第1話 恋の応援団
三学期の初日。
放課後の校舎は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
新聞部の部室は、暖房が効くまで時間がかかる。
早川史帆はマフラーを外さないまま、机に向かっていた。
長い髪の先が、マフラーの外にこぼれている。
机の上には、去年の学校新聞コンクールの紙面。
整った構成と、読みやすい見出しが目に入る。
「……さて、どうするかな」
史帆は、白板に貼られた付箋に目を移す。
面白いかどうか。
評価されるかどうか。
個人的な興味より、全体の完成度。
感情よりも整理。
思いつきよりも構成。
部長を引き継いでから最初の大仕事。
――毎年、参加賞、今回は入賞が目標。
史帆は、何度も付箋を並べ替えた。
***
勢いよくドアが開いた。
「史帆ーっ!」
飛び込んできたのは、鮎原摩季。
史帆の親友で、野球部のマネージャーだ。
摩季が息を切らせて現れるときは、たいてい厄介ごとだ。
「ちょっと聞いてよ」
「で、今度はどんな問題?」
「もう、言い方!」
摩季とは、一年のときに同じクラスで、隣の席だった。
性格は正反対なのに、なぜか気が合う。
お互い、気持ちを探りあったり、空気を読む必要がない。
それが、心地よかった。
摩季は、息を整えながら話し出す。
「大翔のことだけど……」
「ん?」
「史帆、大翔とは幼なじみだよね」
「そうだけど、それがどうかした?」
「あいつのこと……どう思ってる?」
「ただの野球バカ」
「……好きとかは?」
史帆は驚きのあまり、椅子から立ち上がりそうになる。
「えっ、何それ、悪い冗談!?」
摩季の表情が、瞬間、真剣になる。
「私……大翔のこと、好きなんだ」
***
突然の告白に、史帆は驚く。
頭の中で、情報を整理する。
榮倉大翔。
野球部キャプテン。
みんなからは、信頼されている。
史帆と大翔は、幼稚園からの付き合い。
小学校のころは、毎日のように一緒に帰っていた。
なんでも言い合える仲だが、恋愛対象とは思ったことがない。
史帆の知る限りでは、女っ気ゼロ。
恋愛には、とにかく鈍い。
「どうして、あいつを好きになるのか分からない」
ぽろりと、本音が漏れた。
「背が高くて、カッコいいし」
「がっちりしてるけど、カッコいいとは違うでしょ」
「やさしくて、頼りがいがあって」
「昔から面倒見はいいけど、お節介だよ」
「男らしいし!」
「キャプテンなんだから、そう見えるだけなんじゃないの……」
史帆は淡々と返す。
「……それに、昔、泣き虫だったし」
「そこがいいの!」
摩季が胸を張る。
***
史帆は、結論を先に出す。
「大翔は鈍いよ。好きなら、告白しないと伝わらない」
摩季はうなずいた。
でも、すぐに表情を曇らせる。
「失敗したら……野球部で気まずくなるし。
マネージャーとして、居づらくなる」
冗談めいた勢いは、もうない。
史帆は、少し考える。
「実はね……」
摩季が、声を落とした。
「チア部の山藤玲菜。
大翔のこと、狙ってるって噂」
史帆の中で、玲菜のイメージが立ち上がる。
目立つ。
場の空気を変える。
感情表現がストレート。
「ああいうタイプに迫られたら、さすがに大翔もあぶないかも」
史帆の言葉に、摩季はさらに深刻な顔になる。
***
「お願い、史帆の協力が必要なの」
摩季は、頭を下げた。
「ねえ、どうすればいいと思う?」
「どうすればって……」
史帆は、視線を落とす。
机の上には、書きかけの企画メモ。
――高校生の恋愛事情。
(野球部主将を巡る三角関係……か)
「……わかった、協力するわ。
取材も兼ねてね」
「取材って……記事にとかするの?」
「面白ければね。
でも、そのときは匿名にするから」
「……面白いって、他人事みたいに」
「だって、他人事だもん」
史帆は、ニヤリと笑った。
「そのときは、絶対にバレないようにしてよ」
念押しされて、史帆は小さくうなずく。
***
「頼んだよ」と言って摩季は部室を出ていった。
史帆は一人、メモを取り始める。
でも、ふと、手が止まった。
「……これ、記事で済ませていい話なのかな」
小さな違和感。
けれど、史帆は、その先に踏み込まない。
私は、応援役。
――そして、観察者だ。
そう自分に言い聞かせる。
窓の外から、グラウンドの声が聞こえていた。




