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偏在の理想ボーイ幻覚の普通ガール  作者: キャボション
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それからしばらく、俺と乃木は眠っている少女を見ていた。そっくりなのだが少し俺とは違う所があった。まず、体つきがやや違う。あまり動いていないのだろう。とても華奢だ。そして最も気になったのが首にあるやけに大きな切り傷のような傷跡だ。その傷跡は切れ味の悪い刃物で切られたようだった。

「乃愛ちゃん、この娘泣いてたのかなぁ」

乃木は少女を見ながら言った。

「どうしてそう思うんだ?」

「涙の流れた跡が残ってるんだよ」

乃木の言う通り少女のまつ毛から涙の流れた跡が延びており、まぶたはほのかに紅かった。この少女は何故泣いていたのだろう。俺は考えたがいい答えは浮かばなかった。

すると、少女は目を覚ました。

「どちら様ですか?」

少女は体を起こし上品にそう聞いた。どうやら、この少女が俺と最も違っていたのは中身だったらしい。よくよく考えると確かにそうだ。俺の体は久遠乃愛だが、脳は俺自身の物だ。違っていて当たり前だ。

「俺たちは客だ。な、乃木」

「うん、そうだよ。あなたの名前は?」

「私は椎名です」

「下の名前は?」

「下の名前とはなんでしょうか」

椎名は俺の質問を理解出来なかったようだ。

「例えば俺の場合だったら上の名前が久遠。下の名前が乃愛。つまり椎名の場合は椎名が上の名前だ」

「すみません。私に下の名前が無いんです。でも、どうしてなのか分からないのです」

少女の着ている白い服には小さく「417」と付けられていた。だから椎名なのか。「417」は恐らく実験体の番号だろう。あまりに単純だ。そしてこの計画は非人道的過ぎる。俺は怒りを通り越しそうだった。

「あの、久遠さん」

「椎名、どうした?」

「どうしてそんなに怖い顔をしているのですか?」

「乃愛ちゃんは怒ってるんだよ。君のために」

「どうして私のために?」

椎名はどういう状況なのか把握しきれていなかった。

「椎名、この部屋から出た事はあるか?」

「いえ、1度もありません」

「今から部屋を出る」

俺は椎名に有無を言わせず手を引き部屋を出て以前入った、あの培養室を椎名に見せた。

「これは、私ですか?ひどい!」

椎名はショックを隠しきれていなかった。

「正確には俺たちのクローンだ。俺も椎名のクローンで、椎名も俺のクローンだ」

「でも話し方が随分と違いますね」

「脳が違う。俺は元々男だ。だが、事故でこの体に脳が移植された」

「久遠さんも大変なんですね」

「もう慣れた。さぁ行くぞ」

俺と乃木が椎名を連れて階段を登ろうとしたとき俺は自身の運の悪さを恨んだ。

「お前達、一体何をしている」

山口司令がいたのだ。

「山口司令、あなたこそ何をしてるんですか?クローンを大量に造って。正気ですか?」

俺は思考より先に口を動かしていた。

「正気ではないのはお前達の方だ!この国を守るにはクローンが必要なんだ!クローンには人権が無いからな」

山口司令はバカにするように言った。

「じゃあ、なんで俺の脳をこの体に入れたんだ?」

「体に価値があるからだ。それにお前はクローンじゃない。オリジナルだ。オリジナルに死なれると困るんだ。そしてたまたまお前の脳がオリジナルの体に一致したから使ったまでだ」

俺は拳銃を握り山口司令を撃とうとした。その時だ。

「能書きは垂れ終わったか?」

山猫が山口司令の腎臓にナイフを刺していた。

「山猫、遅刻だよ」

乃木は呑気に山猫に言った。

「悪いな。寝過ごしてた。それよりもふたりにあるニュースがある」

「どんなニュースだ?」

「前の司令官は山口に殺されたんだ。理由は知らんがな」

山猫は頭を掻きながら重要そうなことを言った。

「山猫、それよりこの死体はどうするんだ?」

正確にはまだ生きていたがどうせ死ぬので死体に等しかった。

「この病院にはクローンを処分する処理機があるんだ。それを使う。死体の処分は俺がやっとく。ふたりはその娘を家にでも連れていってくれ」

「わかった」

山猫は山口司令の死体を担ぎ、奥へと行き俺たちは病院の外に出た。

「乃愛ちゃん、外に出たのは良いけどこの後はどうするの?」

「とりあえず椎名の服を買いに行く」

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