第三話・森の中の神殿
馬車に揺られ続けること三日。
途中の街で宿屋に泊まる以外、まともに旅を楽しむこともなく森の入り口へとたどり着く。
昨晩はこの近くの村で宿を取り、日が昇ると共に馬を走らせてきた。一応は整備されているが馬車がギリギリですれ違える程度の細道をただひたすら道なりに走って半日と少し。
ようやく見えて来た神殿はびっくりするほどボロかった……
「……ここって、神殿よね?」
「遺跡でしょうか?」
大陸の始祖ともいうべき世界樹を祀る神殿。
いつの時代に建てられたのかと不安になるほど古びた建物に私達は不安が隠せない。
ここにしばらく滞在しなければならないのかと思うと、社交界で後ろ指を指されながら壁の花になっている方がマシだとさえ思えてくる。
「ま、こんな辺鄙なところだから建て直すのも難しいんでしょうね」
そう思いながら、迎えに出てくれた神官に案内されて入ると、外観ほど内装は酷くはなくて何とかなりそうな感じではあった。
とにかく何があっても数週間は帰って来ないようにと言われているから、どんなところであっても我慢するしかないのだ。
荷物を部屋に置いてから、先程とはまた違う神官に案内してもらい、建物の裏にあるという世界樹を参拝する。
手の平サイズの葉を茂らせた大木は背を反らせながら見上げてもてっ辺までは見渡すことが叶わないくらい高く大きい。
日の光を浴びてキラキラと輝く新緑と、透き通った独特の空気。世界樹の周りだけは何だか別の時が流れているような感覚がした。
「心が清められるような気がしますね」
指を絡めた祈りのポーズで大樹を見上げながら、ナナが感嘆の声を漏らしている。私もそれには黙って頷き、同じように祈りを捧げた。
ここに辿りつくまで結構大変だったけれど、その長旅の疲れなんて一瞬で吹き飛んでしまった。この樹があって、この大陸がある、そんな風に感じられる神々しさが世界樹には存在している。
「毎日、朝と夕方にこちらへ参拝していただきますが、それ以外は特に制約はございません」
「他の方はどんな風に過ごされているんでしょうか?」
「お部屋で自由にされている方や、書物庫に籠られる方などがほとんどですね。中には森の探索に出かけられる方もいらっしゃいますが、あまり安全とは言い切れませんので……」
余計な心配はかけるなと暗に含んだ言い方に、出歩いて問題を起こした人が過去にいたことを知り苦笑する。
そして私はもう一度世界樹を見上げて、その葉と葉の間に何か違う物が見えた気がして目を細めた。
「あれ……?」
きっと見間違いだ。世界樹の深い緑の葉が光によって色を変えながら揺れているだけだ。
その光の加減によって錯覚が見えただけなのだろう。それほどにこの樹は神秘的で不思議だ。
それから私達は朝夕の二度の参拝を繰り返し、それ以外の時間は部屋でのんびりと過ごしていた。
ナナは得意の刺繍で持参したシンプルなデザインのワンピースを可憐な花柄へとリメイクを施していた。
私はというと、書物庫から面白そうな本を借りてきては読み漁る日々を過ごしていた。要はのんびりダラダラしていただけ。
「あ、そろそろ夕刻の参拝の時間ですね」
「ほんと? じゃあ、準備して出ましょうか」
森の中にあるせいか、日が暮れ始めると少し肌寒くなる。ストールを羽織ってから部屋を出て、建物の裏にある世界樹の下へと向かう。
今日も穏やかに一日を過ごせたことを感謝しながら、私は頭上の大樹を仰ぎ見る。
と、木洩れ日に紛れて何かがキラリと光ったような気がし、その場所へ視線を送った。
ゴンッ!
そんな鈍い音がしたと思ったと同時に、私は目の前に火花が散ったのを見たような気がしたが、あまり覚えてはいない。
「……様? アイラお嬢様?」
心配そうな侍女の声。こんなに焦っているナナの声を聞いたのはいつぶりだろうか?
流行りの風邪で高熱を出した時、確か似たように呼び掛けてくれていた記憶は微かにある。
私はナナの姿を探して、ゆっくりと目を開く。
「アイラ様⁉ お気づきになられましたか? はぁ……良かったぁ」
真っ暗だった視界がぱぁっと明るくはなったが、目を開けた私のことを見下ろしていたのは黒色の神官服を身にした神官達の安堵した顔。
彼らの背後に見えるのは神殿の医務室らしき部屋の壁と天井。そして、彼らは私が瞬きを二回してから周りを見回しているのを見て、やや興奮した声を出した。
「ああ、良かった。このまま聖女様を失ってしまうのではと、気が気じゃありませんでした……」
「おい、馬を飛ばして、急いで司教にご連絡を!」
急にバタバタし出した周囲。
私は説明を求めてナナの姿を探そうと半身を起き上げかけるが、何かやたらとお腹の上がずっしりと重い。
身体が固定されるほどではないが、何かが圧し掛かっているのを感じてそっと自分の胃の辺りを確認する。
「……っ⁉」
黒い毛に覆われた初見の小さな生き物が、お腹の上で丸くなって乗っかっているのだ。
それは私が身体を動かしたことで目を覚ましたのか、ゆっくりと顔を上げて私へと視線を移動させてきた。金色の丸い瞳がじっとこちらを見ている。
「え、これは……?」
私が横たわっているベッドを囲んでいた神官の一人に確認すると、神官医でもあるという老齢の男性はちょっと得意げに私へと告げてくる。
「世界樹の実から生まれた聖獣でございます、聖女様」
「ああ、聖獣ですか……って、え、聖獣って世界樹の実から生まれるんですか⁉ いや、それより聖女って……え、私⁉」




