5話:秩序の破壊者
「ディセリーヌ様、こちらでお待ちください」
案内されたのは、オクトリーナの居城にある執務室の前にある待合室だ。
ディセリーヌが椅子に座っていると、ほどなく従者が入ってきた。
手にはラフラカーンが渡した、土産の蜂蜜焼きが入っている小箱を恭しく持っている。
「お待たせしました。こちらからお入りください」
従者は馬車で案内してくれた身なりのいい人族の中年男性で、空いた片手で扉を開けてくれる。
『ふん、この人族もきっと傀儡なんだろうな』
オクトリーナ。
泥のエレメンタルを操る序列10位の魔将だ。別名、『パペ・マステール』。
その能力の詳細は不明だが、土から意のままに動く泥人形を作り出し使役する。
さらには生きている魔族や人族そっくりの傀儡をも造り、仮初の命を与えることもできる。
恐るべきはオクトリーナによって作られた傀儡は自分が人形であることを知らず、仮初の知識に従い自立行動をする事だ。しかも造り出せる傀儡の数には上限がないようにも思える。
ディセリーヌは天界戦争の際に、魔王ダムリアードの命を受けたオクトリーナが、2万人ほどの魔族の街と住民を一晩で造り出したのを見たことがある。
その傀儡の街は罠として用意され天獣たちに襲われるまで1か月ほど機能したが、その間に傀儡たちは食事や魔核の摂取はもちろん、怪我したり出産したりと普通の魔族と変わらない営みがあった。
泥人形がギクシャク動く程度だろう、と思っていたディセリーヌはオクトリーナが作り出す傀儡のあまりの精巧さに驚いた。
そして罠の役目を果たした街が何千匹もの天獣を道連れに、逃げ惑う住民ごとあっという間に泥に戻ったのを見て戦慄した。
『そしてこの城も、おそらくはニセモノなのだろう』
ディセリーヌが小箱を抱えた従者について執務室に入ると、オクトリーナが出向かえた。
「ディセリーヌ、元気そうね」
鈴が転がるような可愛げな声で、オクトリーナが10年ぶりくらいに顔を見せたディセリーヌに語りかける。
「オクトリーナ姉様もご健勝そうでなにより」
オクトリーナはふくよか…というよりも丸っこい体型をした女魔族だ。人族の常識では15歳くらいの少女に見える。
ただし実年齢はすでに600歳を超えており、見かけ通りではない。
身長は150セメルほどで、ディセリーヌよりは少し背が高い。
実際にはもっと大きく見えるのは、オクトリーナの横幅が痩せているディセリーヌの1.5倍ほどあるためか。
足元まである執務用の黒のドレスも、ところどころはち切れそうになっている。
パッチリした目は優しげで、見た目は魔将とは思えぬほど穏やかだ。頬はぷくぷくと丸く、あと15キルグほど痩せると魅力的な美少女になるだろう…と思わせる顔立ちをしている。
だがその見かけにもかかわらず、オクトリーナは北西を統括する軍団のコモンデールだ。
魔王ダムリアードは12魔将を4つの軍団に分けて運用していた。
それぞれの軍団には季節を冠した名前がついている。いわく、
『ベージン・スプリーン』
『ブライアン・スマール』
『アベンデン・ファール』
そして、オクトリーナが率いる『|エテルナル・ウイントレ《永遠の冬》』の4軍団。
|エテルナル・ウイントレ《永遠の冬》にはディセリーヌ・ノベリアも所属する。
オクトリーナはそのいかめしい肩書をまったく感じさせない優しい目つきで、小箱をテーブルに置いた従者が静かに退出するのを見届けてから目の前のディセリーヌにおっとりした声で尋ねる。
「それでここに来た目的は何かしら?」
「うむ。それがオレは今、ある人族と旅をしていてな。オクトリーナ様の領域近くを通るかもしれないので、そのご挨拶に伺った」
「その話は聞いてますよぅ。あなた、森獄から出て人族の街道や町に出入りしてるんですって?」
「う、うむ。たまたま旅の道のりがそうなってな。単なる偶然だ」
「…どこまで行くつもりなの?」
「人族の街でいうと、シクシィーのあたりだな」
それを聞いて、オクトリーナは内心ため息をついた。
シゴールまでは自分が支配する領域だ。ディセリーヌが少しくらい規約違反をしたとしても、何とかなる。
だが、それを越えて街道を進むとなると、別の軍団であるアベンデン・ファールの支配領域を通ることになるからだ。
ジュラリア・オーガティーナ、そしてセプトリア。
あの3人の魔将はダムリアードに対して過大な忠誠心を持っており、心酔しているといっても過言ではない。
ディセリーヌの命令違反を決して許さないだろう。
「ダムリアード様のご命令は忘れたのかしら?」
「いや、忘れたわけではないぞ。オレはダムリアード様に忠実だ」
オクトリーナは少し困ったような顔をしつつも、目の前でニコニコしている妹分を軍団長の厳しい目で見た。
鳶色の瞳が緑色を帯び、ダムリアードが各軍団長に与えた【看破の眼】のスキルが起動する。
だが【看破の眼】を使ってもディセリーヌには精神支配された兆候はなく、邪心の欠片も感じられない。
もともとディセリーヌは魔将たちの間でも末妹のような扱いで、その天衣無縫ぶりはダムリアードにも愛されていた。
オクトリーナは魔将になったばかりのディセリーヌが椅子に腰かけていたダムリアードによじ登り、膝の上でこちらを向いてニコニコしていた衝撃的な光景を思い出す。
『あれにはビックリしたわぁ。ダムリアード様も許していたし』
改めて「姉」の視線でディセリーヌに向かい合う。
そして魔王ダムリアードが密かに与えた、ディセリーヌの二つ名を思い出す。
トリケステールのディセリーヌ。
この二つ名は魔王ダムリアードの命令で4人しかいない軍団長にのみ知らされている。
そして、ダムリアードは合わせて軍団長たちにこう密かに命じた。
『ディセリーヌは突拍子のないことをする。だができるだけそれは妨げるな。例えそれが我々に危機をもたらすものであっても』と。
魔王様はディセリーヌに何かを期待しているのだろう、とオクトリーナは考える。
そして敬愛する魔王ダムリアードの考えは、自分など及びもつかない事なのだろう、とも考える。
ディセリーヌは話に飽きたのか、従者が置いていった土産の小箱を自ら開け、オクトリーナに見せる。
「それより姉様、このお菓子は美味しいぞ。食べると頬が落ちるぞ。なに毒など入れておりませぬ。毒見なら喜んで」
そう言って、ディセリーヌは勝手にリオンが作った蜂蜜焼きをひとつ摘まみ上げると、早業でひょいと口に入れた。
次の瞬間には「にょー」と小さな奇声を上げ、プルプル震えながら染みわたる甘味に顔面を崩壊させている。
その様子を見て、オクトリーナはあきれる。
ディセリーヌが勝手に森獄の領域を出て人族の街をフラフラ旅をする事は、配下のノベリアだけでなく他の魔将全員の反発を買う。明白な魔王への反逆だと解釈できるからだ。
個体の戦闘力でも魔力でも、そしてロンゴーロッドの開門術でもディセリーヌは12の魔将での最下位だ。
ディセリーヌごときが押し通せるものではない。普通に考えるとすぐに他の魔将に粛清されてしまうだろう。
その程度のことが分からぬディセリーヌではないはずだ。
だが目の前にいる最弱の魔将からは、何の恐れも迷いも感じられない。
他の魔将たちに憎まれる命令違反の旅をして何になるというのだ?
そもそもその旅の目的は何か?いや、旅そのものが目的なのか?
「…ディセリーヌちゃん。あなた、命令違反をして12の魔将を割る気なの?」
「オクトリーナ姉様、そんなつもりは毛頭ありませぬ。オレの心はつねに魔王ダムリアード様と共に」
邪心なくにこやかに答えるディセリーヌを見て、オクトリーナは再び秘された彼女の二つ名の意味を考える。
トリケステールのディセリーヌ。
実はディセリーヌは先の天界戦争の際にも、自分では意識せず大きな手柄をいくつも立てていた。
籠城戦に退屈して抜け出して遊びに行った先の憂さ晴らしで殺したのが、密かに進行していた挟撃軍団の中枢獣だったり。
散発的に展開する天獣どもの意図が分からず皆で地図を睨んでいた時、『ここに点と線があると、3つの8角形が完成するのにな』と地図に落書きをし始め、そのおかげで巧妙に隠された3段階の侵攻作戦を見抜けたり。
だがディセリーヌは自分が手柄を立てたことを全く知らない。
たいていはオクトリーナをはじめ他の魔将がディセリーヌの勝手な行動に激怒し、大目玉を食ったディセリーヌが半泣きになって自室に逃げ帰った後で実はそれが大手柄だった…と分かることが多いからだ。
しかも増長されると面倒なので、オクトリーナをはじめ魔将達は誰もディセリーヌを褒めなかった。
魔王ダムリアードだけが小さく苦笑していただけだ。
オクトリーナは考える。
おそらく自分にはディセリーヌの予測はできない。
たぶんディセリーヌも何か考えがあって動いているわけではないのだろう。
面白おかしい思い付きで行動しているだけだ。そんなディセリーヌに他の魔将からにらまれる危険性を意見しても無駄に終わるだろう。
だが、気になることが一つだけある。
「ディセリーヌちゃ~ん。あなたまさか300年以上も行方不明だったダムリアード様を見つけちゃったの?」
ディセリーヌが、はじめてギクリとした。
「ダムリアード様が~半ズボンをはいた人族の男の子に転生してて~、その子を捕まえて自分だけ楽しんでるとかじゃないでしょうねぇ~?」
ディセリーヌの目が泳ぎ始め、顔には玉のような冷や汗が浮き出ている。
ディセリーヌはオクトリーナのある癖を知っていた。
それは口調がおっとりして間延びするほど、自分にとって恐ろしいことが起きる…という経験からもたらされた知識だ。
「そ、そんなことはありませぬ。ど、毒見なら何度でも」
そう言ってディセリーヌはリオンの蜂蜜焼きを小さく震える手でもうひとつ摘まみ上げると、素早く口に入れた。
そしてまた「にょー」と小さな奇声を上げ、染みわたる甘味に顔面を崩壊させた。
「…もう毒見は結構ですし、帰っていいわよディセリーヌちゃん。とりあえず、挨拶は承りました」
その言葉を聞いて、口の中に広がる甘味に耽っていたディセリーヌが凛々しい魔将の顔つきに戻る。
「ではお暇させていただきます、オクトリーナ姉様。ごきげんよう」
用は済んだ、とばかりくるッと背を向けたディセリーヌが執務室を出てゆく。
いつの間にか室内の扉近くにいたオクトリーナの従者が絶妙のタイミングで扉を開いて一礼する。
ディセリーヌが退出して扉が閉められると、オクトリーナは扉のそばに立つ従者に向かってため息をついた。
「仕方ないわねえ…。ノベリアちゃん、『ロンゴーロッド演習』を許可します」
扉のそばでは幻術を解いたノベリアがオクトリーナに向かって穏やかに一礼していた。
「トリケステール」は英語では"Trickster"(トリックスター)ですね。
Wikiによると、「神話や物語の中で、神や自然界の秩序を破り、物語を展開する者である。 往々にしていたずら好きとして描かれる。 善と悪、破壊と生産、賢者と愚者など、異なる二面性を持つのが特徴である。」とのこと。
この二つ名が自分に付けられている事実は、ディセリーヌ自身も知りません。
次回、11月19日(日)午前6時更新予定です。⇒すいません、間に合いませんでした。




