第6話 怪力にも空き枠が要る
「持てません」
資材置き場で、オーガの作業員が言った。
目の前には、小さな木箱がある。
蓋には『真鍮金具』と書かれていた。
その横に立つオーガは、俺より二回り大きい。
肩には、俺の胴ほどもある角材を担いでいる。
「先に、その角材を下ろしては?」
彼はうなずいた。
角材が地面に置かれる。
石畳が、少し鳴った。
両手が空いたオーガは、木箱に指をかけた。
腕の筋肉が盛り上がる。
木箱は動かなかった。
俺は一歩下がった。
「……重いんですか?」
「いえ。持てないんです」
「同じでは?」
「重ければ持てます」
ゴルド監督がうなずいた。
俺は二人を交互に見た。
通訳が必要だった。
*
俺が持つと、木箱は普通に浮いた。
少し重い。
だが、運べないほどではない。
下ろす。
オーガが持つ。
動かない。
もう一度、俺が持つ。
動く。
「箱に嫌われたんじゃねえの」
後ろから声がした。
若いゴブリンが、削りかけの木材を脇に抱えて立っていた。
俺たちを見ると、木材を作業台へ置く。
「トトだ。お前、シュウだろ」
「はい」
「門番に、帰れこの酔っ払いって言われた?」
「名前より先に、それが広まってるんですか」
トトは笑い、木箱の底をのぞいた。
「釘で留まってるわけでもねえな」
「俺なら持てるんです」
「じゃあ、お前が運べばいい」
「この箱はそうですが、ほかの物も持てなくなったら困ります」
「なるほど。仕事を増やす方か」
俺は手帳を開いた。
トトは、近くの椅子を引いてきた。
帰るつもりはないらしい。
*
痛みも痺れもない。
今朝までは、普通に働いていた。
変わったことといえば、途中で釘を補充したくらいだという。
まず、身につけている物を机へ置いてもらった。
水筒。
手袋。
弁当包み。
工具。
釘の入った腰袋。
胸元の小さなお守りに手をかけたところで、オーガが止まった。
「これもですか?」
「一度、お願いします」
彼は机を手で払った。
まだ気になるらしく、布を敷く。
その上へ、お守りを置いた。
不揃いな縫い目の、小さな袋だった。
「娘が作ってくれたんです」
大きな指が、紐をそっと整える。
トトが椅子から立ち、削りかけの木材を別の台へ移した。
木屑が落ちなくなった。
「では、箱を」
オーガが手をかける。
持ち上がった。
本人が目を丸くした。
「持てます」
「何か持ち物が関係していそうですね」
一つずつ戻していく。
お守り。
水筒。
弁当。
工具。
箱は、まだ持てる。
釘の腰袋を下げた。
持てなくなった。
全員の視線が、腰袋へ集まった。
トトが口を開いた。
「釘に嫌われてる?」
「嫌われる以外で考えましょう」
*
釘は、今朝百本もらったという。
少しずつ机へ出す。
箱を持ってもらう。
動かない。
さらに減らす。
まだ動かない。
机に並ぶ釘が増えていく。
途中で転がりそうになった数本を、俺は作業着のポケットへ入れた。
残りはトトが木片で囲ってくれた。
腰袋の釘が残りわずかになったところで、箱が浮いた。
「一本、戻してください」
釘を戻す。
持てない。
出す。
持てる。
トトが身を乗り出した。
「……その一本で?」
「重さではなく、数みたいですね」
ゲームの持ち物欄には、個数の上限がある。
巨大な剣でも、小さな薬でも、一個は一個。
空きがなければ、何も拾えない。
俺はオーガを見上げた。
これだけ大きな体の、どこが一杯なのだろう。
「持てなくなる前に、何か表示は出ませんか?」
「表示?」
「あと何個持てる、とか」
「誰が教えてくれるんですか?」
「……誰もいませんよね」
俺は手帳へ目を落とした。
説明書が欲しかった。
*
「釘を減らせば、仕事はできます。ただ、数本ずつ取りに戻るのは……」
言い終わる前に、トトが小箱を持ってきた。
釘を流し込み、蓋を閉める。
留め金を掛ける。
「これで持ってみろ」
オーガが受け取る。
続いて、真鍮金具の木箱にも手をかけた。
両方、持ち上がった。
俺は小箱を見た。
腰袋には、ばらの釘。
こちらは、蓋を閉めた荷物。
「……ひとまとめの荷物として扱われるんですかね」
「運ぶだけなら、この方がこぼれねえしな」
トトが小箱を指した。
「ただ、現場で蓋を開けたら?」
「使う分を腰袋へ移せば、また数が増えそうです」
「じゃあ、箱は下に置いとけ。必要な分だけ取る」
監督がうなずいた。
「現場ごとに補充用の箱を置こう。手元へ全部入れるな」
トトは、もう別の板を選んでいた。
「長い釘と短い釘は分けるぞ。手ぇ突っ込んで探すのは嫌だからな」
「お願いします」
俺は手帳に、作業再開、と書いた。
何を一個と数えるのか。
誰に、どれだけの上限があるのか。
まだ分からないことは多い。
ただ、調べ終わるまで全員を待たせるわけにもいかなかった。
*
オーガは二つの木箱を持ち、胸元を確かめた。
お守りは、ちゃんと戻っていた。
「助かりました」
「持ち物を増やすときは、気をつけてください」
「はい」
彼はうなずき、少し考えた。
「弁当も、箱に入れた方がいいですか?」
トトが手を止めた。
「何を持ってきてんだ?」
「パンを八個」
「多いな」
「今日は少なめです」
俺は彼の体を見た。
弁当の削減は、提案しないことにした。
オーガが現場へ向かうと、トトは板へ線を引き始めた。
俺はその手元をのぞいた。
「箱、すぐに作れるんですね」
「作るより、中の釘を数える方が面倒だ」
「百本ですよ」
「聞かなきゃよかった」
俺も隣へ座り、釘を十本ずつ並べた。
*
昼休み、俺と監督は作業場の食堂へ向かった。
盆を取る。
煮込みの皿を載せる。
水の杯を取る。
最後に、籠のパンへ手を伸ばした。
持ち上がらなかった。
俺はパンを見た。
少し力を入れる。
動かない。
隣で、監督が止まった。
俺も監督を見た。
「……今日は、ずいぶん硬いですね」
「ポケットを出せ」
俺は作業着へ手を入れた。
釘が出た。
右から三本。
左から五本。
胸にも一本あった。
監督の盆の端へ、順に置く。
パンを持つ。
浮いた。
俺はパンを見た。
監督を見た。
「原因、分かりました」
「そうだな」
後ろには、昼飯を待つ職人が並び始めていた。
俺は急いでパンを盆へ載せ、釘を回収しようとした。
「戻すな」
監督が盆を遠ざけた。
「先に座れ」
俺は素直に、空いている席へ向かった。
*
食後、釘はトトに返しに行った。
彼は俺の手元を見て、口の端を上げた。
「パンに嫌われたんだって?」
「……早くないですか」
トトは釘を受け取り、小箱へ入れた。
蓋を閉め、留め金を掛ける。
それを俺へ差し出した。
「持てるか?」
持てた。
「はい」
「よし」
彼は小箱の蓋に、何かを書き足した。
『シュウ用』
俺は顔を上げた。
「現場用では?」
「お前も現場にいるだろ」
反論しにくかった。
トトは椅子へ戻り、次の板を削り始めた。
俺は箱を脇に置いた。
昼飯を食べるためにも、午後はこれを持って歩く。




