11.誰の為 後編
過去編の続き
※残酷な描写あり
行為を容認・推奨するものではありません。
苦手な方はご注意ください。
「ハァッ、ハァッ、うぅ……」
――寒い、寒い
梛莵は感覚が薄れ震えも止まらず、涙を流す。
「(動け! 動け! 慶悟を助けないと……なのにっなのに!)」
中で激しく物がぶつかる音、慶悟の悲痛の声が響く。
「きょ、慶悟……! うぅ……やめろ、やめてくれ……」
扉に縋るように梛莵は歯を食いしばり叫ぶ。
「ハァッ、動けよ!」
――ピシッ
「やめろ」
――パキッ
「立ち止まるな」
――ピシッ、ピシッ
「ーーああああああッ!!!」
――パキパキパキパキッ――
激しい痛みと共に紅い氷の結晶が辺りを埋め尽くした。
* * *
《前方からこちらに向けて移動中の術力反応有り。柊季、気をつけろ》
「――了解っ」
柊季は地を蹴り高く飛び上がる。
「(どこだ、どこにいる?)」
山奥。辺りは暗く木々で物影など見つけにくい状況だった。
「くそっ」
暗すぎる。月明かりもまともに当たらない。
柊季は木を殴り考える。
「(反応の方向から見るに、合宿所のある方からこっちに向かってるって事だろ。梛莵、絶対に無事だよな。無事でいてくれ、頼む)」
「神様、どうかっ……!」
「柊季!」
「! 見つけたか!」
「いや、まだだ。だがこっちは俺らに任せろ。柊季お前は合宿所に向かえ」
「でも……」
「事情は聞いてる。仕事だから私情を挟むなとは言わねぇよ。守るもん守らなくてどうすんだ、いいから行け!」
「悪い、頼むっ……!?」
「!!」
「……行カセナイヨ? 主ノショクジノ邪魔ハサセナイ、キヒヒヒ」
気配のする方を向き柊季達は武器を構える。
そこには魔族の少女が笑っていた。
「この術力反応、こいつか。魔族? 珍しいな」
「……なぁ、こいつ今『主の食事』って言ったよな……わざわざ足止めに来たって事か?」
「あぁ……チッ、一体じゃないって事かよっ柊季、尚更急げ! こいつはおそらく纒憑じゃない。応援が来るまでの足止めくらい俺一人で十分だ!」
「ダカラ、行カセナイッテ言ッテル……ダロ?」
少女の翼は燃え上がり腹の口を大きく開き不気味な笑い声を上げる。
「クケケケケッ。ネェ、竒術師ノ魂の心臓持ッテ行ケバ主ハ喜ンデクレルカナ!?」
* * *
「ガハッ……ゲホッ……はぁ、痛ぅっ……」
『――無駄ナ、足掻キヲ』
「!」
『アノ赤毛、オ前ノ前ニ喰ッテヤロウカ』
「っさせる、かよ!! 梛莵に近寄るんじゃねえ!!」
慶悟は近くの物を投げつける。
『無駄ダタダノ人間、我ガ触レル事ハデキルガ己ガ我ニ触レル事ハデキナイ』
「がっ……!」
黒い靄に首を締められ足掻く。しかし触れる事ができず涙が流れる。
『遊ビハ終イ。肉体諸共我ガ糧トナルガイイ』
「ひっ……」
靄は大きく広がり慶悟に闇を見せる。
『!』
何かに気づいたのか靄が慶悟から離れる。
「ハァッ…慶悟から、離れろっ」
紅い氷が壁を突き破り辺りを凍りつかせる。
「ゲホッゲホッ、梛、莵…?」
『術ガ、覚醒シタノカ…!』
* * *
ガキンッと金属同士がぶつかるような音が響く。
周辺の木は焼け焦げていた。
「血羅 『波砲火弾』」
口から放たれた火の砲弾は柊季達目掛けて放たれる。
「く……っ」
《熾焔 『火焔渦龍』》!
柊季の周りを囲う炎が渦巻く龍の形となり火の弾ごと少女を喰らう、が少女は炎を翼で破る。
「ボクガ手コズルナンテネ……竒術師、舐メテタ。デモ所詮ハタダノ生キ物。魔族ノボクニ敵ワナイ」と少女は乱れた髪を軽く整える。
「はぁ、はぁっ、しかしなんつー体力だよ。息上がりすらしないぞあいつ。こっちは急いでるってのにっ」
「ちっ、邪魔くさい。魔族なんて相手したことねぇっての。悪い柊季、足止めするつもりだったのに」
「仕方ないだろ、あんなの一人じゃ只の悪足掻きだ。応援はまだなのか?」
少女は呑気に主を気にし始める。
「主、モウソロソロショクジ終ワッテルカナー?」
「っ」
「終ワッテルヨネ。ダッテ相手ハタダノ子供……」
「! っ!」
斬りかかろうとする柊季を同僚は慌てて止める。
「柊季落ち着け! 感情で動いてたら足元掬われるだけだ!」
「でも! あいつ、子供って! やっぱり……!」
「わかってる!! でも落ち着け! あいつでこれ以上時間食ってもしょうがねぇだろうが!! とにかくどうにかして抜けるぞっ」
「〜っ、あぁ!」
「……モウ帰ル、時間カカルカラ今日ノ遊ビハココマデ」
「何……?」
「マタネ? マタ会ウ事ガアレバ、ダケド」
「なっ、」
そう言って来た方向に少女は飛び去っていった。
「よくわかんねぇ奴……でもこれで向かえるな。……柊季? ったくあいつ!」
声をかけるより先に柊季は少女を追い、合宿所に向かった。
* * *
「はぁ……はぁ……」
視界がチカチカする。感覚も。慶悟、そこにいるの? 無事なの?
「梛莵……なんで逃げてないんだよっ!」
「慶悟……慶悟だ、よかった……」
「よく、ねぇよ! 逃げろっつった、ろうが! この馬鹿!」
「逃げないよ。慶悟置いて、一人で逃げれる訳ないだろ……」
「――っほんとに、この寂しがりがっ、」
「目障リナ……術者メ!」
「っ」
透き通ってきた黒い靄は色を増し牙を見せる。
「「!」」
「肉体ヲ、存在ヲ、我ノ餌ノクセニ!! 邪魔ダ未熟ナ術者!!」
靄は梛莵を向かい襲いかかる。
* * *
「待てっ!! 行かせるかよ!!」
柊季は少女を追いかける。
「見逃シテアゲタノニ……シツコイ男ハ嫌ワレル」
「逃がすかよ……お前には聞きたい事が山ほどあんだからよっ!!!」
「聞キタイ事……ソノ様子カラシテ、ドウセアソコニイタ子供ノ事ダロ」
「っな……!!」
「ナンダ、自分ノ子供デモ混ジッテイルノカ? ナラ残念ダナ。今頃、肉体モ魂モミンナ主ノ糧ダロウ」
少女は舌を舐めずる。
「――ッッ貴、様ァァァァ!!!!」
* * *
――ボタッ……
「ガッ、ハァ……ッ」
――ボタタッ
「……きょう、ご?」
「ゴフッ……」
「慶悟、慶悟!! あぁ、あああ!!!」
梛莵を庇い、靄の牙が慶悟の身体を突き刺していた。
「あああ!!!」
感情の昂ぶりに乗るかのようにいくつもの氷が靄目掛けて形成され部屋中を覆い尽くす。
「慶悟、慶悟! しっかりしろ!」
「ヒュー……ヒュー……ゲボッ」
呼吸は乱れ慶悟は大量の血を吐いた。
「ああ、俺のせいだ、慶悟……慶悟ぉ……!」
「な、と」
「喋るな! 今止血を、」
「い、い」
慶悟は梛莵の手を掴み止める。
「きょう、」
「どう、せ……はぁ、長くは、保たな……いから、」
「そんな事言うなよ!! 絶対助けるからっ、だから」
「聞け、ば、か……ヒュー……」
「嫌だ、嫌だよ慶悟、僕、慶悟がいないと、」
「何言っ、てんだよ……お前は、兄貴、だろ」
「そんなの関係ないだろ!」
「梛莵が無事で、よかった……」
「慶悟……」
「な、はは……こんなに泣かし、て、楜莵や如に……怒られちまう……なぁ、」
「っ馬鹿慶悟! 怒られろ! いっぱい、いっぱい怒られてこいよ!! 僕だっていっぱいいっぱい怒ってやる!!」
「はは、なんだよ、それ……」
「だから! 絶対に、一緒に帰っ、ふっ、うぅ……」
「なく、なよ……」
「だって、」
「泣いてほしくて、助けたんじゃ……ねぇぞ」
「っ」
「……術、覚醒したんだ、な……お前、冷てぇ」
「でも、役に立たなかったっ」
「そんなの、すぐにできるもんでもねぇだろ……」
「でも、」
「俺は、今までお前、に、ゲホッ……助けられてきたよ……」
「何だよ……何だよ! 助けられてばっかりなのは僕の方だろ!!」
「助け……られてるのは俺だけじゃ、ない……お前が……思ってる以上に、皆……」
「きょ……」
梛莵の胸ぐらを掴んで大きく息を吸い伝える。
「――だからお前は――生きろよ。せいぜい足掻いて、俺の分までさ」
「、慶悟っ」
「な、ははっ梛莵、笑えよ、泣いてるのが最後なんて、さみしいじゃん、か」
「! っ全く、とんだ我儘な親友だよっ!」
泣きながら、梛莵は不器用に笑って見せる。
「変な、顔……」
「しょうがないだろ……上手く笑えない……」
「そう、か……はは、梛莵、」
「な、に?」
「子供、みたいな事……言ってい?」
「うん」
「――っ痛い、痛いよ。っなんで、こんな事にな、っちゃったんだろ……」
「うんっ、」
「生きたかった、ずっと一緒に……皆と」
「うん」
「楽しかったんだ、皆といれて、俺は」
「っ俺も、だ」
「! は、は……あり……が、と……」
「……慶悟?」
「……」
「慶悟! 慶悟、目開けろ! 慶悟……!!!」
「……」
「ふざけんなっ一人カッコつけて、逃げるなよ!! 慶悟、俺はまだ慶悟に、っ慶悟ぉ……!! ああ……ああああ!!!!」
* * *
「柊季!! 大丈夫か!!」
土埃が立つ中、声がかかる。
「げほっけほっ、撒かれた……!」
「感情で動くなって言ったろうが大馬鹿!!」
「痛っ、殴るなよ!!」
「お前まで何かあったら、誰かを失うのは懲り懲りなんだよ!!」
「うっごめん……」
「急げ。動けんだろ」
「あぁ、問題ない」
* * *
「……」
紅い氷で覆われた部屋を外から黒い靄は眺める。
《熾焔――》
「――!」
背後から炎を纏った得物が振り下ろされる。
「チッ避けやがってっ」
「オ前ハ……竒術師カ」
「どーも、『纒憑』さんよ……!」
「フン……今ハ気分ガ悪イ、オイ」
「知るかよ……っ」
呼ばれた魔族の少女が柊季達の間に蹴り込む。
「シツコイ。主ノ邪魔ダ、竒術師」
「邪魔はお前だ!!」
「オ前ナンテ主ガ相手スルマデモナイ」
纒憑と呼ばれた黒い靄は陰に溶け込み見えなくなる。
「逃げるな! 腰抜け野郎! ……クッソ!!」
「キシシッ!! ナァコッチヲ気ニスル暇アルノカ?」と合宿所の方を指す。
「何を……!?」
見ると二階の一室を紅い氷の結晶が覆い尽くしていた。
「この術力、柊季に似て……。おい、柊季! 梛莵は術者なのか!?」
「え? いや……けど、もしかして……!」
「覚醒、した?」
* * *
部屋中を冷たい空気が埋め尽くし梛莵は感覚を失っていた。
寒い……ような、熱いような……わからない、ボーッとする。僕、何を……紅い……紅い。これは氷? 氷って、紅いっけ……。
紅い結晶に触れ、確かめるようになぞる。
「(追いかけなきゃ。立てよ……立てって、言ってるだろ)」
感覚の鈍った手で頭を抑える。
「(いつもより、くらくらする……血が、足りない感じ。でも怪我なんてしたっけ……今はそんなことどうでもいい。ただ、行かなきゃ)」
梛莵はふらりと立ち上がり部屋を出る。
「(どこにいった……騒がしい、外か? 身体が重い。早く、行かないといけないのに)」
廊下を歩き階段へ向かっていると前から人影が映り込む。
「(人? ……誰か、無事だったの?)」
視界がぼやけ、うまく捉えることができなかった。
「梛莵……!!」
名前を呼ばれ梛莵の意識はそこで途絶えた。
* * *
――ポタ……――ポタ……――
寒い
――ポタ……――ポタ……――
何の音……誰か……何か、言ってるの?
「……!! ……、……!」
――起きろ、呼んでるぞ。
慶悟?
……
何が、あったんだっけ
「……!! ……!!」
うるさいな、静かに寝かせてよ……
「――と!! 梛莵!! 起きろ! 頼むから起きてくれ……っ!!」
柊季の声にゆっくりと目を開いた。
「……」
白い天井。梛莵は病院のベッドに横たわっていた。
「梛莵! 梛莵っ……あぁ、よかった……!! 梛莵、俺がわかるか?」
「とぅ、さん……」
「あぁ、そうだ……! ごめんな、ごめんなぁ!」
そう言って梛莵を強く抱きしめる。
「なんで、父さんが謝るの……?」
「俺が行ってこいなんて、言わなければこんな事に巻き込まれずに済んだのに。俺の責任だ……!」
「……違う、違うよ、誰も悪くない……誰もっ、うぅっ……父さぁん……!!」
梛莵は謝る柊季に縋るように顔を埋めた。
「遅くなってごめん……」
「慶悟が、慶悟がぁ!!」
「っ」
「僕は! 何もできなかった……っ!! 助けられてばっかりで、足を引っ張ってばっかりで……!!!」
「梛莵」
「何度も逃げろって、でも僕嫌だって我儘言って!! っアレは一体何なのさ!? 真っ黒で、透き通ってるのに、触れて……慶悟はっ!!」
「梛莵、」
「父さんが戦ってる相手は、あれなの……?」
「……あぁ」
「あんなのがっ、あんな奴が他にもいるって事なの? あれは何なの? あいつ等は何がしたいの……!?」
梛莵は柊季に問い詰める。
「……俺らはあれを『纒憑』と呼んでる」
少し間を置き、柊季は静かに話し出した。
「ま、とぃ?」
「……他人の身体に取り憑いて、魂を喰らい渡る存在……のはず何だが……」
「は、ず……?」
「……今回のみたいに…実体もないのに、肉体も喰らう奴は初めてで……とり逃してしまった、すまない……」
「喰ら、う……? 慶悟は、喰われてなんか、ない! 痛いって、生きたかったって……言って、でも目、開けなくなって……!!」
「そう、か……」
「慶悟、慶悟ぉ……!!」
「っ、うん、うん……」
泣き叫ぶ梛莵を強く強く抱きしめ、柊季は歯を食いしばった。
「……に、してやる……」
「……梛莵?」
――パキッ、パキパキッ――
「梛莵、落ち着け」
――パキキッピシッ……――
「ハ、ァッ……ハァーッ……」
室内の温度は急激に下がり、凍り付き始めた窓ガラスにヒビが入る。
「『纒憑』! 絶対に、見つけ出して……あいつを!!」
『生きろよ』
「――同じ事を繰り返さない為に……『俺』は!!」
『……生きたかった』
「っ……この手で――!!」
――パリンッ――
窓ガラスは割れ、強い風と共に破片が飛び散る。
「っ」
「俺、は……! どう、すれば……っ!」
強く握られた手から血が滲む。
「梛莵……」
「……父さん、俺も竒術師になる」
「!」
「竒術師になって、纒憑を斬り尽くして……!」
「……落ち着きなさい」
「でも!」
「憎い気持ちは……わかる。けど今のお前には無理だ」
「そんなの、やってみないとわからないじゃないか!」
柊季は梛莵の両肩を掴み言い聞かせる。
「梛莵、全部が悪と決めつけて見誤っちゃいけない。そんなことすればお前はお前でなくなってしまう」
「っ」
「……纒憑はね、元々俺らと同じ『生きる者』だったんだ。必ずしも悪、ではない。俺はそう思ってる」
「生きる、者……」
「もちろん、取り憑いて喰らおうものなら断ち切らないといけない。でも纒憑の……彼等の『声』を聞いて向き合うのも竒術師の役目だ」
「声を、聞く」
「あぁ」
「……慶悟は、纒憑になったの?」
梛莵は柊季に寄りかかり、柊季は梛莵を支える。
「わからない。纒憑は……他にもわからない事だらけなんだ」
「霊、とは違うの?」
「似てる、けど違う。彼等は魂を喰らうし、『実体』はないけど『姿』はある……それに術を使える奴もいる」
「……難しい」
「はは、そうだな……」
ポンッ、ポンッとあやすように背を優しく叩く。
「父さん、血が……」
破片で切れた頬の血を拭い「何、これぐらい平気だ」と答える。
「ごめん、なさい……」
「謝らなくていい」
「父さん……」
「うん」
「……」
「梛莵……?」
反応のない梛莵に焦る。
見ると寝息を立てていて柊季は安堵した。