07.迷い事
動物愛護法は(一応)存在するけど銃刀法違反は存在しません。
「ありがとうございます」
「いいのよーたくさんもらったから燐ちゃんと食べてね」
近所の人からおすそ分けにたくさんのじゃが芋をもらった。
「いっぱいだな」
「あぁ。夕飯はコロッケにでもしようか」
「ころっけ……」
燐の事、近所の人には親戚の子を預かっている……という事にしている。
「うぅ……寒い」
「マフラーがあったろ。していきなよ」
「そうだな」
燐はクローゼットからマフラーを探す。
もらったじゃが芋を机に置き、家を出る準備をする。
窓を見ると白く曇っており、気温が低い事がわかる。窓を開け外の気温を確認するがいまいちわからなかった。
「……気温のせい、だよな」
そういって梛莵は自分の手を見つめ、握る。
* * *
「燐ちゃん梛莵くん、おはよぉ!」
教室に入ると元気いっぱいの卯鮫が出迎える。
「おはよ、朝から元気だな」
「えっへん! 紅ちゃんはいつでも元気だよぉ!」
燐ちゃんマフラーしてるぅーと燐の周りをぐるぐる回る卯鮫に燐は固まっていた。
「困ってるだろ、その辺にしとけ」
「むぅ?」
卯鮫を掴み止める。
すると卯鮫はじっとこちらを見つめた。
「梛莵くん、体調でも悪いのぉ?」
「? 別に悪くないけど」
「そぉ?」
体調悪そうに見えたのだろうか、と思っていると今度は梛莵の周りをぐるぐる回る。
「卯鮫……何なの」
「いやぁ? うん?」と自分でもよくわからないというような顔をしていた。
「……何やってんだ?」
教室に入ってきた柑実はその状況を見て不審がる。
「あ、柑実くんおはよぉ」
「柑実、おはよう」
「おはよう、何してんの?」
「んー、よくわからなぁい!」
「俺はもっとわからない」
「はぁ?」
わからないものはわからない。当の本人もわからないなら尚更。
「まぁいっかぁ?」
そういって「温かい飲み物買ってくるぅ」と出ていく。
「自由だな……」と呟く柑実に同意する。
「おはよ、う」
「……おは、よう」
ぎこちなく挨拶をする燐。目を反らしながらも柑実もまたぎこちなく返す。
無視をしない辺り律儀だな、と思う。
「……梛莵、ちょっといいか」
「……あぁ」
おそらく、父親の事だろう。
* * *
[屋上]
「燐から、聞かれたんだろ。望さんの事」
「やっぱり知ってたか。何で言わなかったんだよ」
「俺の聞き間違いかもと思って。というより思いたかった、かな。まさかの話だし」
「……父さんって決まった訳じゃないけど」
柑実は鉄格子を握る。
「悪いが……多分柑実の父親で合ってると思う。燐の奴匂いが〜とか雰囲気が限りなく似てるって言ってたし」
「何それ気持ち悪……」
「まぁ……ほら、獣人だから? 俺に会った時も言われたんだよ」
「俺が、側にいるからか」
「多分」
そうか……と言って無言になる。
「ごめんな」
「別に。梛莵が悪い訳じゃないし」
「でも連れてきたのは俺だ」
「それは、そうだけど。でもわかってて連れてきた訳じゃないだろ」
「まぁ……」
「……俺は……素性もわからないあいつに、父さんと会わせてやるつもりはないからな」
「あぁ……わかってる」
* * *
「燐ちゃん〜はいあげる! あったかいよぉ!」
そういって卯鮫は燐に缶の飲み物を手渡す。
「いいのか?」
「うん。中は熱いから気をつけてねぇ」
「ありがとう」
温かい。でも先程より寒くもない。
「梛莵くんの側、あれじゃまだ今時期は寒いよねぇ」
「梛莵の側が?」
「今、そんなに寒くないでしょぉ?」
「あぁ……」
意図が読めずにいると卯鮫は答える。
「梛莵くんね、自分の周りに冷気を纏ってるんだよぉ」
「レイキ?」
「そ。寒ぅい空気! 梛莵くんは術力量が皆より多いから時々外に出してないと体調崩しちゃうんだ〜って前に言ってたよぉ」
卯鮫は凍えるような仕草をする。
「そうなのか」
「いつもは調節してるらしいしよくわからないんだよねぇ。紅ちゃんそんなことできないし。でも今日は側にいったら寒かったからぁ」
「だから体調悪いのか聞いてたのか」
「うん〜でも漏れてるの本人も気付いてないよねぇ。お?」
卯鮫は耳を少し立て廊下に出る。それに続いて燐も出る。
「どうした?」
「おお! 復活だねぇ、おはよぉ!」
卯鮫はぴょんぴょん跳ねながら手を振る。
「ふふっ紅ちゃん元気だね。おはよう」
そこには梛莵が話していた緑髪の少女・哉妹と由月がいた。
「おはよう……あれ。君、誰?」
気付いた由月は燐を見る。
「あ、そういえば転校生が増えたんだよね。あたしは哉妹千智。よろしくね」
「俺は由月雅也、よろしく」
「あ、あぁ……私、は燐だ。よろしく」
そう言う燐の尻尾はたれ下がっていた。
「お、ちゃんと来たのか」
「あれ、もう大丈夫なのか」
後ろから梛莵と柑実が戻ってくる。
「ん、迷惑かけた」
「梛莵!」
由月の横から哉妹が顔を出す。
髪は結ってもらったようで二つにまとめられていた。
「自分でやったのか?」と頭を指差しわかってて聞いてみる。
「うん! 雅にやってもらったわ!」
満面の笑みで哉妹は答え、由月は呆れていた。
「そうかそうか」
「なんかいつの間にか仲良くなってんのな」
「なんだ寂しいのか?」
「ははは、殴ってもいいか?」
拳を上げる柑実に「暴力反対だぞ」と梛莵は由月の後ろに隠れる。丁度いい壁だ。
「……なんか、急に寒い」と由月は呟く。
「梛莵くんだよぉ。今日はキンキンに冷えてるぅ」
卯鮫は梛莵を指差し頬をつつく。
「んむ、俺?」
「梛莵くんの側、今日は寒いもん。燐ちゃんもさっきまで寒ぅいってなってたよぉ」
「そういや何か寒いなって思ったわ。なんだ梛莵、今日から保冷剤期間だったのか」
「なんだよ保冷剤期間って……出してるつもりはないんだけど」
「窓を見たまえぇ」
言われて見ると近辺の窓だけ真っ白に曇っていた。
「真っ白だね」
「真っ白だわ」
「まじか……」
「頑張って引っ込めろ寒い」
全員して梛莵に注目する。
「えぇそんな無茶な、うーん……?」
「朱鷺夜も、操れなくなったの?」
「わかんね……術力が漏れ出てる感じも……ないし」
「このままだと教室が極寒になるぞ」
「それはまずいな……もういっその事一帯凍らしてみる?」
「それは真面目に言ってるのか?」
「冗談です……」
「梛莵、手を出せ」と燐が寄ってくる。
「手?」
梛莵は言われるがまま手を出す。
「はい」と燐が付けていたマフラーを渡される。
「うん。うん?」
「温かいぞ」
「そ、そうだな? でも俺は寒い訳じゃないぞ? 俺の周りが寒いのであって……」
「……梛莵を包めば解決するのかと思って……」
「そ、そういうことか……」
俺、包まれる所だったのか……と思っていると柑実は笑い堪えているのか微かに震えていた。
「……その発想は無かったな」
「あら、梛莵を包むならあたしのマフラーも使う?」
哉妹も面白がりながら乗ってくる。
「いらない……俺、包む、違う」
拒否する梛莵を放置して教室に戻る面々。
「はぁ、どうするか……」と鞄を開いた。
「……ん?」
覗くと見覚えのない赤い玉が、動く。
「ぷはっ! やっと開けよったか!」
そういって顔をこちらに向けた。
梛莵は思わず鞄を壁に投げる。
「うわっなんだ、急にご乱心か!?」
投げられた方向にいた曷代は自分が何かしたのかとおろおろしていた。
「な、なんか入ってた……」
「え?」
「なんか! 入ってた!」
「えぇ……」と半泣きな梛莵に虫か何か? と曷代は投げられた鞄を覗く。すると
「痛いであろう!! いきなり投げるとはどういう了見じゃ!!」
「うわっボールが喋った!」
「ボールじゃないわっ! 全く」
鞄の中からその赤い玉は「この中狭いの」と出てくる。
「む。なんじゃ人子がいっぱいおるの」と見渡す赤い玉……鳥? 人子、人間の事だよな?
当たり前だが騒いでいた為に皆が注目していた。
「あ、当たり前だろ……ここ学校だぞ」
「ほう、学校! 学び舎か……なんでじゃ?」
「こっちが聞きたい……なんで人の鞄に入ってるんだ」
「ほほぅ、よくぞ聞いた! 何、ちぃと寝床に良くてな。入ってみたら寝てしもうた次第よ」
「入ってみるなよ……全然気づかなかった……」
最近色んな出来事があり過ぎて頭を抱える。
「あ、そうじゃ。お主の術力ちょいともらったぞ」としれっと言う鳥。
「……はぁ!?」
「お主溢れ出ておったからのぉ。余分にあると人子はすぐに身体壊すであろう? 一時しのぎじゃがの。今漏れ出てる分はそのうち治まろう」
淡々という鳥に梛莵は術を放つ。
「……氷銀劔」
紅氷の剣が乱雑に形成され檻のように鳥を囲う。
「うおっ!? 何をするか!」
「それはこっちの台詞だ。術力を取ったって?」
周りを見ると梛莵以外も戦闘態勢を取っていた。
「ふむ……なんじゃ物騒な所じゃの、学校というのは」と呑気に言っている。
「梛莵、お前持ち物くらいちゃんと確認しろよ」
「だっていつも置勉してるから……」
柑実と話していると燐はしゃがんで鳥をじっと見つめていた。
「……燐、近寄るなよ?」
「もしかして狩猟本能? とか思っているのか?」
「違うのか?」
「違うぞ。この鳥、今朝梛莵が窓開けた時に入ってきた子だろう?」
「……え?」
「私がマフラーを探しているとき、窓を開けていたろう。その時入ってきてた」
鳥は燐の言う事に頷いていた。
「なんで入ってきた時に言わないんだ……」
「いや、寒いから入れてあげていたのかと思って……」
「うむ。開けてくれたから入ったぞ」
「いやなんでだよ! 普通開けたからって人んち勝手に入るかよ!」
「それはそうと、梛莵。治まったみたいだな」
「何が?」
「寒くない」
「あ……そっか。よかった」
「だからさっき言ったであろう。何でも疑いおって」
全く、と言っている鳥の方を再度見ると姿が消えていた。
「どこに行っ……!?」
「こ・こ・じゃ!」
突っ立っていた曷代の頭の上に乗り翼? を広げて存在を主張していた。
「ふふーん。余は神霊帝が一人、『火』司る弔。炎帝【ミントスカ】であろうー!」
* * *
卯鮫は炎帝と名乗る鳥を膝に乗せ撫でていた。
「わぁピヨちゃん、温かいねぇ」
「そうじゃろうそうじゃろう。余は火の鳥じゃからの」
〜少し前〜
「弔、炎……帝? なんだそれ」
生徒達は皆、鳥の言う事を理解できなかった。
「む!? 余はこれでも神なる者ぞ?」
「神なる者、ねぇ。ピヨピヨ言ってる鳥が何いってんだか」
梛莵は呆れ、ため息をつく。
「ピヨピヨ! じゃあピヨちゃんだねぇ?」
卯鮫は曷代に近寄り鳥を見上げた。
「なんじゃ! 余は『ミントスカ』という名前があるんじゃぞ! あだ名にしてもせめて漢らしい呼び方にせんか!」
鳥は頭の上でぴょんぴょん跳ね、抗議する。
「じゃあピヨ助」
「ピヨは離さんのか!」
卯鮫は曷代に「その子貸してぇ」と言い裾を引っ張る。
曷代も言われるがまましゃがみ、ピヨ助を渡す。
「お、おい大丈夫なのか?」
「ん〜? だって新米の曷代くんが大丈夫なら大丈夫でしょぉ。ね、曷代くん」
「う、うん多分……?」
「ねぇ、ピヨちゃんは紅ちゃん達の術力も取るつもりなのぉ?」とピヨ助に問う。
「無作為に取ったりせんわ! 言ったであろう、そやつの術力が漏れ出てたからじゃと」
「だってぇ」
「だからって…」
「最近の梛莵くんは何か、磁石みたいだねぇ」
卯鮫はピヨ助を撫でながらこちらに近づく。
「……え、磁石?」
「うん〜何か面倒事? を引き寄せてるっていうかぁ? ほらぁ、校庭にぃ磁石置くと砂鉄が集まるでしょぉ?」
「おぅ?」
「そんな感じぃ」とピヨ助を持ち上げ梛莵に近寄せる。
全くわからん。が確かに最近面倒事が多いのは事実。
「まぁ連れてきちゃったものはしょうがないよねぇ。梛莵くん、ペットは学校に連れてきちゃだめだよぉ」
「俺のペットじゃないから」
「余をペット扱いするでない!」
* * *
「ピヨちゃんってどこから来たのぉ?」
「む? どこから……なんと言えばよいかの。人里離れた所であるのは確かじゃが、こちらと違って明確な名称のある場所ではないからの」
「ふぅん?」
「ちょいと人里に降りたは良いが自身の術力を使い切ってしまったんじゃ。自然と回復するまではこちらに居るしかなくてのぉ。ふらふらしとったら漏れとる術力を見つけたまでよ」
「それが梛莵くんとこだった訳だねぇ」
「そう言う事じゃ」
「ただいま……」
あの後来た担任に事の発端である梛莵は呼び出しをくらいこっぴどく叱られた。
「俺のせいだけど……俺のせいじゃないのに……」
ぶつぶつと文句を言いながら戻ってきた梛莵にピヨ助は「なんじゃ辛気臭いの」と。
誰のせいで……と睨むがどこ吹く風、撫でられているのを気持ち良さそうに受け入れていた。
「氷漬けにしてやろうか……」
「も〜梛莵くん動物愛護法って知ってるぅ?」
「〜っ知ってる、けど! こいつむかつく」
「出来るものならしてみれ。お主の氷など簡単に溶かせるわい」とべっと舌を出しおちょくる。
「こいつ! こいつ!」
「はいはい、どう、どう。卯鮫もいるからそんなもの向けるんじゃないよ」
どこから出したのか得物を構え始める梛莵を裙戸が羽交い締めにして止める。
「〜っ! 止めるなよ裙戸、今日の晩飯は焼き鳥だ」
「夕飯はコロッケじゃなかったのか?」
燐は疑問を投げかける。
「燐ちゃん、今それどころじゃないから……」
「?」
「コロッケとはなんじゃ?」
「茹でたお芋を潰して丸めてパン粉をまぶして揚げたやつだよぉ。出来立てはホクホクして特においしいよねぇ」
ぐぅ……と卯鮫の腹を鳴らす。
「ふむ。揚げた芋とな?」
「でも紅ちゃんは揚げた芋ならフライドポテトが好きだなぁ」
「揚げた芋でも違うのかの」
「全然違うよぉ」
「呑気に話してるけど君、今刺されそうなんだよ?」
得物の刃は未だピヨ助に向いており裙戸が抑えていた。
「む? なんじゃまだ怒っとるのか」
「ピヨちゃん、梛莵くんに謝ろうねぇ。梛莵くんが怒られたのはピヨちゃんが付いてきちゃったからだからぁ」
「そういうことかの。すまんかったのぉ」
「ほら、梛莵も。謝ってるんだから落ち着いて」
「ぬぅ、腑に落ちない」
そう言いつつ得物を下ろす。
「沸点がひく「ピヨちゃん、とりあえず黙ろうねぇ」うむ……」
卯鮫はピヨ助に笑顔で圧をかける。
「梛莵も人に危機感が〜とか言えないね」と羽蘭が笑いながら寄ってくる。
「アツキも梛莵も対して変わらないよ。二人とももうちょっと警戒心をだね……」
「も〜十也ってば最近お説教ばっかり、父さんみたい」
やだやだ、と言う羽蘭。
はぁ、とため息をつく裙戸の心配は羽蘭には届いてない様子だ。
「人を危険物みたいに言いよるな」
「人じゃないだろ」
ピヨ助は机に飛び乗ったかと思いきや勢いよく梛莵に頭突きをする。
「いっだぁ!! 何すんだよ!」
「何か腹立った」
「ピヨちゃん。悪いのはピヨちゃんだよ」
「う、む……悪かった」
卯鮫の威圧にピヨ助もこの子は怒らせてはいけないと思ったのであろう素直に謝る。
「ところでピヨ助ちゃんは帰るところあるのかな?」
羽蘭はこちらに来た本題を言う。
「む。無いぞ! 今は戻れぬからの!」
「そっかそっか。じゃあ梛莵、よろしくね」
「……何の、事ですか」
この様子はまさか、と恐る恐る聞き返す。
「学長にもこの子の事言っとくからさ〜面倒よろしくね。大丈夫。面倒分、給料ちょっと上げてって言っとくからさ」とウインクする羽蘭。後ろで裙戸は呆れていた。
文句を言ってくれるのでは、と助けを求めて柑実の方を見ると目を合わせないようにか壁の方を向いていた。
裏切られた気分だ。
* * *
[自宅]
梛莵は芋を潰しながら文句をいう。
「なんで、俺が」
「まぁ、でもしょうがないだろう……」
燐も自分も面倒事の一人だとわかっているからか強くは言ってこない。
「燐の事は気にしなくていいぞ。こいつは態度がでかいんだよ」
「ははは……」
当のピヨ助は静かに窓の側で外を眺めていた。
「……」
その様子に梛莵と燐は顔を見合わせる。
「ピヨ助」
「む?」
「こっちおいで」
燐に呼ばれてピヨ助は寄ってくる。
「なんじゃ?」と言うピヨ助を燐は撫でる。
「帰りたいだろうが、帰れるまではここが帰る家だ。かくいう私も世話になっている身だが」
「……いいのかの?」
そういって梛莵の方を見る。
「……なんだよ急にしおらしくなって。別にこれ以上面倒事増やさないでくれればいいよ、しばらくの間だけだし」
「……うむ。悪いの」
ピヨ助はどこか寂しそうな顔をしていた。
そんな寂しそうにされたら断れないだろう。
自分はコロッケよりささみチーズカツ派。大葉が入っていればなお良し