★1階(3)
俺の生命が取られていないとするならば、魔女が俺に嘘を吐いていたことは明らかだ。
————何が、真実で。
————何が、嘘なのか。
俺は確かめなければならない。
そう考えていた時。
俺はとあることをギルバートに伝え忘れていたことに気が付いた。
(そういえば……この呪いってさ、”男” にしか効かないらしい)
その言葉にギルバートの眉がピクリ、と動くのがわかった。
ほんの少しの間————時が、静かに流れるのを感じる。
(…… ”真実の愛” ってなんなんだろうな)
(……え)
伝わる声音が余りに真面目で、それが一瞬ギルバートのものなのか、わからなかった。
俺は、鏡の中の世界で見たギルバートの過去————を思い出す。
ギルバートと、彼と恋仲だった青年と。
(……俺に聞かないでくれよ。それがわかってたら、もうとっくに呪いは解けてる)
(……全くだな)
(ちなみにこの呪いを受けるのは、本当は……サムの方だった)
そうなのだ。
魔女はサムのイケメンぶりを偉く気に入っていて、呪いをかけようとした。
それを邪魔したのが俺なのだ。
すると、ギルバートは何かを察したのか————ハァ、と小さくため息を吐いた。
(……そうか。……結局、あの魔女様のご趣味ってことか)
(うーん、そう……だな)
俺は魔女に対して疑問を抱いていた点について、ギルバートに尋ねる。
(なぜ魔女は俺の生命を奪った……と嘘を吐いたんだと思う? 今まで魔女は誰かの生命力を吸い取って若さを保っていた。俺にもできないはずは無いと思う)
(……知らん。まぁ……冷静に考えればお前への圧力……急かすためだろう。魔女は単なる娯楽の一環で男を誑かす呪いをかけた。生命を1年にしたと嘘を吐けば、お前はそれを解くために躍起になる)
(……確かに)
(結局、呪いが解けなければ、お前の生命は継続したまま。……1年が過ぎても魔女は翻弄されるお前を見て楽しめる……そんなとこだろう)
俺は、ギルバートの余りの完璧な理論に感嘆としていた。
それなら、わざわざ生命を奪い取ったと嘘を吐いて、呪いは本物であることに筋が通る。
(……さ、流石だな、ギルバート。俺は考えもしなかった)
(全くもって、その感情に理解はできないが、な)
俺は魔女の極悪さ————に、改めて、辟易としていた。
(……それで、お前はこのゲーム、どう動くつもりなんだ)
————そう。
————そのために、ギルバートに相談しなければならない。
————このゲームに、本当の意味で勝つために。
(俺は、このゲームに勝って魔女に直接会う。なぜ嘘を吐いたのか、その真意を知りたい。それに、どのみち……文句を言わないと気が済まない)
(ふん……くだらんな。まぁいいんじゃないか。……それで?)
(……俺は魔女の思い通りになりたくない。だから、そのために今ギルバートに伝えたことを、ラルフ、ユウリ……それから、サム、全員に言おうと思う)
(……その人を誑かす、くだらない能力のことか?)
(あぁ、そうだ。だから石を5つ集める。……俺の呪いを解く方法を知ったなら、皆が石を集める必要はもう無くなる)
(……)
(たとえ、それが魔女の裏切りと同時に……皆への裏切りになったとしても、な)
(……)
俺がせき止めていた気持ちを吐露すると、ギルバートは再び静かになった。
熱くなった顔と裏腹に————触れている額が、心なしか冷たく感じられた。
(なぁ、ギルバート……何か、言ってくれよ)
————しかし、頭に声は響かない。
(皆に、俺は許されると思うか……?)
(……俺のこと軽蔑したか?)
(……ギルバート?)
————頭に声は響かない。
(ギルバートは、俺の事を……許してくれるか?)
その時————ふ、と息を吐く音がした。
(……どうして、お前は……俺に最初に話した。……俺なら、お前にかけられた呪いを聞いて……理解する、と。……そう、思ったのか)
————突然、その声に胸が締め付けられるようだった。
頭の中に響いた声からは、怒りのような、悲しみのような、感情を覚えた。
(一番ギルバートが冷静に聞いてくれる……判断して、アドバイスをくれる……そう思ったんだ)
(……それは俺の性格のことを言っているのか? ……それとも俺が、お前を嫌っているからか?)
————ギルバートのその声音に、俺の思考はぐるぐると回っていく。
————その質問の意図を考える余裕は、なかった。
(……ど、どうしたんだ? ギルバート)
(答えろ)
まるで熱に浮かされるように。
自分の立つ地面がぐにゃり、と歪んだように、足元がふらつく。
(……両方だ)
————やっとの思いで、その言葉を頭に描いた時だった。
「あ」
俺の頭を抑えつけていたギルバートの両手がすっと離れる————。
次の瞬間————。
闇。
視界が真っ黒に閉ざされる。
————目は開いている、のに。
「ギルバート……!? お前がやってるのか!?」
————叫ぶ。
————しかしその声は、どこに反響することもなく宙に消える。
————応答はない。
上も下も————真っ暗な空間の中で、一人ポツンと、立たされている。
「エル」
そう耳元で、聞こえた瞬間————。
————この声は。
俺が後ろを振り返るが、そこには————誰も、いない。
その時、真っ暗闇の中で————。
俺の両肩にポンと確かな体温と柔らかな重みが乗った。
————これは、手の平————なのか。
「ギルバート?」
————途端、口を塞がれた。
「ンっ……」
感じるその柔らかさと、体温————は、確かに唇だった。
舌の先がユルリ、と口の隙間を縫うように侵入した。
一度許したその空間からは————強引に侵されていく。
お互いの鼻が少しだけ、触れた。
肩に乗せられた両手に力が、次第に込められている。
互いの温かな唾液が口の中でニルリと、絡み合うのが、わかる。
俺は目の前の存在を確かめたくて、手を伸ばした—————。
しかし、その瞬間————。
「あ」
触れていた唇が突然、離れ————伸ばした手は、空を切った。
再び、闇の中に一人、放り出される。
「……心底、お前の事が嫌いだ」
「ギルバート……?」
「……お前が俺に ”呪い” を、かけたんだ」
「!」
「……少しは俺のことも考えろ」
————突然、ぱっと光に照らされる。
————辺りを覆っていた闇が一瞬にして、晴れる。
「ギルバート!」
俺は再び両の手を伸ばす。
しかし、手は何に触れることもなく。
目の前にいたであろう、ギルバートは————居なくなっていた。
先ほどまで見ていた武器庫の景色だけが残される。
「ギルバート……」
空を切った手を————見つめる。
「あ」
その時、ある、大事なことに気が付いた。
左の腕輪についていた、赤い石が————無くなっていた。




