最終話
「もらった手紙は、とても君らしさに溢れていた。だから、戻って来て会えるのがとても楽しみで仕方なかった」
私のことをじっと見つめながら話すパトリック様の眼はこれまで以上に熱を帯びているように見えた。
居心地悪くて顔をそらそうにも、殿下に手で固定されてしまっているから動かせない。
私はパトリック様の瞳の熱で脳がドロドロに溶かされたように何も考えられなくなる。
でも、このまま完全に溶かされてしまってもいいとさえ思った。だって、それがとても心地よかったから。
国境近くに潜んでいたという賊の組織が思っていた以上に大きくて、制圧には予定外に時間がかかってしまったと、パトリック様がうんざり顔で愚痴る。
本当に大変な任務だったらしく、交代で戻ってきた隊員の中には賊との対立で怪我を負った者も少なくはなかった。
「ご無事で良かったです」
「兄上からの手紙で、アイラが毎日祈りを捧げてくれているって聞いていた。ソフィア姫とも随分仲良くなったんだってね」
「はい。週に一度だけですが、ソフィア姫様の国のことを教えていただいてます」
顔に触れているパトリック様の手を頬から離して、私は両手で挟み込むように握ったまま自分の膝の上に置く。
私のその仕草を拒みはせず、殿下は私の指に指を絡めてキュッと握り返してくる。
「聖女が君で良かった」
「確かに、男性でしたら求婚できませんものね」
「そうだけど……いや、そういう意味じゃなくて……」
私の受け答えが殿下の意図するところとは違ったようで、パトリック様は苦笑いを浮かべる。
「先程、陛下から立太子の話をされた。近いうちに正式な宣言が出されることになった。宰相などの一部から反対の声も上がったが、父上はソフィア姫との仲について触れ、兄上を王太子にしないことは隣国との友好強化につながると」
「陛下もお二人のことをご存知だったのですね……」
「ああ、あれだけ露骨にアイラ達と茶会していれば誰でも気付くと笑っておられたよ」
その場に立ち会っていたアロン殿下は驚きで顔色を青くしたり赤くしたりと忙しかったらしいが、それを話しているパトリック様はとても嬉しそうだった。
第三王子が納得できる実績を示して王太子となり、第二王子は意中の相手である隣国の姫を娶る。どちらも違う形ではあるが王国の為になる。
国王陛下はずっとこのタイミングを測っていたのだという。どうやらパトリック様の読めない性格は陛下譲りだったようだ。
「兄上もようやく覚悟を決めたらしく、これからソフィア姫を訪ねるそうだ」
ソフィア姫の今の居住は隣国が保有する大使館内にあると聞いている。ただ訪問するだけでも手続きが大変そうだけれど、アロン様は国を越えて求婚に向かう決心をしたらしい。
その喜ばしい報告に、私は微笑みながらパトリック様の顔を見上げた。
「それと、俺達の挙式の日取りは早めてもらうことにした」
「まだ王太子妃教育も始まっておりませんのに?」
パトリック様の立太子が決まったのであれば、私のお勉強のカリキュラムも大きく変わる。
しかも、まだ今の王子妃教育だって半分も終わっていないのに……
「あんな大変な任務をこなしたのだから、それなりの褒美をくれと言ってやった」
「それのどこがご褒美なんでしょう?」
「俺にとって、今一番手に入れたいものだ。目の前にいるのに、あと何年も手が出せないとか、生殺しもいいところだ」
「……私が、ご褒美?」
「ああ」
パトリック様は私の眼を見つめてから、優しい笑顔でうなずいて見せた。
そして、腕を私の身体へと伸ばしてきてキュッと抱き締めてくる。殿下の逞しい腕に包み込まれて、私はしばらく放心状態になっていた。驚きと恥ずかしさで耳まで熱を帯びて真っ赤になっているのは鏡を見なくても分かる。
でも、その腕を振り解こうという考えは微塵も浮かばない。上着を通して聞こえる殿下の胸の鼓動に安らぎを覚える。
正直言って、長期の遠征から帰ってきたばかりの殿下の騎士服はとても汗臭くて埃っぽかった。でも、私はもうしばらくこうしていたいと、パトリック様の背へと恐る恐る自分の手を回した。
髪の上に繰り返し降り注がれるパトリック様からの甘い口付け。それに応えるように、殿下の上着にキュッとしがみ付き返す。
神聖な場所でなんて罰当たりなと思ったけれど、聖獣である黒猫が祝福するように二人の足元へ交互に擦り寄ってきているから大丈夫だろう。
小窓から差し込んでくる日の光が、祭壇の世界樹の入った木箱を照らしている。
――完――




