふふ、大丈夫よ。少なくとも、幽霊は今のところ確認されていないから」

「本当?」

「ええ。ただ、モンスターは出るそうよ。例えば……そう、霧の中から触手を伸ばして浚っていってしまうような」

「下手なお化けより怖いかも」

 そんな会話をしていると、急に地面が揺れた。ドン、と最初に衝撃が来て、それから立っているのもやっとなくらいの激しい縦揺れが生じる。クロエがアークの手を引っ張り、近くに二人を寄せると魔法陣を展開した。下方配置魔法陣で三人の足下に展開されると、その中だけ霧が消え去る。

反魔術アンチ・マジックが効いたってことは、この霧はやっぱり何かしらの魔力によって生じているみたいね」

 魔法陣の中には光が満ちていて、互いの姿がくっきりと見えた。

「今の地震、何だったのかな?」

「幽玄谷に生息する主なモンスターは確か……ゴーストバイソンと、食人植物と、クラウンクラブと、あとは……」

「ガムトリね」

 クロエが言うとシュザリアが変な顔をする。

「ガムトリ……?」

「さっき言った、触手を伸ばして浚っていくコウモリのようなモンスターよ。その触手がガムのような不揮発性の粘液で動けば動くほどに絡まってしまうの。単体ならどうってことはないけれど、群れに出くわしたら最悪ね。それで地震を起こせるよなモンスターと言えばゴーストバイソン」

「ゴーストバイソンって、何?」

「シュザリアって本当に勉強してないんだね……」アークが苦笑いしつつ、続けて答える。「ゴーストバイソンは牛みたいなモンスターだよ。お肉は美味しいらしいけど、体長は小さくても3メートル。魚と一緒で生きている限り、どこまでも大きくなるんだよ。穴の中で寝起きするんだけど、活動は地上。つまりゴーストバイソンが起きるか、寝るかした時は地震が起きるんだよ」

 アークの説明でシュザリアがふーん、と分かったのか分からないのか、どうも微妙な返事をする。それから、真顔でアークに問う。

「ちなみに今の地震は?」

「起きたわね、多分。ほら、声を潜めて。地面を手で触れてみれば分かるわ。少しずつ、こっちに向かってきているのが分かる」

 クロエに言われてシュザリアとアークが地面に手をついてみた。若干ではあるが、揺れている感じがしないでもない。

「でさ、気になったんだけど逃げられるの?」

「無理」

「無理ね」

 アークとクロエの声が揃って返ってきた。

「どうして?」

「ゴーストバイソンが走れば時速130キロは出る。ゴーストバイソンの由来は巨体でありながら、走ったらとんでもなく速いから。それが神出鬼没のゴーストみたいだからなんだよ。ちなみにゴーストバイソンの体毛は剛毛で名工の鍛えた刀剣でも刃が欠けるとか」

「じゃあ、どうするの?」

「どうしようかしらね? アーク、考えて」

「ぼく、一応は守ってもらいたい立場なんだけどな……。えーと、まずは視界が悪いから反魔法の魔法陣を思い切り広げて欲しいな。端から端まで二十歩、いや、三十歩くらい。その中で戦うしかない」

 ゴーストバイソンの足音が大きく響いてくる。霧の向こうに何か大きな影が見えた気がした。それを見てクロエがそうね、と呟く。

「それが一番いいかも知れないわね。じゃあ、行くわよ――」

 クロエが宣言すると足下の魔法陣が広がった。霧が退けられて視界が広がると、そこにゴーストバイソンの姿が見える。

「シュザリア、魔術!」

「うん。光の雨(シャイン・レイ)!」

「あ、待って。ここで魔術やっても――」

 ゴーストバイソンの頭上に展開された魔法陣。しかし、一秒でかき消された。

「あれ?」

「だって魔術打ち消す魔法陣の中だもの」

「ねえ、クロエ? それ、どうやってゴーストバイソン倒すの?」

「さあ。どうしましょうか?」

 反魔術を消せば視界がなくなり、そうでなければ魔術が使えない。

 この状況はどうやって打開すればいいのか。それに答えられる者はいなかった。

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