新たなる敵!ディモンスリッチ現る!
マヌケな失敗をした俺は、少し離れた研究施設に運ばれてしまった。
さっきまで貴賓室って綺麗なところに居たのになぁ…
あれから色々と誤魔化そうかとも思ったり、魔力を解放して滅茶苦茶にして逃げようかとも思ったのだが…ちょいと気になるワードが出てきたから、口を閉ざして抵抗することをやめた。
異世界勇者召喚。
この世界の禁忌とされていること。
あのムカつくブレスレットのアイツに言われていた言葉。
俺が見たあの球は、隣の国で行われる召喚術で使われるというのを貴族たちが漏らしたのだ。
というよりも何の目的か知らないけど、館の主である不気味な男アドマンが、口を滑らせるように話を振ったのだ。
そのことに関してクロサギは眉一つ動かさず、思惑が分かっているように澄ましていた。
頭の悪い子供の俺でも分かる。
逃がす気がない上、俺を利用する気だ。
龍魂は、以前俺がつけていた龍の指輪よりももっと強い龍の力と魂の結晶だ。
アクアが、自力で姿を取り戻せたのは奇跡に近い。
ダッセルのぬいぐるみという仮宿との相性が良かったのも大きいと思う。
アームにまでなってしまうと…姿を取り戻すのは、ほぼ不可能。
体を持たないとんでもない巨大な龍の力が、混じりっ気なく丸々凝縮されているのだ。
魔石など比べ物にならない。
前の世界の話で言ったら乾電池と発電所並みに違う。
異世界召喚は、様々な種族の血や魂、肉体を捧げたりしていたが、それにしても魔力が無ければ話にならない。
魔力が少ない亜人達は、魔石に頼るほかないのだけど…恐らく一回の召喚で成功しても失敗してもとんでもない魔石の消費になる。
それが、龍魂一つだけで賄える。
連れてこられた研究室を見回してみると気になるものがいくつかあった。
この世界には存在しないモノ。
ダッセルクラスの発明家で立派な道具や素材があるなら分かるが、こんな研究室でこれだけのものを作るのは無理だ。
というか、作ったのだろうか?
前の世界での例え話をした理由の一つ。
この部屋には、テレビやエアコン、小さな冷蔵庫という家電製品が並んでいるのだ。
まるで一人暮らしの男の部屋がゴッソリこの世界に現れた様に…
研究室って言ってもドアを入る前にそう書いてあったからなんだが…見れば見るほど独身男性の部屋だ。
物を作ったり研究するための道具が何もない。
「驚いたかい?僕も初めは驚いたよー。」
のんびりとおどけた口調で話し、床に転がる俺の体を踏んだ。
それも思いっきりね!
悪いけど、俺はその程度じゃ声を上げないんだから!
「これねー、全部異世界のなんだってー…クロサギが、色々教えてくれたんだ―。」
「……それで?俺にそれを話してどうするつもりだ…」
「んー?僕は、クロサギのいた世界に行きたいんだよー。凄いんだー。人間しか居なくて平和なんだよー。異世界から人間が呼び出せるならその逆もできるってことじゃないかなー。」
なるほど。
さっきいた貴族には、異世界勇者召喚に使うと大々的な理由を上げれば、世界平和に協力することになると解釈され、疑われることなく取引ができる。
個人で使うとあっては、貴族があんなお宝を渡すはずがない。
そして、クロサギは部屋ごと転移させられた異世界人…勇者として称号がもらえなかったのは、魔力がないせいか。
異世界が平和…俺の知ってる世界だったら平和なんか一部だけな気がするんだけど。
「つまりー、僕たちの邪魔しないで。」
「…そこのクロサギってやつも元の世界に戻りたいのか?」
「……そうだな。連載中の漫画の続きが気になる。」
オタクかよ!
こりゃまたどうしたもんかな…
アイツに相談したいけど今は無理だし…一時撤退する?
考えあぐねて居る俺をアドマンが蹴り上げ、壁へと移動させた。
俺は黴菌か!?手で触ったら腐って捥げるわけでもないのになんて扱いすんだ。
「頑丈なんだねー。普通、こんなにボコボコにしたら声くらいあげるのにー。可愛くない子供だねー。」
「……可愛くない子供で結構。無抵抗な子供をサッカーボールみたいに蹴りまくってる大人になるよりマシだ。」
あ、またやっちゃった。
殴られて思考がちょっと麻痺しちゃって、いつもの様に変なワード漏らしちゃったよ。
ポールやイヴェコと一緒だと別世界ワード漏らしても気にされないから注意もしてなかったんだけど…
今度はクロサギが、俺の髪を掴んで顔を近づけてきた。
「この世界にサッカーなんて存在しないはずだ…何故知っている。」
「…答える義務はないだろ。なるほど…モモの容姿を見て可愛いだけじゃなくてなんか引っ掛かると思ったら…桃色探偵ねこにゃんの桃花ちゃんか。」
「なっ!?なんでそれを!!!!」
興奮したクロサギが肩を掴んできて乱暴に壁へ押した瞬間、隠し扉が開いて本当の研究室が現れた。
扉が開いたってことは、押されたままの俺は研究室の床に倒れ、上からはクロサギが圧し掛かってきた。
クロサギの下でモゾモゾ動きながら顔を上げ、研究室を見て息を飲んだ。
桃色探偵ねこにゃんは、前の世界の知識で言うと青年誌で連載されていた、ちょっとアダルト要素のある萌え漫画で、主人公は探偵の青年で桃花ちゃんは猫耳の探偵助手、他の友人や依頼人たちも動物の耳が付いている。
なんでこんなことを思い出したかって?
そりゃ、目の前の巨大水槽に動物の耳が付いたカラフルな女の子たちが一斉にこっちを見てるからだよ!
怖い!ホラー映像だよ!
「…君は…本当に何者なんだ。」
「話して欲しかったらこの粘液をどうにかしてもらいたい…気持ち悪いんだけど。」
「それは出来ないよー。人間以外の生き物って野蛮で油断ならないんだもん。」
興奮と驚きで目がギラギラしているクロサギとは違い、アドマンは、底の見えないような暗い瞳で俺の頬を裏拳で殴り飛ばしてきた。
同じ個所ばかりを何度も殴って来るなんて…魔族じゃなかったら気を失ってるんじゃないか?
口に広がる血を床に吐き出し、苛立ちが限界を迎えそうな俺はアドマンを睨んだ。
「…お前たちの話は分かった。ここまで話を聞けたし、俺もあんまり傷物にされちゃ従者がブチ切れて手が付けられなくなるからここらへんでお暇するかな。」
「無理でしょ…その粘液は取れないよー。」
「…亜人ならな。生憎俺は亜人じゃない…アンタもこの状況見てんだろ…力の解放頼む。」
俺の言葉に反応する様、手首のブレスレットが青い光を放ち、締め付けるように固まってくる粘液を跳ね飛ばした。
—力の解放はしないよ。その代わり、私の力を貸してあげる。水魔法しか使えないけど。―
「……重力魔法が大事なんじゃないかぁああ!やっぱりへっぽこだ!」
カッコつけたのに、一種類しか魔法使えないってカッコ悪い!!
でも、自由が利くんだから良しとしなくちゃダメか。
飛散した粘液の中心でギャアギャアブレスレットに抗議していたが、静かな奴らが気になって目を向ける。
「…異世界から来た…勇者だというのか。」
呆気にとられながらもクロサギの口から洩れた言葉。
異世界からの勇者だったらちょっとカッコいいかも!
でも、残念!俺は魔族!しかもお貴族様ですよ!
「いや…通りすがりの美少年です。」
「「……覚醒魔人か…こんな小さな子供だとは予想外だったね…」」
声が二重に聞こえたかと思うとゾワッと嫌な空気がアドマンから溢れ出てきた。
本能的に身構え、無意識で怯えているクロサギの前に立った。
重く気持ち悪い黒い煙のような冷気が床に広がっていく。
さっきまでどう見ても人間だったのに…体が一気に夜の闇の様に真っ黒に変わり、炭の様に粉々になった。
突然のアドマンの変化に、クロサギが俺の服を握り締めて長身を震わせている。
「…ディモンスリッチ…お前は、封印されていたはずだ…」
顔は、アドマンのままだったが、体は真っ黒い霧で作られていて禍々しい。
魔国にいた時に本で読んだし、北の国の王であるボトヴィッドも話してくれたから知っていた。
黒い霧の邪悪な欲望の塊、ディモンスリッチ。
魔力を持たない唯一の魔族。
故に、魔力や魔素を必要とする魔族や亜人を嫌い、妬み、破滅させようと画策して魔王に封印された。
ディモンスリッチが相手じゃ、ちょいとばっかり分が悪い。
俺一人で戦うならできるけど、クロサギという無力な人間と建物にはモモもいるはずだ。
せめて従者のポールとイヴェコが居てくれたら…




