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No.32 冠と剣の関係

 あてがわれた客間のテラスに出て、アークは城下の美しい夜景をぼんやり眺めていた。日が落ちれば全員が家か一軒しかない酒場に居る故郷の村とは違い、夜でもにぎやかな活気に包まれている。暖かな光に彩られた通りは飲食店が威勢よく客引きをしている。ほろ酔いの者、喧嘩をする者、それを煽る者、難しい顔をした上官と共に愚痴を聞く下級兵士、親子での食事から帰っている家族も見受けられた。

「フォングレイドの夜景はどうですか?」

「えっ? あ、メイジ……」

 後ろからの声に振り返るとそこに友人がいた。どうやら一人で来たらしく、ダウンの姿も、従者の姿もアークには見られなかった。テラスへ出て、夜風を浴びながらアークに倣うようにして手摺にもたれて城下の様子を眺める。アークもまた、先ほどと同じように手摺にもたれて顎を乗せる。

「城下にはおよそ1万4千500人が暮らしています。グヴォルト帝国全体では3万2200人。ぼくは将来的には、この大人数を治める皇帝とならなければなりません。姉様は……きっと、気ままに暮らすのでしょうけれど」

 苦笑しながらメイジが言うと、アークも小さく笑った。

「でも」付け足したメイジの言葉にアークが目を少しだけ見開いた。「ぼくは恐らく、通過儀礼をし、その後の成人の儀をする頃にはどこか別の外国へ行きます」

「え? 玉座に座らないの?」

「今のところ、ぼくが掲げる理想としては、です。どう転ぶかは分かりません。誰にも言わないで下さいよ? そんなことが知られたら監視の目が厳しくなりますから」

「でも……外国でメイジは何をするの?」

「旅をしてみたいと考えています。ぼくの見識は本や、聞く話だけです。自分の目で確かめて、自分自身で発見をする。そんなことがしてみたいんです。まあ、視察などといった公務はありますが……それだって自由に何かを見たり、体験したりすることは出来ません。ぼくが自分に自身を持って、胸を張って自分の意見を語れるような人間になったら……その時にまだ、ぼくに少しでも期待をしてくれる人がいたら、戴冠の儀をしたいですね」

 柔らかなメイジの口調を聞きながら、アークは何かもやもやしたものを覚えた。メイジは王族だ。生まれながらにして上に立つ人間。一方で自分は小さな村の出身で親もいない身。双方とも友達であると思っている。けれど、メイジがどうしてか眩しい。

「アークは何か……夢とか、目標といったものはありますか?」

「ぼくは、ないかな……。魔術師になりたくなったのも本当は知識を集めるのが楽しいから。魔術具職人に弟子入りしたのは……ぼくの少ないキャパシティを補えるのが魔術具だったから。結局、自分のことしか見られないし、メイジみたいに立派な目標を持ってるわけでもないんだ」

「そうですか」

 しばらく、無言の時間が続いた。気持ちの良い風が吹いた。

 城下を歩く人々のうねりのような動きを見つめながらアークが不意に言葉を発する。

「本当は、怖いんだ……」

 小さな言葉を漏らしてから、アークは力なく笑って見せる。歯を噛みしめ、口角をぐっと上げたが目だけが憂いの感情に取り残された。

「ドラスリアムにはフォースがいて、セブンと同じくらい強くて。戦争になるのも怖いし、それを回避するための任務っていうのも責任が重いし……。ぼくはキャパシティが少ないから、使える魔術も威力がないの。魔法陣を二つ発動するのも難しい。非力なのもあるし、経験だって皆より劣ってる。いくら理論を積み上げても、実践出来ないなら仕方ないでしょ? だから、怖くてたまらないんだ……」

「手を貸してください」

 メイジが手摺から自分の体を起こし、まっすぐアークの方を向いた。戸惑い気味にアークが片手を差し出すとメイジがポケットから何かを出してその手に渡した。金色のリングで剣の紋章が刻まれている。同じものをメイジは自分の手に乗せた。しかし、こちらには冠の紋章が刻まれている。

「何、これは……?」

「魔術具の一種です。戦場に赴かないぼくが持っていても仕方のない代物です。この二つの魔術具は繋がっています。単体で使っても効果はありません。冠のリングは装備者から魔力を搾取し、剣のリングは搾取した魔力を装備者に与えます。これを指にはめれば、アークの魔力は一切減らずにいくらでも魔術を発動することが出来ます。勿論、ノーリスクです」

「リスクはあるよ! 搾取するってことは、メイジの魔力が奪われるんだよ!? それなのに魔術を乱発でもすれば、最悪メイジの魔力が尽きて――!」

「ぼくはきみの力になりたいんです」

 冠のリングを右手の中指に嵌めてメイジが言う。碧の瞳がアークをじっと見つめた。

「でも……」

「それに、このリングをつければ互いの状態が何となく分かるようになるんです。本来は師弟関係などでつけるのですが、ぼくはあえて剣のリングをアークに預けたいんです。まだぼくは魔術を扱えません。しかしキャパシティならあります。互いに足りないところを補い合うのが友達だと、ぼくは考えます」

 穏やかな碧の瞳がアークを見つめる。そうされると、もう言い返すことも出来なくなってしまった。自分の手に乗せられた剣のリングを見て、それからゆっくりとまたメイジを見やった。

「ぼくが一方的に魔力を貰うだけじゃ、そんなの頼ってるだけだから……ちょっとだけ、これ加工させてもらっていい? これでも魔術具職人の見習いだから。一方的な搾取じゃなくて、互いの魔力を混ぜて効果を数倍に高める魔法陣を組み込んでみる」

「そんなことが出来るんですか?」

「分からないけど……そうすればメイジの力を貸してもらうことになれるから。それに……今のところ、ぼくの武器は魔術具しかないからさ。ちょっとだけでも自信つけておきたいんだ」

 にこりとアークがいつもの人懐こい笑みを浮かべて見せる。と、メイジも微笑んで指に嵌めていたリングをアークに預けた。

「それではお願いします。明日の出立までに完成出来そうですか?」

「うん。やるだけやってみる。理論だけで主席になれたんだから任せといて」

 夜は更けていく。

 明日の朝日を照らすために。

 そして、誰かに光を届けるために――。

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