3階 魔女の部屋(2)
魔女はティーカップを再び持つと、口へと運ぶ。
カップを持つその手が微かに震えているように見えた。
「生命が1年で尽きるのはアナタじゃない」
魔女はそういうと、飲んだティーカップをカタリ、とテーブルに置いた。
ティーカップの中身はもう、空だった。
「……ワタシの方よ」
「え?」
————魔女が、死ぬ?
あまりの予想外の言葉に、俺は驚きの表情を隠せない。
「ワタシが死んだら、アナタの呪いは永遠に解けないまま。だからアナタに1年の期限をつけた。……どう? 全部が嘘じゃない。そう言った意味、わかるかしら」
「そんな、し、死ぬってこと……だよな? お前は、男から生気を奪ってその姿を保っていたはずじゃ」
俺の言葉に魔女は笑みを浮かべる。
「確かにワタシの美貌は、若い男たちからのほとばしる生気で完成されてるわ……!」
「やっぱり嫌な言い方だな」
「……でもね、美貌は保てても、生命には限界があるのよ。……それに、ワタシは長く生きすぎたわ」
そういうと、魔女は人差し指をくるりと回す。
すると、その指がキラリと光る。
「!?」
突然————ボンと煙に包まれたかと思うと、
お茶会のテーブルの真横に巨大な本棚が現れていた。
それは自身の身長を優に超え、横幅は今座るテーブルよりずっと大きい。
「これは……?」
本棚の背表紙は、かなりの量がピンク色をしていて。
もしかしなくてもこれは————
俺は立ち上がると、手ごろな本を一冊引き抜いた。
「!」
その表紙には男が2人裸で、————
「ワタシが死んだら、この秘蔵書の山、貰ってくれるかしら☆」
「いらんわ!」
俺は思わず、その本を床に投げつけようとして————丁寧に、本棚へと戻す。
すると、魔女は「残念ね~」と、さして残念でもなさそうに口を尖らせて、足をテーブルの下でばたつかせる。
その様子が余りにも子どもじみていて、俺は気勢をそがれてしまった。
すると、その様子を察したのか、魔女は落ち着いたように真面目な顔へと戻った。
「……最後に、死ぬ前に……妄想じゃない、ホンモノが見たくなったの」
「え?」
本物の男同士の恋が見たかった、そんなところだろうか。
だから、わざわざこの話を切り出すために、この本棚を————?
「だから、アナタに呪いをかけたの。まぁ、本当はあのイケメンくんの予定だったけどね。ワタシの男をたぶらかす力を男に使えば、『男同士』のラブが見れると思って」
「……」
「アナタに呪いを解く条件……『真実の愛』なんてものは、本当は初めから無かったの。アナタを必死にするための出まかせ。ワタシが最ッ高に ”萌え” を感じられれば、何でも良かったの」
「……」
————本当にひどい話だ。
そんなバカげた願いのために俺は、ここまで踊らされてきたのだ。
わかってはいたものの、やはり俺の中には怒りの感情が湧き上がる。
すると、魔女は突然うっとりと眺めるような視線を空に向ける。
「最っ高ッだったわッ……! 美しかった……! ワタシとしては、もっと……もっと抗えない力で欲に従順になってしまうドギツゥイ展開が好きで、それを期待してたけれど……。 でも、それどころじゃない。目を覆ってしまいたくなるほどの純情っぷりに、尊さが爆発したわ!! ……もうッ、新しい扉を開いた気分だった……!」
恍惚と目を輝かせ、息を荒げる魔女の興奮ぶりに————
俺は怒るのも忘れ、若干、いや結構、ドン引きする。
「おお……そうか、それは良かった? のか……うん」
しかし魔女は、まるでその興奮を抑えるように息をゆっくり吐いて。
それから、俺の方へ一度視線を向けると、申し訳なさそうに視線を下に向け逸らす。
「……ごめんなさい」
————え?
俺はその言葉に耳を疑う。
先ほどのテンションとは打って変わった、あまりの落差に。
今、魔女は俺に向けて————謝った?
「ワタシは余計なことをしたわ。アナタはワタシの力なんて使わずとも……アナタ自身の魅力で男たちを魅了した」
「その言い方はなんだか引っかかるけどな……。魔女様が言うなら本当の事と言えるのかも、か」
俺はラルフ、ユウリ、ギル、サム、皆の顔を思い出す。
今なら、俺は皆の好意をまっすぐに————感じられるかもしれない。
「ねぇ」
「ん? なんだ?」
魔女は俺にそう切り出したものの、次の言葉を中々言い出そうとしない。
まるで————それを、躊躇うかのように。
「……死ぬってどんななの? みんな怖いのかしら。ワタシ、話し相手もいないから。男を誑かすだけ誑かして、ワタシは一人。ワタシが死んだって、世界の誰もそれに気づかないでしょうね。……しょうがないわよね、……そうやって生きてきたんだもの」
それはおそらく————魔女が初めて見せる、心からの不安の声だった。
その様子は死を怖がっている————普通の人間、と何も変わらないように見えた。
「なぁ、……俺はお前を許さないよ」
俺は魔女に言わなければいけなかったはずの一言を、ここで告げた。
すると、魔女はそれに少しも表情を変えずに「……そうね」と小さく呟いた。
「でも、お前がいなかったら、俺は今も……サムに想いをきっと伝えられなかった。ラルフとも仲良くなれなかった。ユウリやギルにも出会わなかった」
そういうと、魔女はこちらを向いた。
その口は少し開いていて、まるで思ってもみなかった、というような驚く顔をしていた。
————まぁ、そうだろう。
————俺が伝えているのは他でもない、感謝の言葉なのだから。
「もう一度言う。俺はお前を許さない」
「だけど……だけど『ありがとう』とも、言うよ。俺に……みんなと出会う機会を、与えてくれて。俺に”真実の愛”が何なのかを、教えてくれて」
「だからそのお礼に……俺はお前を”忘れない”よ。……お前が死んでも」
すると、突然————
魔女の目から一筋の涙がポタリと零れた。
「だから、名前を教えてくれよ。……とびきり性格の悪い魔女さん」
その時、魔女は自分が涙していたことに気付いたのか、慌てて自身の指で目元を抑えた。
「……ルディナ。それがワタシの名前よ」
「ルディナ……か。いい名前だね」
俺がそう言うと、突然魔女は俺から目線を逸らして、そっぽを向いてしまった。
「……本当にアナタは”魔性” だわ」
「ん? どういうことだ?」
そっぽを向いた魔女を振り向かせようと、俺は右手を伸ばす————
すると、突然自身の右手が光りだして————
「……なんだ!?」
右手の光は瞬く間に全身に広がり————
「ルディナ、お前がやってるのか!?」
視界が白い光に包まれていく————
「「エルネスト」」
耳先ほどとは違う、感情のない魔女の声が聞こえてきた。
「『真実の愛』を手に入れた者よ。アナタの呪いは今、ここに解かれます」
「!」
「……最後に、こんなに素敵なものが見られたんだもの。怖くないわ」
すると、先ほどと同じ感情のある魔女の声が戻ってくる。
「アナタたちのその後が見られないのが心残りだけど。もう、オジャマ虫は消えるわ☆ ……これ以上は無粋というものだもの」
「ルディナ……これで、お前とはお別れなのか?」
かろうじて映る光の視界の中で————魔女がこちらを向く。
「ワタシもアナタに会えて良かったわ。……さようなら、お幸せに」
その顔は晴れ晴れとして————まるで無邪気な少女、のような笑みだった。
そしてフラッシュする視界と共に————俺は、意識を、失う。




