用意された再会
大人たちが、これからの旅の進路や情報などを話している間、俺と伽羅、ブルーノの一人と二匹は邪魔になるので先にブルーノの案内で旅用に用意された馬車が置いてある乗り場まで行くことにした。
場所に移動するときは静かに行きなさいと注意されていたのに、伽羅とブルーノはずっと俺の取り合いで騒いでいた。
「二人ともいい加減にしなさい。お父様に言われたでしょ?」
さっきから伽羅は、俺の匂いを嗅ぎながら懐いてくるブルーノを怒鳴ったり、猫パンチを繰り返し、ブルーノは、俺に抱かれている伽羅がズルいとごねたり、猫パンチに対してふさふさの尻尾で応戦したり賑やかで退屈知らずですが、そろそろ静かにしないと怒られてしまいます。
《だってぇ…コイツ、護衛なのに懐きすぎだよー。》
《護衛でも好きな人に懐いて何が悪いのさ!意地悪猫!》
「はいはい、やめなさいって言ったでしょ…俺は、伽羅も大好きだし、ブルーノも大好きだから仲良くしてくれたら嬉しいな?」
二匹は黙り込んで違う方向へ顔を向けてしまいました。
顔を背けても二匹とも似ているみたいで、俺に尻尾を巻きつけてきています。
何とも可愛い二匹に顔が緩んでしまって、緊張感が何処かへ行ってしまいましたよ。
先に馬車に乗り込んで、ブルーノも乗っておいでと誘ったんですが、護衛だからと垂れ下がる尻尾と哀愁漂う背中で断られてしまいました。
一匹で外は可哀想だからと、馬車のドア縁に座ってブルーノとお話ししながらお父様とお母様が来るのを待ちますが、一向に降りてきません。
何かあったのでしょうか?ポケットに入れていた懐中時計を見ると結構時間が経っていました。
「ブルーノ…皆遅くない?もう、1時間くらい経ってるよ?」
《そうだね…王様の話だと事前に打ち合わせをしているから最終確認だけだって言ってたけど…》
《おい、お前が見て来いよー。》
《俺は護衛だから動けませーん。君が行ったらいいじゃないか。》
「はいはい、やめなさい。」
《《だってー。》》
仲がいいんだか悪いんだか…あれ?なんだか似たような光景を見たようなことがある気がする…いつだったかな?
うっ!思い出しそうになったら、なんだか全裸マッチョのいい笑顔をしたモブ顔の人間が出てきた!
振り払おうと頭を激しく左右に振り、振りすぎてクラクラしてきた。
《《大丈夫?》》
「ふふ…大丈夫だよ。ちょっと頭に変なものが過っただけだから…もう忘れちゃったしね。」
不安そうな顔してる二匹の頭をちょっと引き吊り気味の笑顔で撫でていると、数人の足音がしてきたので、先ほど自分たちが降りてきた階段へ目を向けた次の瞬間、その光景に目を疑った。
泣いているお母様をリブラが支え、同じく泣いているのか顔を手で抑えているお父様をストラトスが支えていた。
混乱してどうしていいのかわからず、マントで体と顔を覆って蹲った。
さっきは、マントを目深く被っていたから顔が見えなかったけど、泣いてるお母様と泣きそうになってるリブラの顔がそっくりなんだ…お父様の目とストラトスの目がそっくりなんだ…
伽羅は、何が起こっているのか全く分からずにオロオロと四人の周りを飛んでいるみたいで、ブルーノはマント越しに俺に擦り付いてきていた。
「ブ…ブルーノ…どうなってるの?」
「俺から説明する…」
遊技場でいつも遊んでいた暖かい声…ボトヴィッドが、マントに包まてる俺を抱き寄せて、話を聞かせてくれた。
ボトヴィッドが言うには、事前にいくつかの冒険者チームと面接をした際、ストラトスとリブラがお父様とお母様の雰囲気に似ていた事から、もしかしたらという可能性を見出した。
話を聞いて、自分の思っていたことが確信に変わっていったので試しにと、今回の旅に同行して欲しいと依頼。
結果、ボトヴィッドが睨んだ通り、ずっと探し続けていた俺の兄妹だった。
ちょっとちょっと!これから旅するんだよね?
なんでこのタイミング!?ボトヴィッドは、遊んでいた時から思ってたけど、空気が読めないところがあった。今回の空気読めなさ感は過去最高レベルだよ。
えー…親子再会したんだったら休暇あげたら?
まさか、この旅で休暇がてら親子の絆を深めてこい的な更におかしなこと言いだすんじゃないよね?
「お前を危険な国に行かせるのは心苦しかったが…これでチャラになる?」
「バカなの?なるわけないし、この居た堪れない空気のまま旅に出る俺の身にもなってよ。」
「え?嬉しくない?ファミリー揃ったんだよ?」
「前から思ってたけどボトヴィッドってデリカシーないよね…だからお嫁さん来ないんだ。」
「ぐっ!」
ボトヴィッドが、俺に話している間も四人は寄り添って色々話をしていたみたいで、その中に伽羅も入って笑い合っている。
なんだろう…再び乗り遅れた感。
再び?いやいや、そんな乗り遅れることなんて無かった筈。
どうしようか身の置き所に困っている俺を見て、ボトヴィッドがまた空気が読めないご陽気行動に出た。
それは、俺が身を包んでいたマントを取り去って、姿を皆の前に晒すこと。
「ボトヴィッド!!」
「おっと!なんで、またマントを被るんだ?兄妹なんだから別に問題ないだろ?」
俺は、マントに再び身を包んで、生まれて初めて人を殴りました。
それもお父様の上司で国の王様で俺の遊び友達のボトヴィッドです。
まぁ、魔国の王様で強いから子供の俺が殴ったくらいじゃビクともしないけど…本当にダメな大人。
「問題あるよ!」
《そうだね…被っていた方がいいと俺も思う。》
黙っていたブルーノが、捲れていたマントを口で直してくれた。
緊迫した大人しいブルーノの様子に、ボトヴィッドも黙って俺の頭を軽く撫でた。
視線を感じてマントの隙間からチラッと視線を返すと、四人と一匹がこちらを見て手招きをしていたが、もやもやとした感情が渦巻いていて素直になれず、首を振って逃げ込むように馬車へと入ってしまった。
結局、ストラトスとリブラと顔を合わせないまま馬車は走り出し、城を後にした。
護衛の二人と一匹は、馬車の外で馬を操り、俺達は中でお通夜状態。
顔を出すタイミングを失って、馬車の隅で白い塊と化していた俺に、黙って伽羅が寄り添う。
お父様もお母様も俺に声を一言二言掛けるが、返答がないので閉口している。
本当だったら嬉しくて、パーティーでも開いちゃう勢いだけど…不安がいっぱいの中で、更に兄妹が見つかって不安倍増してるから気遣えない。
自分でも嫌になるけど…お父様もお母様も…二人がいるから…俺が居なくなっても大丈夫かな…
不安が膨らめば膨らむほど鼻がジンジンして涙が零れる。
泣いてるなんてバレたくないから、垂れてきた鼻をすすることもしないでより一層丸く体を縮め、伽羅を遠くへと手で押しやる。
《……ごめんな…》
邪険にされたのが辛かったのか、伽羅はしつこくすることなく離れていった。
一人になって思い出す。
素敵は二人だったな。
お父様とお母様に似てたってボトヴィッドも言ってたけど、俺もそう思う。
俺は…似てない。角もないし、お母様と似た白い肌くらいしか…
お兄ちゃんとお姉ちゃん…お兄様とお姉様?
呼んで無視されたら怖いな…
色々考えていると泣いていたせいか、初めての馬車の旅だったからかいつの間にか眠っていた。
フンフンと俺の顔の周りの匂いを嗅いで、ふっかふかの毛が擦り寄ってくる。
寝ていたという事に気が付いて瞼を開けると見覚えのない天井と青白いふかふかとしてもの。
胸の位置にいつもいるしなやかな体がない。
どこだろ…ボーっとした意識のまま、周りを見る。
「起きましたか?」
「ストラトス…朝食の時間か?ポール達はどうした?」
「「!!!」」
大きな欠伸とともに体を起こすとずるっと白いマントが頭から滑り落ち、長めの青い髪が垂れ下がる。
撫でていた手からブルーノが何故かプルプルしているのが伝わり、自然と笑みが零れ、満たされた温かい気持ち。
当たり前のように唇から出た言葉。
その言葉に驚いて号泣する二人。ストラトスは立ってられないのか膝をついてしまっている。
何か変なこと言ったかな?
……言ったね!!え!?今のなに!?
すっかり覚醒した頭でアワアワと取り乱して両手をばたつかせた。
「ごごごごごめんなさい!!!俺ってば寝ぼけちゃって!!別に、頭がおかしくなったわけじゃないから泣かないでください!!あわわ…お父様とお母様は!?伽羅は!?」
お父様とお母様と再会してもこんな泣き方してなかった人達なのに!
どうしよう…怒られちゃう?治療院に連れて行かれちゃう?
助けを求めるように、側にいたブルーノを見ると尻尾を振りながらウォンウォン泣いていた。
ちょっと…朝からカオス!なんで誰もいないの!?
騒ぎを聞きつけたのか、馬車のドアが勢い良く開くと、伽羅が取り乱して困っている俺目掛けて飛び込んできた。
勢い良すぎて止まることが出来なかった伽羅は、俺の顔面にいつも通り張り付く。
《大丈夫か!?すんごい泣き声がしたから飛んできたぞ!》
「うぶっ…うん、助けに来てくれてありがとう。」
《今、二人は買い出しに行ってんだけど…なんでこいつら泣いてんだ?大人を泣かせるような悪い子だったか?》
「違うよ!俺が寝ぼけて変なこと言っちゃったみたいで…」
《寝ぼけた言葉でこんだけ号泣する大人そうそう居ないぞ。》
「俺もそう思うけど…」
どうしたものか分からずに、ポケットに入れていたハンカチで一番涙を流しているストラトスの涙を拭ってやった。
美青年のお兄様を気遣う俺は、ちゃんと弟として周りから見られるだろうか。
こんな美形な兄妹に俺って…なんだか合わない気がするよ。不釣り合いってやつ。
「大丈夫?……お兄様?」
うん…もっと早く呼んであげるべきだと後悔してます。
俺は、両親の居ないところで呼んでしまうという失態を犯しました。
なんでこんなことを思うかというと…涙を拭いてあげていたハンカチが、美青年の鼻血で赤く染まっていっているからであります。
お父様!実の兄は、変態です!!助けて!!
殺気にも似た視線を感じて、嫌な心臓の音を鼓膜で受け止めながらリブラの方を見ます。
「ズルいです!わ…私も…呼んでください。」
「…お…お姉様?」
「ぶはっ!有難うございます!!!!」
助けて!伽羅もあまりのことに白目剝いてるよ!大人しそうなリブラが、鼻血を噴き出して倒れたよ!お礼までご丁寧に言ってる!
なんでこんなことに…ブルーノはジットリとした眼差しで二人の鼻血シーンを見ていました。