No.33 誇りの持ち方
「それでね、ボタン押したらガコンって音がして飲み物落ちてくるんだよ」
「ほう、それは便利な魔業だ。どれ、大臣に伝えて城下にいくつか配置してみるか」
シュザリアはウインザードと談笑にふけっていた。晩餐をしていた部屋で父の右隣に座っているシュザリア。今は誰も近くにいない。親子水入らず。王城に帰ることは拒んでいたが、別に父や大臣や神官らが嫌いな訳ではなかった。むしろ、シュザリアは人を嫌いになるということがない。感情的で向こう見ずでお間抜けなところもあるが、何でもかんでも包括してしまう広い心を持ち合わせていた。
「それにしても、しばらく見なかった内に立派になったものだな」
「へ?」
いきなり言われてシュザリアは目を丸くした。最後に会ったのはホワイトウイング入学前。ほんの一年と少しだけなのにどこか変わっただろうか。相変わらずセブンにおんぶに抱っこという状態であるし、劣等生のレッテルはきっと剥がれてはくれない。
「お前がホワイトウイングに入学したいと言い出したときは反対ばかりしていたが、どうやら得るものはあったようだ。お前が楽しそうに話をするだけでそう思える」
「何か、照れちゃうな……」
「ドラスリアムへ行かせることになって申し訳なく思っている。お前にも、セブンにも、リュグルスハルト嬢にも、ディファルト君にも。きっと辛く、長い旅路になるだろう。一国の主として年端もいかぬお前たちを向かわせることには抵抗がある」
ワインを一口含み、ウインザードは間を置いた。シュザリアはぼけっとしたまま聞いている。
「でも、わたしは嬉しいよ。ちょっとだけね」
「嬉しいだと?」
眉間にしわを寄せ、ウインザードが少し笑った。シュザリアの突飛な発言は時に周囲の人間を救ってくれる。
「だってセブンとアークとクロエと、一緒に居られるんだもん。テストもないし、勉強だって旅の間はお休みでしょ? それに珍しいもの見られるかも知れないし、ドラスリアムって魔業が発達してるみたいだから見るの楽しみだし」
「ふふふ……ははは、そうか、お前は変わらないな」
いきなりウインザードが笑い出してシュザリアはむっとした。
「笑わないでよ。人が真面目に言ってるんだから」
「いや、済まない。だが……くく……お前はどこまで楽天家なんだ? おれでもそこまで楽観しないというのに。お前は人を救う天才だ」
「天使様?」
「そうだな、お茶目でドジっ娘な天使だよ」
「形容詞いらないんだけど……」
またむすっとして呟いたシュザリアの頭をウインザードの腕が抱いた。ぽすっと父の胸に頭をもたれかける形になり、シュザリアは懐かしい匂いをかぐ。
「無事に帰ってくれ、娘よ」
「うん。……大丈夫だよ」
扉の向こうで中に入ろうとしていたセブンは、そっと踵を返して歩いていった。
「それで、何の用だ?」
王城の裏庭。庭師の手入れが行き届いたそこにセブンは呼び出されていた。相手は、同じフォースであり、昼間の襲撃者。フォース・ナンバー・スリー。通称サード。マントを今も着用している。鷹を思わせる鋭い目つきがじっとセブンを見据えている。
「それは分かっているはずだ。置き土産を、密かに処分したようだな」
「ああ。あんなものを放置しておけるほど不潔じゃないんだ、おれは。それよりも、のこのことこんな場所へやって来ていいのか? スピードはどうした? 早くお国に帰らないといけないんじゃないのか?」
昼間はともかく、夜間はここに人の気配がない。セブンが誰かに言いさえすれば兵士が駆けつけるが、そうしていなかった。
「最高傑作と呼ばれ、その試用で存分に性能を発揮したというのにどうして下劣な者どもの下につく?」
静かだが嘲笑的なサードの問いにセブンは肩をすくめて見せた。
「下劣な者? 何を言ってやがる。おれが従うのは、たった一人だけだ。そして、その一人は誰よりも特別で、誰よりもおれが信頼している。あんまり人様を貶すと、――殺すぞ」
庭師に整えられた木々がざわつき、その葉がぱちっぱちっと音を発した。殺気を乗せた魔力がセブンから漏れ出して周囲に影響を及ぼしている。
「そうか。おれは覚悟を問いにきた」
「覚悟?」
「ドラスリアムは内紛と革命により、我々フォースが支配者となった。だが恐怖政治も、武力による統治もすることはない」
「それならどうして契血印なんてものをこしらえた」
「復讐だ。魔導対戦用人型兵器を産み出した人間に対する裁きを、我々の力をもって加える。そして復讐が成功――要するに、人間の大多数を殺した暁には、また我々は長き眠りにつく。セブン・ダッシュ。お前は悔しくないのか? 戦争の道具として産み出され、肝心の戦争とは人間が自らの富を築くために引き起こす。では、我々は何なのだ。ただの殺戮人形。――そんなのは違う、と決意を露わにしようともそうなるように造られている。故に、我々はこのような行動に出た。セブン・ダッシュ。お前にも、復讐の資格がある。共に来い」
傲慢な言葉ではあるがサードの瞳は静かに、じっとセブンを見据えたまま動こうとしなかった。敵対ではなく共闘を望んでいる。何年間もドラスリアムを離れ、別の国に忠誠を誓ったセブンのことを。だがセブンは首を左右に振って見せた。
「残念ながら、おれは違う。戦争の道具でも、殺戮人形でもいい」
「お前には誇りがないのか? それがフォースにおける最高傑作か?」
「何とでも言え。例えこの先、世界がひっくり返ったとしてもおれはフォースとして生まれたことは覆らない。普通の家に生まれて、普通の生活をして、普通に死んでいく。――そんなのを夢見た時期もあったが、そうじゃなかったがためにおれは様々な人間に出会った。何でもないことに一喜一憂して、そうして暮らしてきた。おれをこんな状況に送り込んでくれたことに感謝はすれど、恨む道理はおれにはない。もっとも、これは生温いこの国に暮らしてきたおれにだけ当てはまるのかも知れないけどな。だから、お前らの思想には賛同しかねる。分かったら、契血印を引っ込めるか、戦争を止めるか、おれのことは諦めてくれ」
敵同士という立場ではあるが、それでもセブンとサード、双方とも同胞だという意識はあった。それが造られる際に組み込まれた思考なのかどうかは分からないとしても。
「それならばセブン・ダッシュ、お前は我々の敵だ」
「そうして貰えるなら話が早くて助かる」
二人から漏れ出して、高まった魔力が次の瞬間にバチンと強烈な音を立てて弾けた。その衝撃だけで木々の葉が全て枝から落ち、近くの建物の窓硝子が砕け散る。セブンとサード、互いの目の前に魔法陣が展開され、しかし、それは互いが相手のすぐ目前に展開したものだ。白い無数の光線が魔法陣から発せられて二人が避ける。そのまま庭石を蹴って相手に接近すると、セブンが握り拳を撃ち込む。サードはそれを手刀で叩き落してから、セブンの首の裏を掴んで強烈な前蹴りを叩き込む。肋骨が折れたような音がし、セブンが吐血した。さらにサードが片手を上へかざすと二重の上方魔法陣が展開されてセブンに落雷が浴びせられる。
「雷鐘」
周囲一帯を激しい雷光が閃いた。瞬間的に白昼のような明るさになり、その光源のただ前にいたサードが目を眩ませる。轟音が遅れて響き渡ると、今度はその音が平衡感覚を一時的に麻痺させる。
「この魔術は……!」
「久しいな、三番。七番のやられるザマをどうもありがとう。ついでに死ね――。雷虎召喚」
超巨大上方魔法陣。その上に暗雲が立ち込める。魔法陣は下に行くほどに小さくなり、その照準はサードへ向けられている。続いて巨大な雷が魔法陣内部を通過していく。
一瞬、視界が全て白色に染め上げられる。
大地が大きく揺れて、空が地響きを立てた。
全ての感覚を奪い去り、一切の知覚をさせないのはあくまで副産物。本当に恐ろしいのはその凶悪なまでの威力だった。サードのいたところに直径3メートルほどの底が見えない穴が穿たれたのだ。周囲が焼け焦げて、魔術となれなかった多大な魔力そのものが未だにその周囲に残留するほど。
「ダウン……」
放り出されていたセブンが折られた肋骨を押さえながら何ともない風にサードのいた場所を眺めるダウンに声をかけた。
「何だ、七番」
「やったのか?」
その瞳は確認というよりも問い。ダウンの今の魔術の威力は十分に知っている。周囲一帯、見渡す限り全ての木々をなぎ倒すほどの威力だ。セブンとて扱えないかも知れない。それを一箇所に収束し、サードへ向けて落とした。だが、サードの実力とて侮ることが出来ない。
「いや、逃げられた。スピードの仕業だ。雷虎の一撃が放たれるまでのタイムラグは0.05秒。その一瞬にあいつが割り込んだのが見えた。どこかで見ていたんだろう」
「やっぱりか……。お前、魔力の残りは?」
「3800カセル。何をするつもりだ?」
「そこら辺、直しておけ。創造主の御魂で元通りに。それだけの魔力があれば十分だ。魔導騎士団長殿に報告へ行って来る」
言い、セブンがダウンの脇を通り過ぎようとすると肩を掴まれた。
「待て」
「……」
立ち止まって肩越しにダウンを見やった。
「お前、弱くなったのか? おれを無傷で下した時は何だった?」
「おれの残り魔力。たったの240カセルだ。昼間、奴らが置いていった土産の処理に失敗した」
「土産――あの魔術具か。フォース製作者の作り上げた滅びの七つ道具。何を置いていった?」
「退魔の栓抜き」
答えるとダウンの目が大きく見開かれた。滅びの七つ道具とはそこにあるだけで半永久的に効果を発揮するという、製造も所持も禁じられる魔術具だ。そして、退魔の栓抜きというのはそこにあるだけで周囲から無尽蔵に魔力を吸い込んでいくというもの。その処理方法は一度に多量の魔力を流し込んで機能を止めてしまうという方法なのだが、それこそフォースでなければ出来ないようなほどの魔力が必要なのだ。
「あれにつけられていた罠に気付かずに処理しようとして魔力のほとんどを失くした。その状態から何とか魔力を絞り出して処理はしたけど今度はなかなか魔力が回復しなくなった。明日までの回復も怪しい」
「それでほとんどの魔力を失って、そのせいで体調は最悪、サードに遅れを取ったか」
「ああ。だから、ここの後始末は頼む」
肋骨を押さえ、左足を引きずりながらセブンは王城へと向かっていくのだった。




