巫女との別れ
温泉設置に伴う作業が順調に進む中、この村に来て一週間が経った。
村の中は、劇的に変化していき、急ごしらえの温泉や冷まして使えば水よりも美味しい温泉水などで村中が清潔になり、食生活も豊かになった。
俺もこの恩恵にあやかろうと誰もいない時間帯に急ごしらえの露天風呂に入ったのだが…同じことを考えていたサフランに見つかり、お気に入りの花石鹸を取られてしまった。
温泉を掘り当てたのになんて仕打ちだろう。
っていうか、男の子が温泉に入っているのに、遠慮なく全裸で混浴するのはやめてもらいたい。
悲しいかな…
旅立ったばかりの頃のサフランよりも心なしかスタイルが崩れていたよ…可哀想に。
別に、花石鹸を取られたから不機嫌になったわけじゃないけど…俺は、無邪気で優しいお子様なので、サフランにちゃんとオブラートに包んで忠告してやったら魂がすっかり抜けた様な状態で温泉に浮いていた。
花石鹸分は楽しめたので良しとしよう。
そうそう、対応に困っていた巨大スライムポヨンは、温厚で可愛くて触り心地もよく、萎びた作物を美味しく復活させることができ、三日前からは体にため込んだ水分を霧状に舞い上げて村の渇きを潤す技を使うようになった。
温泉管理魔道具を作成調整している間も子供たちが引っ切り無しにポヨンの元に通いつめ、どっかの温泉施設の遊び場のようになっていた。
村人たちに、今後のポヨンについてどうするかという話し合いをしたとき、一週間前だとおっかなびっくりで対応に慎重だった人たちが、挙ってこの村に残ってもらう様に懇願してきたのだ。
俺だけのポヨンでは無くなったことにちょっと寂しさを覚えた。
大きくなかったら確実に連れて歩いたのになぁ…
伽羅とブルーノが居なくなってからペットロスなんです。
更に、村での話し合いで出たのが、ポヨンに温泉管理を任せるということ。
特殊モンスターだから魔力もあるし、この辺りのモンスターは強いからギルドの冒険者よりも強い用心棒にもなると言っていた。
サフランからポヨンの今後を話し合いの経緯と共に聞いた俺は、完全なペットロスで何とも言えない寂しさに襲われ、いつものように温泉管理設備を作っている現場で背中を丸めていた。
「エル、なんて顔してんだ…」
「ポヨンと離れたくない…」
「…体の一部を引き千切って持ってくか?」
「恐ろしい妥協案出してこないでよ…連れていけないのはわかってるんだけど、言いたくなったって気持ちを察してください。」
「エル様、ポールさんにそんなハードル高いこと望まないでください。」
イヴェコが、さりげなく毒舌だよ!
ポールが信じられないようなものを見る目でイヴェコを見ているが、当のイヴェコは涼しい顔をしている。
俺の側に肩を落としたポールが近づいてきたかと思うと、耳元で俺たち二人の相手をするとみんなブルーノみたいになるのか?って聞いてきたので、満面の笑みでイヴェコは、尻を噛んでこないからマシだろと励ましてやった。
確かに。と笑っていたポールだったが、俺のセリフをしっかり聞いていたイヴェコは、ポールに向かってこれ見よがしに歯を剥き出しにしてガチガチとわざと鳴らし、ビビってる姿を見て笑っていた。
オッサンがオッサンの尻を噛むとか誰得かわからないので止めて欲しいものです。
数日後には、温泉管理魔道具が完成し、ポヨンもすっかり馴染んでいた。
俺たちも目的地へと移動しなくてはならないので、そのことをサフランに話すと眉をハの字に下げ、俯いてしまった。
当然着いてくるものだと思っていたのに、返事がないし、顔を一向に上げようとしない。
その内、涙をぼたぼた流し出し、震える声で告げてきた。
「私は…この村から離れることが出来ません。会えたら一緒に旅に出る気で居ましたが…村には治療師が居ないんです。」
「なるほどな…残念だけど仕方がない。サフランの気持ちが変わらないうちに次の村へ行こう。」
この村は、国の中心からとても離れており、見放されたも同然の村だ。
俺たちが訪れた時、土地は枯れ、人々も生気が少なく、村中うめき声や腐敗臭がしていて、本当に死に取り付かれた様な村だった。
そのままだったら、サフランも村の将来を悲観してついてきたかもしれない。
でも、俺たちが村に希望と温泉を与えた。
息を吹き返した村を見捨てるなんて出来ないのがサフランだ。
自分が役に立てる居場所をずっと求めていたから。
「ごめんなさい…」
「気にしなくてもいいよ。ドジっ子巫女でも大事にしてくれる村なんだから…」
「サフラン…村で早くいい人を見つけて結婚しろよ。」
「サフランさん…えっと…仲間にサフランさんが幸せに暮らしていることを伝えておきますね。」
しんみりしてきてしまったけど、思い立ったら即行動!
この村では、ポヨンが復活させた果実以外持っていけそうなものは何もないので、水筒に温泉水を入れ、果実をカバンにしまってポヨンのいる広場へと移動した。
ポヨンはどこに居ても目立つと思いながら、子供たちに囲まれている姿を暫く遠くから見ていた。
さよならを言おうかと思ったけど、やめておくことにした。
きっとまた会えるような気がする。
何かあれば、この村にはサフランが居るんだからすぐに連絡してくるはずだ…エルグラン国にだけど。
馬を止めてある馬小屋へと移動し、馬に鞍をつけて後ろ髪をひかれながら跨ると、見送りに来ていたサフランに手を振って村を後にした。
次の目的地は、サフランに勧められた村を目指す。
村にいる間、この国の色々なことを聞かせてもらったまでは良かったんだけど、避けるべき場所や行って欲しい場所を言われ地図に印までつけられた。
行って欲しい場所は、キナ臭い場所。
俺たちは、世直し珍道中をしているわけじゃないんだけどなぁ…




