星の瞬く夜
宿屋に戻ると、先にサムが帰ってきていた。
しばらく待ったがラルフは戻ってくる気配がないため、2人で先に夕飯を食べることにした。
―――俺はユウリを旅に連れて行こうと思った。
真実の愛を手に入れられるかどうか、
それよりも俺にできることがあるなら、ユウリを助けてあげたい、と純粋に思っていた。
しかし、ユウリを連れて行くには、サムとラルフを説得しなければならない。
俺は夕飯を食べながら、今朝の話題に触れる覚悟を固めた。
あのユウリの発言の真意について確かめなければならなかった。
たとえ残酷な事実が待っていようとも。
「今朝のあれ、ドン引きしてたよな、サム。……その、ごめん」
するとサムは意外そうな顔をした。
「いやそんなことないよ。流石にちょっとびっくりしたけどな。俺は」
「ユウリも本当に悪い子じゃ、ないんだ。でも朝のはサムに対して、酷い態度をとってたと思う。代わりに謝るよ、ごめんな」
サムがドン引きしていないと聞いて、嬉しくなった俺は、サムの言葉を遮るように話をしてしまった。
俺はおじいさんから聞いたユウリの昔の出来事を考えていた。
小さい時にあんな事件で両親を亡くし、おじいさんと2人で大きな屋敷で暮らしてきたユウリ。
心細かったに違いない。
それに街の大人達からは俗物として見られ、大人への不信感ばかりを募らせていた。
そんな中で俺に"だけ"心を開いてくれた、と思ったら可愛くないわけがない。
「……んだよそれ」
サムの声はいつもより低く、小さくかろうじて聞き取れるほどだった。
俺は慌ててサムの方を見た。
サムはテーブルの上に乗せた両方の拳を握りしめている。
苛立つサムを見るのは久しぶりだった。
こんなサムを見るのは―――
「ごめん。場所を変えよう、エル」
場所を変える話なのだろうか。
その後は俺らは無言で夕飯を食べ続けた。
*
宿屋の外に出ると、息が白くなるほどではないが、流石に夜はまだ肌寒かった。
空には星が無数に瞬いていて、美しい夜だった。
「俺、サムに話さなきゃいけない事があるんだ。あの子、ユウリを一緒に旅に連れて行きたいんだ」
そういうとサムの表情が固まる。
サムは動揺しているようだった。
「ユウリはさ、ああ見えても天才的な薬の調合師でさ。あの子の部屋の隣は物凄い実験室になってたんだよ! いや、その、回復薬なんかも作れるみたいだし、これからの旅が楽になるんじゃないかなって。俺らじゃ誰も回復もできないし」
「……俺より昨日会ったあの子の方が便利なのか」
サムにしては驚くほど低い声だった。
今まで見てきたどんな表情とも違っていて、焦燥と怒りと、少しの寂しさを感じさせた。
「どうしたんだよ、サム」
「昨日会ったばかりのあの子と、朝あんなにエルが自然に触れあってるのを見て驚いたよ。今もそうだ。……俺が知ってるエルじゃ、もうないんだって思ったんだ」
「それは……」
あまりに積極的に、人が変わったようになった俺に戸惑いを覚えているようだった。
付き合いが長い分、そう思うのだろう。
「これからの事を考えてさ。自分の自由に生きようって思って。もう自分を偽るのはやめたんだ」
するとサムは驚きつつも、どこか納得した様子だった。
今の答えは俺が一方的に庇ったサムに対して、無神経な発言だっただろうか。
しかし心の底からそう思っていた。
今まで抑えてきた感情に意味はなくなった。
俺はみんなとラブを育みたい。そして命を取り戻す。
でも、俺は誰よりもサムに嫌われたくないんだよ。
「本当の自分、か……。エルの気持ちはわかった。あの子と朝あんなに親しげだったのはそういうことなんだな。……ラルフに対しても。ラルフとは握手をするし、ふざけ合ったり、夜中にこそこそ何かやってたり」
突然出てきたラルフの話題に俺は戸惑う。
「ちょっと待って、それは……」
「でも俺には一切触れてこないよな。……なぁ、本当は呆れてるんだろ?俺があんまりにも役立たずで」
「呆れてる?」
その声には明らかに怒気が含まれていた。
触れてこない?一体何の話だ?
ダメだ、サムの思考が全く読み取れない。
「……そうだよ。俺は剣の腕だって結局努力の域を出ない。でもエルには才能がある。俺は魔女の討伐のメンバーにすら選ばれなかった! それで無理して付いていったのに、俺はエルとラルフの足手まといだった。それどころか俺はエルに呪いを負わせたんだ」
俺は何も言えずに押し黙った。
サムが下を向いて、唇を噛み締めている。
両の拳を握り、その手は少し震えているように見えた。
「……なあ、俺が村で英雄扱いされた時どんな気持ちだったかわかるか。……もちろん責任を感じていた。自分のあまりの不甲斐なさに怒りも覚えた。否定の出来ないこの状況に恨みさえ感じた。自分勝手だよな。……でも、それ以上に俺は嬉しかったんだ」
俺がサムを庇った事を言っているのだろうか。
「エルは誰よりも才能があって、だから俺はエルのこと誰よりも尊敬してた。……だけど同時にさ。エルは俺しか見てない、俺としかほとんど会話もしない、仲良くしない。俺はエルに頼られてる。そうやって周りの奴らにずっと優越感を覚えてたんだ」
サムがそんな事を考えているとは意外だった。
でもそれは俺にとって当たり前のことなのだ。
俺はサムに呆れられたくなくて、サムと居るために、修練に勤しんできたのだから。
でも才能があるなんて、サムの口から言われたのは初めてだった。
嬉しい。
サムが周りの人よりも、少しでも、尊敬でも、なんでも、特別な感情を抱いてくれたというのなら。
「サムは周りに友達が沢山いて、誰とでも仲良くなれるサムを俺は尊敬してたよ。俺にはサムだけだったけど、俺はサムの……友達の1人だった」
いつもサムは周りに人がいて、でも時々一人ぼっちの俺を見ると、サッと抜けて俺の方へやってくるんだ。
あの瞬間が、俺は―――
ふと笑みを浮かべそうになって、サムを見ると、
―――そこには今にも泣きそうなサムの顔があった。
「エルはもう俺だけなんかじゃないだろ。むしろ俺はエルに友達とすら言ってもらう資格がない。尊敬どころか、軽蔑されるべきなのは俺だった!」
サムの顔が歪む。
「俺は……悔しいんだ。エルには努力で及ばなくても、エルには俺しか友達がいないんだって、心のどこかで安心してた。それでいいって思ったんだ。そんな馬鹿なことを思った自分が、悔しくて、許せなくて、しょうがないんだ。……でもエルは変わった。エルが周りの人と仲良くするのを見る度、俺は惨めな気分になった。……どうして俺じゃダメなんだろうって」
「なぁ、もしかしてユウリの言ってた、物欲しそうな目っていうのは……」
「……あぁ。……俺はエルに、俺だけを見ていて欲しかったのかもな。自分でもビックリだよ。こんなの気持ち悪いよな。ごめんな。こんなに弱い俺で、ごめんな」
月が少しずつ雲に隠れていき、辺りが暗くなっていく。
俺は自分の視界が歪んでいくのを感じた。
「自分の力の無さを正当化したいだけだったんだよ。不甲斐ない俺を受け入れてくれるエルはもういない。……俺はもうエルのそばにはいられない。それに……もう俺は、今のエルに必要ないだろ」
俺は頭が真っ白になった。
ただサムが俺から離れようとしている、その事実だけが理解できて、あまりにも悲しかった。
「俺はサムのことが好きだ。なぁ、それじゃダメなのか?どうして」
段々と下を向いて拳を震わせるサムをもう見ていられなくて、俺は声をかけていた。
サムの瞳の奥が揺らぐ。
でもその表情に笑顔はなかった。
「ありがとな。エルは優しいね。でもごめん、今の俺はエルに好きと言ってもらえるに値しないよ」
そう言って、サムは一度俺に優しく笑顔を向けると、そのまま宿屋に戻っていった。
俺はサムが居なくなると、今まで驚くほど緊張していたことに気づいた。
そのまま足に力が入らなくてなって、俺はその場に膝を抱えて座り込んだ。
「はは……もしかしなくても、俺今好きって言っちゃった」
その時、月が完全に雲に覆われて、目の前の光がすっと消えた。
暗闇の中、今にも泣きそうに歪んだサムの顔が、目に焼き付いて離れなかった。




