第3話 猛毒
目が覚めると鮮やかな緑が飛び込んできた。
生い茂った葉の隙間から光が指す。草や花の匂いが混ざり合い鼻の奥を刺激した。
僕は何度か瞬きを繰り返して身体を起こす。状況が把握出来ずに辺りを見回した。
どうやら森の中らしい。というか、何で僕はこんな場所にいるのだろうか。お風呂でのぼせたように頭がふわふわして考えが進まない。
小鳥のさえずりを聞き流しながらゆっくりと思案する。
たしか電車にのって学校に行く途中だったはず。それで電車で痴漢に間違われて、と記憶を辿っていると後頭部に痛みが走る。
「起きるのが遅い。この私を待たせるのは重罪なのだけれど?」
振り返ると太い木に寄りかかっていた金髪の少女に分厚い本を投げられた。乱暴な子だなとぼんやり考えていると記憶が蘇り全身の筋肉が強張った。
「君は!? というかここは何処?」
思い出した。そうだ。僕はこの子に何かされて気絶したのだ。
動揺した僕は首を揺らして辺りを見渡す。何で僕はこんな森で寝ているんだろうか。すると金髪の少女が呆れたように吐息を漏らした。
「間抜けな顔……という事は最初のお目覚めね」
「え?」
「あなたにはこの世界を創った悪魔を当ててもらうわ」
「は?」
この世界を作った人物って何? 意味が分からないのですけれども?
そういえば僕の身体に異常は無いのだろうか。僕は自分の身体を調べるが痛みや倦怠感は無いようだ。この子に何かされたような気がするが勘違いなのだろうか。
というか本当にここって何処なのだろうか。僕はスマホを取り出すが画面は黒く染まったままだ。電源を入れようとしても全く反応してくれない。
「あなたには少しの期待もしていないから気楽にやりなさい。じゃあ私は帰るわ」
「ちょっと待って!? 僕は何も分かってないのですれど!? というかこの世界を創った人って何? 意味が分からなすぎるのですけれども!? ここは日本の何処? もしかして僕を誘拐したのですか!?」
「……何? 私に文句があるの?」
赤い瞳で睨まれる。咄嗟に臆病センサーが働いた僕は身体を少し丸めて「すみません」と反射的に謝ってしまった。
「面倒くさい……ニコル。この地味な男の相手をしてあげなさい」
「イリス様ぁ! 呼んでくれるのが遅すぎますよぉ! ニコルはずっと離れた所で待機していたのですよぉ!」
木々の間を走り込んで来た女の子が甘えたな声を出した。
長い赤髪を揺らすニコルと呼ばれた女の子は白と黒を基調としたメイド服姿だった。そしてニコルは「学生服のイリス様も可愛いですぅ」とアーモンド形の瞳を輝かせて金髪の少女に抱き着いた。
状況が読めない僕は美少女のやりとりをぼんやり眺めてしまう。
「鬱陶しいから離れなさい」
「ニコルはイリス様に二日間お会い出来なかったですよ? この程度のスキンシップは許して下さいよぅ?」
「うるさい」
イリス様と称される金髪の少女はニコルの赤髪を乱暴に掴んで地面に投げる。
酷い目にあったニコルは地面に転がっても笑顔だった。まるで飼い犬のようだ。
えっと、僕は何を見せられているのだろうか? この二人の女の子が知り合いなのは理解した。しかし他の事は一切理解出来ていないのだけれども。というか、このニコルって女の子を僕は知っている。
彼女は僕が通う高校の一年生だ。学年一の美少女で有名な阿久ニコルさんに間違いない。
「あの……もしかして阿久さんなのかな?」
「はれ? 誰かと思えば学校で一番成績の良いジミーさんじゃないですかぁ?」
ニコルと初めて目が合うと僕は咄嗟に視線を外す。綺麗なアーモンド形の瞳は地味な僕には刺激的過ぎた。ただでさえ他人と目を合わせるのは苦手なのだ。
「えっと……そのジミーってのは止めてくれないかな……僕は神凪誠って名前があるから……」
僕は地味なので学校ではジミーと陰で呼ばれて馬鹿にされている。もちろん嫌なので止めて欲しいが臆病なので文句の一つも言えない。悪意ある他の悪口に比べれば対した事はないと自分に言い聞かせている。情けないとは思うけれどこれが僕の処世術の一つだった。
するとイリスは僕とニコルを交互に見つめて疑問を口にする。
「ニコル。この地味で退屈な男と知り合いなの?」
「はい。ニコルが通う学校の先輩ですぅ。話した事は無いですけれど学校で有名ですよぉ。人殺しのジミーさんって」
「人殺し?」
「はい。ジミーさんは友達を殺したって学校では有名ですよぅ」
僕は目を伏せた。ニコルが言っている事は事実だ。
すると出会ってから常に無表情でどこか不機嫌だったイリスが初めて笑った。
「ふーん……人殺しね……面白いじゃない」
好奇心を含ませた笑みは魅惑的で目が離せなかった。
妖艶な赤い瞳に引き込まれる。イリスの笑顔は猛毒だと僕は知った。




