やっと会えたね
俺のマヌケな返答で激しくドアをノックする音が止んだ。
呆れたのかもしれないけど、とりあえずドアが壊される前に止まってよかった。
ホッと胸をなでおろすが、俺の仕事はまだ終わっていないんです。
カンバーさんが、先ほどチラッと言っていたんですけど、監視しのためのものに植物で妨害したと。
俺に抱き着いたところを見られると不都合なことがあるのかもしれません。
きっと、まだドアの前に、様子を見に来ている怖い人がいるのだと思われます。
カンバーさんが怒られないように立ち回らなくてはならない。
「今、開けますから…怖いことしないでくださいね…」
俺の行動を止めようと手を伸ばしてきたポールやカンバーさんの手を払いのけ、口元に指を立てて静かにしていてくれと指示をして、外を覗き見るようソッとドアを開けた。
ドアの外には、額に宝石の付いた人が無表情で立っていた。
「あの…何の御用でしょうか?」
「カンバーはいますか?」
「はい…あの…その…カンバーさんを怒らないでくださいね。お…俺が我が儘を言って植物をたくさん出してもらったんです。」
「……客人の指示でしたか…」
「俺は、緑に囲まれている方が心休まるので…」
怖いよー!表情が全く変わらないし、何か話すごとに額の宝石が不気味に光るんですよ!
魔人ともモンスターとも違う雰囲気に気圧されながら、ドアを少し開いて中へと招いた。
いやに静かな背後を見ると、カンバーさんが、地面に額を擦りつけて正座している。
このよく分からない人はそれほど怖い人なのだろうか…
「申し訳ございません…」
「なぜ、招待客以外を招いた…それにこんな勝手なことを…兄さんに知られたらとんでもないことになるよ。」
カンバーさんの全身が凍り付いたように動かなくなった。
兄さん…この人のお兄さんはもっと怖い人なのか…どうしよう!何とかしてこの場を乗り切らないと!
「あ、あの!俺が、怖がりで弱いから…カンバーさんに無理を言って護衛を…」
「やっぱり…アジュールか…ということは、親玉はライルか。」
俺が話している途中で、不敵な笑みを浮かべたポールが一歩前に出て、カンバーさんと怖い人の間に立った。
ポールの知り合い祭りなの?
どういうことかわからないでオロオロとドアノブを掴んだままでいると強い力で背後から首を掴まれた。
「グッ!…はっ…」
《エル!》
「…兄さん…わざわざ来なくても…」
「……昔馴染みだから殺さずにいてやる…昔話でも存分にしていろ。」
首を締めあげられて苦しい中、俺を捕まえている人の顔を見ると、先ほど部屋に招いた人と同じ顔をしていた。
徐々に首を絞めてくる力が強くなり、霞む視界の中でポールが剣を振りかざしているのが見えた。
駄目だ…大人しくしてないと…皆殺されちゃう。
「ぽ…ポール…ダメだよ…グゥッ…」
何とか声を絞り出せたところで、意識を強制的に手放すことになった。
兄様とブルーノの声を遠くに感じながら。
なんだろう…フワフワ暖かい。
ああ、柔らかい布団だー。もうちょっと寝てようかな……ってそんな場合じゃない!!
いつもならまだ寝ぼけてゴロゴロしているところだが、ポール達の顔が過ってすぐに意識が覚醒した。
瞼をカッと見開いて勢いよく飛び起きるが、周りは全く見たことのない部屋だった。
真っ黒で統一された部屋。
壁もベッドも家具も真っ黒で、宛ら悪の親玉の部屋って感じ…って感じじゃなくてそうなのかもしれない。
そういえば、周りを見回しても誰かがいる気配がない。
状況を聞こうにも人が居ないから聞きようがないので、仕方なくまたベッドに寝転んだ。
それにしても、このシーツとかすっごく肌触りがいいなぁー。
どうしようかなー。
…現実逃避はやめよう!脱出一択で行動するしかない。
俺は、殺されかけたし…ポール達は顔馴染みで殺さないでいてくれるみたいだから無事脱出してくれるのを他力本願だけど祈るしかないな。
ベッドから抜け出て、ドアノブに触れるが…うん!鍵かかってるよね!
そうだ、魔法!…あれから使えてない…
「はぁー…どうしよう…俺、なんでこんなに弱っちいんだろ…」
「魔法は使えないのかい?」
「―――――――っ!」
どうして俺の周りって平気で気配を消すことができるんでしょうか。
声にならない悲鳴と共に体中の毛穴が全部開いたかと思ったよ。
近すぎる距離で会話をするのは怖かったので、返答する為、いつのまにか真横にきていた人物と距離を開けるように飛び退いた。
「つ…使えません…」
「ふーん…」
「あなたは…誰?」
凄く綺麗な人だった。
綺麗な人なんだけど、何処か怖くて…瞳を見つめ続けていたら深い闇に引きずり込まれそうな感じ。
誰かと聞いた瞬間、眉間に皺が寄ってみるみる険しい表情に歪んでいく。
「アイツらが言っていたことは嘘だね…俺のエルが、俺のことを誰かなんて聞くはずない…」
「えっと…ポール達は?」
「アイツらなら煩いから国の外へ追い出したよ…安心したまえ…君も追い出してあげる。」
良かった。無事早めに帰れる…
ホッと胸をなでおろし、固まって居た表情が少しだけ解れたところで悪魔のような表情が目の前に現れた。
「俺を期待させて裏切った罰で…君を殺してからね…」
体中の血がサッと引いていくのが分かった。
これは、確実に殺される。
目の前にいるのは、綺麗な姿をした残忍な魔族。
「そんな…最後に兄様と姉様に家族に会わせて…ポールやブルーノに会わせて…」
恐怖が通り過ぎ、淋しさと恋しさに涙が溢れて止まらなかった。
両手で顔を覆い隠し、膝から崩れ落ち立ち上がることが出来ず、高笑いをしている魔族の足元で泣いているしかできない無力な自分。
悔しい…でも、どうにもできない。
ーコンコン
「兄さん、ちょっといいかな。」
「ああ、アジュか…」
ノックをして入ってきたのは、宝石の付いた魔人と同じ声をした、綺麗な魔族。
二人は兄弟なのか…なんで俺は兄弟の側にいないんだろ。
涙で濡れている俺の頬を片手で掴んで、兄の方の魔族が俺を上へと持ち上げた。
「アジュ、これもハズレだ…見せしめに殺そう。死体をポールに渡そうじゃないか…アイツはいつも目障りだしね。」
「兄さん、殺すくらいなら俺に頂戴。この子、カンバーの話だとポールの婚約者らしいから犯して帰した方が効果的じゃない?」
「……ポールの婚約者?俺達から何度もエルを奪ったのに…?はははははははっ!!!」
頬で持ち上げられている痛みと二人の話していることへの絶望感に脱力していると、いきなり先ほど寝かせられていたベッドへと放り投げられた。
フカフカとは言え、勢いよくマットに叩きつけられ、カハッと息を吐いた。
起き上がろうにも狂ったように高笑いを続けている魔族の兄の方に馬乗りになられ、圧迫されて起きることができない。
なに…なんなの?
鬼気迫るものがあり、逃走本能が働いて暴れるも、頬を強く殴られて頭の芯が痺れた。
「…いやだ……助けて……」
口の中に血の味が広がる。
縋るような思いで、ブレスレットの青い石に唇を押し当てて助けを求めた。
青い石は、俺の言葉に反応して眩い光を放って、辺りを覆いつくした。
ーやれやれ…困った兄弟だね…最悪のタイミングだけどしょうがない…君が傷つくのを見るのは嫌だから…
頭の中にいつか見た夢の声が響く。
靄のかかっていた部分が、光が引いていく毎に鮮明になって、色々なことを思い出した。
光が無くなると目の前にいる人物が誰なのか分かった。
目を瞬かせてから何もなかったように俺の細い首筋に唇を這わせていく。
「ひやぁああああ!!兄ちゃん!!!!!俺、妊娠しちゃう!!!!」
さっきまで怖くてしょうがなかったのに、肌を泡立たせて黄色い間の抜けた声を上げてしまった。
う…美しい兄ちゃん…しかも、アジュが見ている前でだなんて…なんてプレイ!!!
興奮のあまり、鼻息荒くキョトン顔の兄ちゃんにデレデレ笑いかけてしまいましたよ。
「「……エル?」」
「…なに?」
二人揃ってどうしたんだろ…って、あそっか!俺、偽物扱いな上、ポールへの見せしめとして、えっちぃことされて返されそうだったんだ!
色んな事を思い出して混乱しちゃった…えっと、どうしたらいいんだろ。
「本当にエル?」
「エルグラン・ランチアです…えっと…優しくしてください。」
ポッと頬を染め、顔を思わず背けてしまいました。
前世だとガチ兄弟だったけど、今なら体的には血の繋がりがないから…兄ちゃんと致しても…ね!
ただ、アジュの前ってのが嫌だけど。
そんな気持ちが自然と籠ってしまい、アジュの方を見るとプルプル震え出した。
「兄さん、俺が先にこの子とする。」
「え、俺がお断りだよ。」
「なんで!!」
「兄ちゃんだからいいんだよ!おまえは、変態っぽいプレイしそうだから絶対にやだ!ほら、部屋から出てけ!」
シッシッと片手で外へ行くように促すが、駄々っ子のように首を横に振って嫌がる。
お前がいると兄ちゃんが次の手を出してこないじゃないか。
そんなことを思っている俺の頬に温かなものがポタポタ降ってきた。
兄ちゃんが無表情で泣いていたのだ。
俺と視線が合った途端、ゆっくりとした動きで、俺の上から退いてベッドに座り込んだまま動かない。
何かをずっと繰り返し呟いていて、耳を近くに寄せると、泣きながらずっとごめんを繰り返して言っていた。
「…アジュ、ポール達を呼び戻せ。俺の現両親もだ。」
「わかった…本当にエル君なんだね…」
「…どーかなー…違うかもよー?」
「……間違いなくエル君だね。」
兄ちゃんの隣に腰を下ろし、泣いているのか震えている背中を撫でながら、満面の笑みで出ていくアジュを見送り、慰めるよう肩を抱き寄せた。
正確には、俺の方が小さいから俺が寄っていく感じだけど。
「兄ちゃん…さっきすっごく怖かったし痛かった…」
「ごめん…酷いことしてごめん…限界だったんだ…言い訳にしかならないけど。」
「許さない…今まであったこと洗いざらい話してね。」
涙に濡れて光っている長い睫毛に唇を寄せ、軽くチュッと音を鳴らして微笑みかけた。
兄ちゃんの瞳に映った俺の頬が、殴られて赤くなっていたのだろう。
何度も掌で痣を撫でては涙をぽろぽろと溢れさせるのだった。




