旅立ち
目を覚ましてカーテンを開けると、眩しいほどの太陽の光に思わず目を覆った。
少しずつ目を慣らし、意を決して窓を勢いよく開けて、外の空気を吸い込んだ。
新鮮な空気が肺に入っていく。
爽やかな朝の澄んだ空は気持ちよく、既に温かさを纏う空気は、春の訪れを感じさせていた。
俺の退院祝いをしてもらってから、ちょうど1週間が経っていた。
酒場でのあの日、サムは村人に捕まり、ラルフは酔っ払い、と結局大した話し合いはできなかった。
決まった事と言えば、まずはダンテ村から一番近い町で魔女の情報を集めること、そして今日という「出発」の日だけである。
俺は前日のうちに準備していた服装に着替え、家を出る準備を整えていく。
あの日から今日までの1週間というのは非常に短く、あっという間に過ぎてしまった。
まず村の警備隊の仕事を休止するための手続きが必要であった。
これはもちろんサムとラルフも同様である。
一度に3人も仕事を抜けるというのは、村にとっては痛手であり、当初は難しいと思われた。
しかし結論から言うと、仕事の休止にはならなかった。
魔女にまつわる事件を一時的に解決したこと、そして今後同様の事件を引き起こさないための継続的調査としての旅という扱いになり、好意的に受け止められた。
次に装備を整えることであった。
俺は弓を、サムは剣と盾を、ラルフは拳のグローブを調達した。
また旅で必要な野営ができるような道具なども、手分けをして調達していった。
そして俺の場合は特にだが、身辺の整理であった。
もしかするともうこのダンテ村には戻ってこられないかもしれない。
最後かもしれない、そう思うと、交友関係は狭い方であるが世話になった人たちには挨拶をしようと思う性分ではあった。
―――いや、最後じゃない。
真実の愛を手に入れて、未来を手に入れるんだ。
「いってきます」
俺は玄関の扉を力強く開けた。
*
俺は出発のため、村の出口の方角にあるサムとラルフとの待ち合わせ場所に向かった。
「それにしても、あの日のラルフとの帰り道には参ったな……」
あの日、村の酒場で3人で飲んだ後のラルフと帰った時のことを、なんとなく思い出していた。
(……オメェが生きていてくれて、嬉しいんだ)
俺は頭の上に手を乗せる。
あの日のラルフの手の感触を未だ覚えている。
ラルフに触れて好きになってもらおうとして、逆に好きにさせられてしまうとは。
これは。
―――俺の攻め力が圧倒的に足りない。
あれは、その事を自覚した「事件」であった。
「俺は本気で腹を括るよ」
ペンダントに向けて、そう声をかけたが返事はない。
魔女様は気まぐれのご様子だ。
*
待ち合わせ場所に着くと、既にそこにはラルフの姿があった。
俺はラルフに気づかれないように背後から忍び寄る。
弓使いとして、気配を消すことには長けている。
「ラルフー!」
そう言って、俺は後ろから抱き着いた。
背の小さい俺は、頭を押し付けてもラルフの肩すら余裕で届かない。
「うおッ……!? お、おいエルか、ちょっとなんだよおい……離れ、ろ」
ラルフは体を揺らして、俺の事を振りほどいた。
俺はひとまず、サッと離れた。
いくらこの能力があるとはいえ、突然のスキンシップで嫌われては困る。
「ごめん、悪ふざけが過ぎたな」
「いや……別にそういうわけじゃねェけどよ、いきなりはビックリするだろうが」
そういって、ラルフは照れ臭そうに左手で自身の頬をポリポリと指で掻いた。
あーかわいい。
これは思ったより好反応だ。
かなりラルフとの距離が縮まっている気がする。
「これからよろしくな」
そういって、俺は更に一歩下がって丁寧に右手を差し出した。
ラルフも同じように右手を出し、俺らは握手をした。
ラルフの手はやはり大きく、俺の手の大きさ全体でラルフの指と握手をしているような感じだ。
そのまま俺はぐっと力を込めて、いつまでもにぎにぎしてみた。
「いつまで握ってんだよ……その、なァ……」
そういって、ラルフはやはり左手で自身の頬をポリポリと指で掻いた。
それでも俺は手を放さずに、へへへっと笑って見せた。
「二人とも、何やってんだよ……」
背後で声が聞こえたと思って振り返ると、呆れ顔のサムが立っていた。
俺はラルフの手をぱっと離した。
「エルとラルフさ、いつの間にか本当に仲良くなったよな」
「そうかな。……俺はみんなと仲良くなりたいんだ。これからの旅でいろんな奴と」
俺は心の底からそう思った。
もう覚悟を決めたのだ。
俺はみんなとラブな意味で仲良くなります。
サムとラルフとで、2人顔を見合わせて俺の発言に少し驚いたような表情をした。
多分、今までの俺の事を思うとそんなことを言ったのが珍しいと思ったのだろう。
「オレはそういうオメェの方がいいと思うぜ」
「……ちょっと驚いたけど。俺もさ、なんか嬉しいよ」
サムはその時、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
今までの後ろ向きな俺ばかりを見ていてくれたからだろうか。
思わずラルフのように抱き着きたくなったが、ぐっとこらえる。
ああ、サムとずっと一緒に居られるなんて、少し前の俺なら喜びに思わずにやけてしまった所だろう。
でも今この力でサムを服従させるわけには、いかないのだ。
サムとはしばらく旅の仲間として一緒に過ごしてもらいたい。
サムに嫌われたら俺はもう多分生きていけない。
「……じゃ、行こうか」
俺がそう言うと、3人で村の方向をもう一度振り返り、無言で歩き出した。
―――さようなら、またこの村に帰ってこれますように。
そう、これから俺たちの新しいラブでうぶなムフフな旅が始まる。かもしれない。