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16話:帰ってきたリオン

ボクはゴッハーの宿場町の宿で、心配で眠れぬまま朝を迎えた。

リオンがいなくなったのだ。宿の階段を降りるときに、少し目を離した隙に。

荷物を丸ごと残していなくなったので、状況からみてあの魔族たちにさらわれた可能性が高い。


あれからボクはゴッハーの町中を探したけど、リオンはどこにもいなかった。


紅髪でキツそうな貴族の娘を見た人は何人もいた。あの魔族たちがしばらくゴッハーにいたのは間違いない。けど、黒髪の男の子--リオンを見た人はいなかった。


森獄に探しに行くか、ゼロゼに戻るか悩んだ。けどボクはリオンとした約束を思い出した。それは「もしはぐれたら、はぐれた場所で待つことにしよう。そこが危険だったら、最後にご飯を一緒に食べた場所」という約束だ。


幸い、宿の部屋は解約前だったので朝までいることができた。

リオンが約束の事を覚えていたとしたら、ここに戻ってくるはずだから。

そうだ、朝ごはんのお金も払ってたんだよなー。リオンと2人で食べたかった…。


最初は幻聴だと思った。

部屋の扉がノックされる音を聞いたからだ。


ボクは一晩中、些細な物音にも敏感になり何度もドアを開けては落胆するのを繰り返していた。

だからとうとう幻聴が聞こえるようになってしまったのかと思った。


コンコン。


だがノックはもう一度鳴った。

ボクは期待で叫びそうになるのを抑えながら、部屋のドアを開けた。


そこにはシクシク泣いているリオンが立っていた。

ボクは感極まって泣き出しそうになりながら、リオンの元へと…走らなかった。

いや走れなかった。


だってリオンの後ろに、あの二人の魔族がいたからだ。紅髪の女のコと、ローブの仮面男。


しかも。


ディセリーヌという名の魔族の女のコが、リオンの後ろから抱きついていている。


そ、その上。


どういう状況か分からないけど、そいつ(クソバカ)はリオンの耳たぶをハムハムと、それはそれは美味しそうにしゃぶってる。しかもその目つきがヤバイ。目の焦点が合っておらず、完全にイッちゃった目つきをしている。どこかの世界にトリップしている感じだ。


「・・・・・・」

ハムハムしゃぶしゃぶ

しくしく


「・・・・・・」

ハムハムしゃぶしゃぶ

しくしく


「・・・・・・」

ハムハムしゃぶしゃぶ

しくしく


「…ディセリーヌ様?」


ボクたちが無言で向かい合って立ち尽くしていると、見かねたのかローブ姿の仮面男がディセリーヌの後ろから声をかけた。


「ディセリーヌ様!」


仮面男に2度目の声をかけられて、ようやくディセリーヌはハッとした顔になり、リオンの耳たぶをしゃぶるのをやめた。でもなんだか名残惜しそうだ。…その顔を見て、ボクの中で何かが切れる音を聞いた。


「や、やぁ。オレたちはお前たちと一緒に旅することに決めた。これからよろしくナ!」


ははははははあああぁぁ????

アンタ、何言ってんのぉぉぉぉ?


シクシク泣いてるリオンを後ろから抱きしめたまま、ドヤ顔で一方的にそう告げてた魔族の女の子に、ボクはブチぎれた。たぶん反射的にパパ直伝の踵落としをお見舞いしたのだと思う。次の瞬間には、そのバカ(魔将)は『げはっー』とか叫びながら、頭を押さえて床を転がっていた。


床に倒れているディセリーヌにとどめを刺そうとしたボクを押しとどめる仮面男。

『いやだったよう…』と泣き崩れるリオン。

ガァァァァ!…と吼えるボク。


小一時間経ってようやく落ち着くと、なぜか3人がボクの前で正座していた。

ボクはズキズキと痛む頭を抱えながら、ベッドに座ってもう一度説明を聞いた。


「…もう一度教えて。どうしてそうなったって?」


「それはすべて短気でオレのような我慢強さのカケラもない、愚かなノベリアのせいだ。あいつがカチコミかけてきて、寛容なるオレが仕方なく撃退したのだ」


どうやら別の魔将とケンカになったらしい。

でも今の言い方を聞くと、ぜったいにディセリーヌが悪いのだと思う。


「しかもリオンはあっぱれなことに、ノベリアの幼稚でクソ低俗な自慢の幻術を破りおってな。あの時の、ノベリアの驚いた顔をお前にも見せたかったぞ!あのマヌケ顔を思い出すだけで、10年はニヤニヤ笑って暮らせるな!」


そしてそのケンカにリオンが巻き込まれ、しかも悪いことにケンカ相手の魔将に目をつけられてしまったらしい…というのはボクにも理解できた。


「オレはリオンの助けを借りて、なんとかノベリアを撃退できた。オレのグーパン一発で城の外まで吹っ飛んでいったぞ!『きゃあ』とか叫んでな!アレは気持ち良かったな。お前にも見せたかった。あいつ絶対にチビってたぞ。あの情けない悲鳴を思い出すだけで、20年はゲラゲラ楽しく暮らせるな!おいラフラカーン、オレに描くものを寄越せ」


ディセリーヌはラフラカーンからペンのようなものを受け取ると、正座したままゲラゲラ笑いながら、床に何か絵を描き始めた。

それはものすごく下手くそでとても深い悪意が感じられるにもかかわらず、おそらくは的確に本人の特徴を捉えている女の子の似顔絵で、『ちびったノベリアきゃあ!』と下に書いていた。

魔族も人族と同じ文字を使うんだ!ボクは一瞬驚いたけど、自分の落書きの出来栄えにゲラゲラ笑いだしたディセリーヌを見てそんなことはどうでもよくなった。


ボクは頭がズキズキと痛む。

どう考えても、悪いのはディセリーヌ(こいつ)だな…。

それにリオンが巻き込まれた、と。


ちなみにディセリーヌは同じような落書きをゴッハーから西の町のあちこちで調子に乗って描き続けた。その数、なんと4096カ所。

その特徴的な似顔絵を町の子供たちがたちまち気に入り、『ちびったノベリア』のバリエーション豊かな童話というか、都市伝説が次々と生まれていく。歌も何曲かできた。

それを耳にしたノベリアが怒髪天を衝く勢いで怒り出し、ディセリーヌとの間に深く長い禍根を残すことになるのだが、それは後の話。


ボクは正座しているのに楽しそうな魔族の女のコをにらみつける。


「だいたいアンタたちは、リオンを攫ったんでしょ?」


ボクがそういって睨みつけると、仮面男…ラフラカーンがフルフルと首を振った。


「リオン様が焼いたお菓子は絶品でした。このゴッハーの町で探してもあれほどのお菓子はありませんでした。ですので、城にお連れてして料理人に教えていただこうと思っただけです…」


「ああ、その通りだ。隷属の水晶を頭に埋め込んでムリヤリ従者にしようと思ったことはないぞ!だいたい隷属の水晶が不良品で、まったく入らなかったしな!」


ディセリーヌがドヤ顔になったが、隣のラフラカーンは悲しそうにうつむいた。

仮面をつけているはずなのに、なぜか表情がわかる。ああ、この人は苦労人なんだなーというのがよく分かった。


それにしても隷属の水晶だとう?

ググレーン、それなに?あ、魔族がいるならググレーンとは頭で話さない方がいいのかな?


『問題ない。我らの念話はディセリーヌやラフラカーンには聞こえていない。隷属の水晶とは簡単にいえば、命令に逆らえなくする魔道具だ』


そんなものをリオンに埋め込むつもりだったのか…

やっぱり魔族って怖いな。殺そう。


『人間と魔族では価値観が違う。魔族にとって、強者に隷属の水晶を埋め込まれるのは、誇りなのだ。ラフラカーンはディセリーヌに隷属の水晶を埋め込まれているし、ディセリーヌ本人も魔王ダムリアードに隷属の水晶を埋め込まれている』


魔族の誇りなんて、どうでもいいよ!とにかくリオンは無事なんだよね?


「ディセリーヌごときが我の宿主たるリオンに隷属の水晶を埋め込むことはできない」


ん。よく分からない説明だけど、リオンは無事なんだよね??

それにしても困ったことになった。

ググレーン、どうすればいいの?


『最適解は、ディセリーヌとラフラカーンと一定期間、行動を共にすることである。少なくともノベリアの支配領域を抜けるまで。単独行動では復讐に燃えるノベリアに襲われ、各個撃破される可能性が非常に高い』


そのノベリアってやつから身を守るためには、忌々しいけどディセリーヌと一緒に行動するしかないのか…。


ちなみにノベリアの支配地域ってどこなの?


『宿場町で言うと、現在のゴッハーからゴッゴを経由して、西のゴレーまでだ。徒歩での最短の移動距離は約3日になる』


ここからゴッゴまでは歩いて約2日かかる。

合計5日か。結構遠いな。でもこの魔族たちは移動魔法が使えるみたいだし、1~2日でなんとかなるかもしれない…。

仕方がない。ゴレーまでは一緒に旅してみるか。でも魔族と一緒に旅するなんて、大丈夫なんだろうか?

やっぱり不安材料しかない…。


ボクが真剣に悩みながら、重大な決断をしようと目の前で正座している魔族たちをもう一度見た。


…するとこの状況にもかかわらず、ボクが目を離した隙にディセリーヌ(クソバカ)は正座したまま再度リオンを捕獲して、一心不乱に耳をしゃぶっていた。また目がイッちゃってる。

よほど嫌なのかでも魔族が怖いのか、リオンは抱きつれて耳たぶをしゃぶられても抵抗せずシクシクと気が滅入るような声で静かに泣いていた。

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