第四十二話・夜会3
陛下への挨拶が終わりその場から離れようとした際、私を呼び止めたのはサーパス夫人だった。背が低くふくよかな体型の宰相夫人はアロン殿下の乳母でもあると聞いている。我が子と第二王子を育て上げた肝っ玉母さんという感じで、ぱっと見はとても親しみ易そうな女性だ。
「聖女様はうちのナタリーと同じご年齢だと伺いましたわ。是非、うちの娘とも仲良くしてやって下さいませ」
「ええ、ご子女様にどうぞよろしくお伝えください」
「そうだわ、近い内に我が家でお茶会を催す予定ですの。他のご婦人やお嬢様も沢山いらっしゃるので、アイラ様もいかがですか? 殿下とお二人の馴れ初めには皆さん興味深々で、聖女様とお会いしたがっておられる方達ばかりなんですよ」
「まあ、楽しそうな会ですのね。でも、当面は神殿での神事が続いておりまして……是非、またの機会にお声を掛けていただけるのをお待ちしております」
社交辞令には社交辞令で返すのが礼儀だ。私は夫人へとにこやかに微笑んでみせる。本当に人が良いだけの夫人だったら、夫であるサーパス卿があそこまで力を付けているわけがない。ユーベル様から先に忠告されていなければ危うく騙されそうになるところだった。
それにそんな晒し者になるのが分かっている茶会になんか誰が行きたがるだろうか。朝夕の参拝以外にすることなんてほとんどない神殿だけれど、私の口からの出まかせを夫人はあっさり信じていたようだった。
宰相夫人から解放された後、私は第一王子であるジョセフ様と話し込んでいるパトリック様の元へと戻る。ジョセフ様の周りには以前も車椅子を押していた専属の従者以外にもう一人、年配の紳士の姿があった。金の髪でどこかパトリック様に似た雰囲気の男性は、ハイドーナ公爵だ。亡き王妃様の弟君は今は第三王子派の筆頭貴族で、私達の婚約を急かしてきた張本人だ。
「これはこれは、聖女アイラ様。お初にお目にかかります」
胸に手を当てて深々と礼を取る公爵に、私もドレスを摘みながら頭を下げ返す。彼がこの上なくご機嫌なのは今夜の婚約発表で貴族間の勢力図が大きく変わるのが予想されるからだろうか。主要貴族を取り込んで圧倒的だと思われていた第二王子派に対し、ハイドーナ公爵以外は中小の貴族ばかりだった第三王子派。そこに神殿に属する聖女が関わるとなれば、これまでは中立の立場を保っていた者が動き始めるのは目に見えている。現に今、私達が会場の片隅で話し込んでいるのを遠巻きに眺めている視線をたくさん感じていた。
「何もここまで急ぐ必要はなかっただろう……」
「そう怒るな、パトリック。叔父上は私が王都にいる間にと気を利かせてくれたのだ」
「そうですよ、殿下。大事なことなのですからお兄様がいらっしゃる時でないと」
「それはそうかもしれないが、もう少し日を開けてやっても良かったはずだ」
婚約発表を急いだことで私に大きな負担が掛かったと文句言う弟王子に対し、ジョセフ殿下が呆れ顔で宥めている。上機嫌でシャンパン片手に甥っ子達の言い合いを笑っていたハイドーナ公爵は、今もまだ陛下の傍に張り付いたままの宰相夫妻のことをちらりと横目で見てから、忌々しいとこっそり舌打ちしていた。王妃を輩出した家門からすれば、現状のサーパス家の台頭が面白くはないのだろう。
ほどなくして第二王子も会場に到着したようで、年頃の娘を伴って参列していた貴族達がこぞってアロン様を取り囲んでいく。まだ婚約者がいない彼は困惑した表情でサーパス宰相に助け船を求めていた。
——さすがにソフィア姫はご招待されていないのね。
一時的な留学という扱いの姫の姿は会場にはない。公の場にパートナーとして伴えないのは辛いだろうと私はアロン殿下へと同情する。
私とパトリック様は次々に声を掛けてくる貴族達を作り笑顔であしらいながら、互いに顔を見合わせて苦笑していた。どの人からも聞かれることは似たり寄ったりで、同じ答えの繰り返しだった。
「お二人は森の神殿で出会われたと伺ったのですが?」
「ええ、互いに参拝に訪れており、私が(世界樹の実が頭にぶつかって)聖女になったことでしばらく寝込んでいたところを殿下が(ありえないほど早朝に無理矢理)お見舞いに訪ねてきてくださったんです」
私がわざと含みを込めた言い方で説明しているのをパトリック様は隣で苦笑いしながら聞いていた。本当のことを知らない人からすれば、とても運命的な出会いに聞こえたはずだが実際は全くそうじゃなかった。だって私は扉で打ち付けた顔を押さえて絶賛大悶絶だったし。事実を知っている殿下は否定も肯定もできず、黙って笑うしかない。最近ちょっと殿下に振り回されている感があるから、これくらいの反撃は許されるはずだ。
「まあ、そのブローチはアヴェン石では⁉ 殿下がお贈りになられたのですか?」
貴族とは何と目敏い人種なのだろうと思うほど、私の胸元に輝く石へ反応する人は多かった。それにはパトリック様はちょっと得意げに、
「父も母へ自分の石を贈ったと聞きましたから」
とあえて私の眼を見つめながら答えていた。それには若いご令嬢達がキャーと黄色い歓声を上げて憧れの眼差しを浮かべていた。婚約の証にと大切な物を贈られる、確かにそれはとてもロマンチックなことで胸を打たれたのは私も否定できない。




