第二話・婚約破棄の理由
ミレーが主張している嫌がらせなんて、私は一度もした覚えはない。そもそも彼女とは所属するグループも違うし、必要以上に話し掛けたこともないのだ。
そして、セドリックが彼女と添い遂げたいと思うほど親しかったという印象もない。
周囲の笑い声にもう我慢できないと、私はハァと深い溜め息を漏らす。
「ええ、うちの両親へもきちんと話を通してくれるのなら構わないわ」
そう言ってからくるりと向きを変え、さっき通ったばかりの門へ向かって歩き出す。
こんな茶番に付き合ってるくらいなら、帰って昼寝でもしていた方がよっぽどマシだ。
「ここまでバカだとは思わなかったわ……」
婚約者——否、元婚約者のバカさ加減に呆れ笑いが止まらない。
彼の後先考えない行動には不安しかないとずっと思ってはいたが、ここまで酷いとは思ってもみなかった。
勢いとその場のノリだけで周りを振り回す、その子供じみた行動には彼の両親も頭を悩ませているというのは聞いている。
「しっかり者のアイラさんが支えてくれるのなら……」
私との婚約はセドリックの家の方から話を持って来られた。男爵家同士で家格に問題がないと受け入れたものの、両親は彼の悪評には困惑していた。
だから、ついさっき出掛けたと思った娘が日が暮れる前に帰って来て、怒り狂いながら話すことを茫然と聞くしかできずにいるようだった。
「……そうか、大人になれば少しは落ち着くかと期待していたんだけどな」
「彼はどんなに歳を取ったとしても、きっと変わらないと思うわ」
「しかし、婚約を解消するにしても、やり方というものがあるだろうに……」
大勢の前で晒し者にするようなことをしなくてもという父の言葉に、私は一から説明をする。
セドリックがあんな行動に出たカラクリは、私にははっきりと分かっていた。
「今、王都を中心にとても流行っているロマンス小説の題材なのよ。人前での断罪からの婚約破棄、って。学園の図書でも人気があるわ」
そう言えば、学園祭でそれを元ネタにした演劇を披露したクラスもあったはずだと言うと、父であるロックウェル男爵は目をギョッと見開いて驚いていた。
そう、セドリックのあれは人気の物語のワンシーンを再現しようとしたに過ぎない。仲間内で企んで、卒業パーティーでウケを狙ってのこと。
私の気持ちも、その後にどうなるのかなんて考えずの行動だ。
「ま、ミレーは下心があってのことだろうけど……」
末端といえど貴族である男爵家の子息だ。平民のミレーからすれば玉の輿に乗れるチャンス。彼女がセドリック本人よりもノリノリだった理由は聞かなくても分かる。
「まあ、あのバカ息子に嫁がせずに済むのは良かったかもしれないな。明日にでも向こうへは手続きの書類を送り付けよう。慰謝料もガッツリ請求するつもりだ。——ただ、一応は世間体というものがある。婚約を破棄されたという噂が落ち着くまで、しばらくは屋敷を出ていた方がいい」
「学園も通い終わったことだし、ほとぼりが冷めるまで森の神殿へ身を寄せさせていただいたらいいわよ」
父の話に被せるように、母であるロックウェル婦人が微笑みながら提案してくる。
それには私はサーっと青褪めた。
森の神殿というのは大陸の中心に生えている世界樹を祀る施設のこと。このロックウェル領からは馬車で三日ほどの距離にある、大きな森の中にある聖地——つまり、面白くも何ともない場所だ。
問題を起こしたり、大きな悩みを抱えている人達が心身を清める為に訪れるようなところ。
今回の件で言えば、私よりもセドリックが訪れて反省してくるべきなのに……
「そうだ、それがいい」
母の言葉に、父も大きく頷きながら同意している。二人がこんなに乗り気なら、私には拒否権なんて無い。
翌朝、セドリックの家から早馬で謝罪の書簡が届いたのとほぼ同時に、私は侍女のナナと一緒に馬車へと押し込まれた。
「お父様は謝罪を受け入れる気はないようね」
「当たり前ですよ! アイラ様が恥をかかされたのに、許されるはずはありません! せっかくのドレスだって無駄になってしまいましたし……」
生涯で一度しかない卒業パーティーを台無しにされたと、私の代わりに怒り出すナナ。そのむくれた顔を向かいに見ながら、私は他人事のように笑った。
「でもほら、セドリック達は後から学長にキツく叱られたって話だし。きっと帰宅した後も男爵の雷が落ちているはずよ」
あの後、パーティーが終わってすぐに、ナーシャが同じくランチ友達だったエミリアと一緒に屋敷を訪ねてきてくれた。
二人の話ではあの茶番を仕組んだのはやっぱりミレーらしく、セドリック達男子生徒は悪ノリでその企てに乗ったようだった。
「まあ、結果的には彼との婚約は無くなる上に、お父様は慰謝料を請求するっておっしゃってるから私的には良いこと尽くめなんだけど」
「良いことなんてありませんよ! 社交界ではお嬢様が傷物扱いになってしまったんですから……」
正式に解消を申し出たのはこちらから。だけど、あの茶番のせいで私の方が捨てられた風になってしまっている。
それをナナはどうしても許せないと、拳を握りしめて怒ってくれている。
さすがに乳姉妹なだけはあって、彼女は誰よりも私の理解者で一番の味方だ。




