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勇者が壁を抜けるので、魔王城の施工をやり直します  作者: こーひーまめ
第一章

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11/16

第11話 帰れないなら、もう一本

「お前、今日は早く帰りたいか」


トトに聞かれ、俺は顔を上げた。


「毎日そうですが」

「じゃあ、この箱を開けるな」


作業台に、小さな木箱が置かれた。


蓋の隙間から、赤い紐がはみ出している。


「何が入っているんですか?」

「鍵」

「何本?」

「だから、開けるなって」


俺は箱を見た。


トトも、俺を見た。


少しして、彼は椅子を引いた。


「……座ってからにしろよ」


*


箱には、同じ形の鍵が詰まっていた。


どれも、頭に赤い紐が結ばれている。


俺は一本取った。

歯の部分に、小さな傷がある。


隣の鍵にも、同じ傷。


もう一本にも。


「何の鍵ですか?」

「東の倉庫。管理人に合鍵を頼まれてな」


俺は、箱いっぱいの鍵を見た。


「何人で使うんです?」

「二人」

「……ずいぶん余りますね」

「一本しか作ってねえんだよ」


俺は手元の鍵を見た。


トトは箱を指した。


「残りは、扉を開けたら増えた」


俺は手帳を開いた。


トトが椅子から立つ。


「現場、行くか」


*


問題の倉庫は、資材置き場の奥にあった。


先日のスライム被害とは別の建物だ。


壁は無事。

扉も普通。


俺は、それだけで少し安心した。


トトが鍵を一本見せる。


「今、持ってるのはこれだけ」

「腰袋も確認していいですか?」

「疑り深いな」


言いながら、彼は袋を逆さにした。


工具。

木片。

包み紙。


鍵はなかった。


「その包みは?」

「菓子。調べるな」

「そこまでは調べませんよ」


トトは包み紙を先に拾い、工具を戻した。


*


トトが鍵を差し込む。


回す。


かちり、と音がした。


扉を開け、鍵を抜く。


右手には、鍵が一本。


腰袋の中で、金属が鳴った。


トトが左手を入れる。


もう一本、出てきた。


赤い紐。

同じ歯の傷。


俺は二本を見比べた。


「……合鍵って、こう作るんですか?」

「そうなら、俺は今ごろ昼寝で食ってる」


彼は二本とも、俺へ渡した。


確かに、重さも同じだった。


*


増えるのは、解錠して扉を開け、鍵を抜いたときだけ。


差し込むだけでは増えない。

施錠して抜いても、増えない。


俺は手順を書いた。


トトが横からのぞく。


「文字にすると、馬鹿みてえだな」

「なぜです?」

「鍵を使うと、鍵が増えるって書いてある」

「実際、増えています」

「分かってる。だから嫌なんだよ」


俺は扉の内側を見た。


錠前の下に、古い金属板が付いている。


埃を払うと、文字が読めた。


『使用した鍵は返却されます』


俺はトトを見た。


トトも、金属板を見た。


「……返さなくていい方まで、返しているんですかね」

「親切すぎるだろ」


この部屋は昔、鍵を探して扉を開ける試練に使われていたらしい。


使った鍵を手元へ戻す仕組みだけが、今も動いているのかもしれない。


「元の鍵では、起きなかったんですか?」

「ああ。管理人が毎日使ってる」


トトは合鍵の先を示した。


「古い鍵は縁が削れてたからな。少し調整してある。奥の何かに触れてるのかもしれねえ」


彼は鍵を受け取り、扉を閉めた。


何気なく施錠する。


もう一度、開ける。


抜く。


腰袋が鳴った。


俺たちは、袋を見た。


「今のは?」

「……閉める癖で」


また一本、増えた。


*


ゴルド監督へ報告すると、錠前の交換許可が下りた。


古い設備は、魔術担当へ渡す。

増えた鍵も、一緒に提出する。


「数を記録しておけ」


監督はそう言って、別の現場へ向かった。


俺は木箱を見た。


トトも見た。


最初に開けるなと言われた理由が、少し分かった。


作業台へ戻ると、トトが椅子を二脚持ってきた。


片方を俺の前へ置く。


「座れよ」

「手伝ってくれるんですか?」

「俺が持ってきた仕事だろ」


彼は腰袋を外した。

工具と鍵を机へ出し、袋を脇へ置く。


俺も箱から鍵を取り出した。


十本ずつ並べる。

紐が絡まないよう、向きをそろえる。


赤い紐ばかりが、机に広がっていった。


「最初、どうして何度も試したんです?」

「増えた方も、ちゃんと開くのか気になって」


俺は手を止めた。


トトが顔を上げる。


目が合った。


「……似ていますね」

「誰とだよ」

「俺と」


トトは少し黙った。


それから、鍵を一本こちらへ滑らせた。


「いいから数えろ」


俺は笑って、次の列へ加えた。


*


錠前の交換では、俺が扉を支えた。


トトが内側の板を外す。


細い指が金具の間へ入り、留め具を順に外していく。

落ちかけた部品を、見ずに受け止めた。


「器用ですね」

「仕事だからな」

「昔から、こういうことを?」

「子供の頃は玩具を開けてた」

「直すために?」

「中を見たくて」


俺は黙った。


トトが口の端を上げた。


「分かるだろ」

「……多少は」

「戻せなくなって、怒られた」

「そこも、多少は」


扉を支えたまま、二人で少し笑った。


新しい錠前を取り付ける。


鍵を差す。

回す。

開ける。

抜く。


一本。


腰袋には何も増えていない。


俺が使っても、同じだった。


「追加のお土産は?」

「ありません」

「よし。まともな扉だ」


トトは鍵を管理人へ渡した。


*


古い錠前を包み、鍵を箱へ戻す。


提出する鍵は、全部で六十二本になった。


俺が記録を書いている間に、トトは机の工具を腰袋へ戻した。


箱の蓋を閉め、持ち上げる。


「合鍵一本のつもりだったんだけどな」

「ずいぶん増えましたね」

「仕事もな」


作業場へ戻る途中、終業の鐘が鳴った。


トトの歩く速度が上がった。


俺も少し急ぐ。


箱を提出する。

工具を片づける。

作業記録へ署名をもらう。


俺が手帳をしまう頃には、トトはもう上着を替えていた。


「早いですね」

「帰る準備は、練習が効く」

「毎日やっていますからね」

「お前も、もう少し練習しろよ」


入口で待っていた彼が、外を指した。


「飯、行かねえ?」

「寮の食堂ですか?」

「今日は街。うまい串焼きがある」


窓の外では、店の灯りがともり始めていた。


仕事帰りに、その中へ入ったことはまだない。


「……いいですね」

「じゃあ、お前のおごりな」

「なぜ?」

「箱、俺が運んだから」

「扉は俺が支えました」

「じゃあ割り勘だ」


話が早かった。


*


串焼きの店は、細い路地にあった。


低い椅子へ座ると、膝が卓の裏へ当たった。


トトが笑いながら、通路側へ場所を空けてくれる。


「これにしとけ。見た目ほど辛くねえ」


皿には、赤い粉のかかった肉串が並んでいた。


一口食べる。


うまい。


その直後、辛さが来た。


俺は水を取った。


トトが肩を揺らす。


「見た目ほどじゃねえだろ」

「見た目より辛い」

「そうとも言う」


俺は、もう一度水を飲んだ。


「敬語、やめていいぞ」


トトが串を一本取り上げた。


「同じ現場で働いてんだ。そんなにかしこまるなよ」

「……じゃあ、遠慮なく」


俺は皿を彼の方へ押した。


「次の一本は、トトが食べて」

「うまいだろ?」

「うまいけど、説明は訂正してほしい」


トトは笑って、串を取った。


手帳は鞄に入れたままだった。


何かを確かめる必要も、記録する必要もない。


皿が空くまで、俺たちは仕事以外の話をした。


*


「寮暮らし、慣れたか?」

「部屋は快適。食堂もうまい」

「煮込みだろ」

「うん」

「あそこ、だいたい煮込みだからな」


俺は笑った。


「トトは寮じゃないんだ」

「ああ。裏通りの部屋を借りてる。ここから近いぞ」


彼は腰袋へ手を入れた。


止まった。


もう一度、探る。


上着の内側にも手を入れる。


俺は串を置いた。


「どうした?」

「鍵」


俺は彼の顔を見た。


彼は何も言わなかった。


昼間、机へ並べた鍵を思い出す。


赤い紐。

工具と一緒に、腰袋から出した鍵。


俺は慎重に尋ねた。


「家の鍵にも、赤い紐?」

「……全部、同じ紐を使ってる」


俺は卓へ肘をついた。


少し耐えた。


耐えられなかった。


「笑うな」

「ごめん」

「笑ってるだろ」

「うん」


トトが両手で顔を覆った。


俺は水を飲んだ。

飲み込んでから、もう一度笑った。


「今夜、寮に空きあるか?」


顔を上げたトトが尋ねる。


「監督に相談だな」

「飯のあとでいいか」


俺は皿に残った串を取った。


「冷めるからな」


トトも、もう一本取った。


六十二本も鍵を数えた日に、帰れない男が隣にいた。

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