準決勝の朝
頭がズキズキとしていて、その痛みで、ふと目が覚めた。
「……イッデェ」
重たい頭を何とか持ち上げて、ベッドから起き上がる。
カーテンを開けると眩しい朝日が容赦なく目を焼き付けた。
―――そう言えば昨夜はラルフと酒を飲み過ぎてしまったんだった。
いつの間にベッドで眠ってしまったのだろうか。
少しずつ覚醒する頭の中で、昨夜の記憶を思い出していく。
「ああ、そういえば……」
ギルバートのあの傷付いた、なんとも切なげな表情を思い出す。
(今日は……来なくていい)
この家に来てから毎晩、ギルバートに魔力を供給する儀式を行っていた。
それを怠ったのは、昨晩が初めてだった。
「どうして、昨日はあんな事を言ったんだろ。……ギルバートは俺の事なんて、何の興味もないと思ってたのに」
しかしそれを冷静に考えられないほどには、頭がガンガンとしていた。
―――今日の準決勝は午後からだったはずだ。
ギルバートの家で昼食を食べてからでも十分に間に合う。
そんなことを考えていると、机の上に真っ黄色の液体の入った瓶が置いてあるのが目に入った。
「なんだろう、これ」
ビンのすぐそばには紙が置いてある。
それを手に取ると、そこには何やらメモが書かれている。
(おにぃのバカ! もう知らない! これでも飲んで元気になっちゃえ!)
文面から察するにユウリのものだろう。
とすると、この瓶の液体は何かの薬というところだろうか。
「うーん……これは当たりか、それともハズレか」
怒っているのか、応援しているのか、ユウリからの謎のメッセージはかなり恐怖だ。
まだまだユウリの考えていることは未知数な部分が多すぎる。
俺はおそるおそるビンの蓋を開けると、匂いを嗅ぐ。
なんとも酸っぱい香りがして、鼻腔を刺激する。
「の、飲むか……」
そしてグイッと一気に飲み干した。
「あ……」
すると、先程までズキズキとしていた頭の中に、一気に風が吹き抜けたように、痛みが消えていった。
「す、すごい……」
気分の悪さも吹き飛び、頭の中が明瞭になっていくのが分かる。
お酒を飲んだ後にこれ一本!
うーん。これは間違いなく金儲けの種になる。
ユウリに感謝だ。
おおよそ俺が昨日酔っぱらってべろべろになって帰ってきたのを、目撃していたのだろう。
俺は気分を良くして、寝間着のまま部屋を出るとリビングに向かった。
*
リビングに入るが、そこには誰も居ないようだった。
そういえば家の中からは物音一つしない。
「ギルバートも、今日はもう出かけてるのか……」
俺はギルバートが居ない事に少しほっとしていた。
昨日のあの後ではどう顔を合わせたらよいものか、考えあぐねていたのだ。
そばにあったソファに座ろうとした、その瞬間、腰にトンと小さな衝撃が走った。
「わぁ!!!」
「……ん?」
後ろを振り向くと、ユウリがひしっと抱き着いていた。
「……どう? ビックリした?」
「あ。ああ! 驚いたよ」
そう声をかけると「エヘヘ」とユウリは満足したように笑った。
ユウリはこの所、肩の少し下まで伸びていた髪をバッサリと切り落とした。
今は男の子でも十分通じるほどの短い髪形になっている。
そして、驚くべきはその髪はなんとギルバートが切っていたらしい。
あのぶっきらぼうな振りをして、案外器用な上に、文句を言いながらも面倒見が良いらしい。
「今朝の薬ありがとうな! それで、どうしたんだ?」
「……別になんにもないよ。なんにもない」
ユウリは俺の腰から手を離すと、スルリとその脇を通って俺の前に立つ。
「最近おにぃ、修行で忙しそうなんだもん。……昨日はせっかくのお休みだったのに、ラルフさんと一日おでかけしてさ。ボクは置いてきぼり」
ユウリが不満そうに両の頬っぺたを膨らませる。
「だから、ちょっとでもおにぃに元気になってもらいたかったの。ボクのこと構ってくれなくたって」
「ユウリぃ~!!」
俺はユウリの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやった。
ユウリは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
「ば、バカ! やだ! そんなの嬉しくないんだ! ボクは誤魔化されないんだ!」
そして俺の手を振り切ると、更に両の頬っぺたを破裂しそうなほど膨らませる。
それがあんまり可愛らしかったので、そのユウリの頬っぺたの風船を両方の人差し指でつっつくと、プッと小さな音がした。
「……もう知らない!!!!! バカ!!!!!!!」
そしてユウリは真っ赤な顔で怒りながら、ドタドタと階段を上がり、二階の自室に戻っていった。
その後、俺が家を出るまでユウリは一切部屋から出てはこなかった。
何度か声をかけたが返事が全くないので、仕方なく俺は家を出ることにした。
*
外に出ると、暑いくらいの日差しに思わず目をそらす。
太陽を直視しないように家の二階を見ると、ユウリが窓からチラリと覗いているのが見えた。
その姿に俺は安心して手を振ると、ユウリはバツが悪そうに、口を尖らせながらも小さく手を振り返してくれた。




