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領主さんちの次男坊です。  作者: 小さい飲兵衛
第1章 北の国から
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麗しの鬼姫


物凄く長い廊下の間には、いくつも美しい引き戸式のドアがあり、中は香木という匂いのする木も使用しているという事で、品のいい香りがしていた。

素晴らし屋敷で、姫や砂霧さんにも拙い言葉で伝えたが、東の国の身分の高い人の家は皆こんな感じだという。

俺の屋敷の一部もこうしてくれないかとお父様に頼んだら、技術が違うから無理だと笑いながら言われてしまった。

随所に散りばめられたこの屋敷の艶やかだけど品がある美しさをなんて言ったらいいのか分からなくて、閉口気味だった俺の中に浮かんだ言葉の一つを砂霧さんに告げると、目を見開いて驚いた後、とても嬉しそうに笑って姫に俺の告げた言葉を教えに行った。


「この屋敷は耽美(たんび)そのもの。」


深い意味はよく分からないけど、ストンッと胸に落ちた言葉だったので伝えたけど、そんなに喜んでくれるとは思わなかった。

兄様は、それを聞いて目を細めながら俺に近づいてきた。


「そんな教養があったとは初耳だよ。」

「そう?」


今更、頭に浮かんだだけなんて言い出せる空気じゃなかった。

するとそんな俺の心を透かして見えていたかのようにポールが割って入った。


「俺でもその言葉を聞いたのは数年前だ。まさにこの屋敷だな。艶やかで美を追求し続けている感じがする。」

「分かりますか?実は、この屋敷は姫様の思い付きをすぐに取り入れております。姫は美を愛でるのがお好きでして…」

「爺や…私のことは良い…屋敷を褒めて頂いて嬉しく思う…だが、そんなに見ていては穴が開いてしまう。」


砂霧さんの話が長くなりそうだった絶妙なタイミングで姫が入ってきた。

なんともよくできたお姫様だと思う。

身長的には俺と同じくらいなのに、俺より大人びている。

家臣を嗜めながら冗談を交えてはぐらかす。

こういう女の子がいるのかと恐縮してしまった。


「ここが、謁見の間だ。本来なら私の両親が私と共に挨拶をしなくてはならないのだろうが…二人とも病床に臥している故、無作法だが勘弁願いたい。」

「大丈夫なの?」

「ああ、ただの食あたりだ。」


冗談なのか真実なのか分からない返答をしながらケラケラと笑い声をあげ、手を団扇のようにヒラリと振って使用人に引き戸を開けさせた。

本当に俺と同じ立場の子供なのだろうか…とても立派でそつが無い。


開かれた先には、目を見張るほどのだだっ広い空間が広がっていて、その先に彫刻が細かく刻まれて艶のある椅子が、一段上がって用意されていた。

椅子の置いてある壁には金の装飾がされており、その他の三方には味のある独特の筆運びで書かれた絵が描いてあった。

本当にどれをとっても美術品で、芸術が好きなお父様は、すっかり鑑賞体制に入っていて俺達の言葉が聞こえていない様だった。


「お父様は、ああなったら暫く声が届かなくなってしまうから…放っておいてもいいかな?」

「あはははは。お互い、親に苦労しているようだな。」


そういって快く了承してくれ、奥へと通された。

姫は、流れるような動きで椅子に腰を下ろすと、使用人に人数分の椅子を持ってくるように指示した。


「この国のものは、みんな床に座布団というものを敷いて座るのだが、北の国出身のそなた達には慣れないこと故、私と同じように椅子を用意した。」

「有難う…本当に文化が違うんだって実感するよ。」


用意された椅子に腰を下ろしたのを見終わると、俯いて後頭部で縛っていた紐を解き、仮面を取った。

現れた顔は……そばかすのある一重の切れ長な目をした普通の顔だった。

俺は、変なリアクションを取らないようにと口を結んで、自分のマントを取り去った。


「そなた…男だったはず…」

「男だけど…変かな?屋敷以外で人に姿を見せるのが初めてだったから…よくわからなくて…」


姫の問いにおかしなところがやっぱりあったのかと自分の体を見たり、顔を触ったりしていたが、眩しい位の笑顔で俺の動きを制していた兄様に戸惑いながら動きを止めた。

姫は、椅子を下りて俺の真ん前までやってくると、目を輝かせて顔を覗き込んできた。


「なんと…そなた…この屋敷の何よりも美しいではないか。そなたの兄上も美しいと思っていたが…そなたはそれ以上だな。」

「俺が兄様より!?ないないないない!俺は…兄様に似てないし…」

「……似てなくても私達の血は繋がっているよ?」


自分で言ってて惨めな気持ちになって涙ぐんでいたら、兄様が俺を強く抱きしめて耳元で囁てくれた。

なんて素敵な兄様なんだろう…鼻血さえ出てなきゃ自慢の兄様。

鼻血…兄様は出てないのになんで俺の頬に血が付いているのかな?

横を見ると、鼻血をダラダラ垂らしてる姫が居た。

姫のこの表情見たことがあるよ…慈愛に満ちているけど、息遣いが荒くて鬼気迫るような感じ。

姉様が、よくこういう顔してる!


「姫様?」

「カワユス…テラカワユス!…何たる尊さ!!」

「へ?…どうしたのかな??」

「そなたは…兄と通じておるのか?いや!私が無粋だった!!通じてないはずがない距離感!わかります!」


どういうこと?姫様は何か分かってるみたいだけど、俺は言ってる言葉がよく分からないよ。

頬に付いたままだった血をポールが、苦笑しつつ胸にさしていたスカーフで拭いてくれた。


「明日、リブラを連れて来てやったらどうだ?」

「姉様を?」

「なんだ…そなたには姉もいるのか。」

「こいつの姉は、貴女と気が合うかと…」


ポールの言葉に、姫様の目が光り、いきなり両手を軽く叩いて使用人を呼びつけ、耳元で何やら囁くと使用人は、頷いてその場をそそくさと後にしていきました。

ポールの言葉遣いに怒ってしまったのでしょうか?


「ポール、言葉遣いが悪かったんじゃない?」

「そうか?」


こそっとポールの耳元へ囁くと、姫様がまた慈愛に満ちた目で見てきます。

俺にはちょっと姫様のことが理解できないかもしれません。

使用人があっという間に戻ってきました。数冊の冊子を抱えて姫様に近寄り、跪いて差し出し、鼻息荒いままの姫様が受け取るとポールへと差し出しました。


「この本を姉上に見せるがよい…気に入ればまだあると託も頼むぞ。」

「恐らく明日には来るかと…リブラと全く同じものしか感じませんから。」


引き攣り笑いを浮かべながら本を受け取ったポールに対して、姫は高笑いをして会談を始めた。

あれこれ話しているうちに、お父様が現実に戻ってきて一緒に話をしながら、出された料理に舌鼓をうった。

食事も美しく、味も繊細でとても同じ魔国の食事だとは思えなかった。

姫たちとの仲も深まり、日もすっかり暮れたので宿に帰ることを伝えると、先ほどの本以外にもお土産をいくつか持たせて貰った。


帰りの籠の中で、俺は本が気になって開いたけど…恥ずかしくなって一ページ読んで閉じてしまった。

男と男の禁断の愛っていう事が書いてあり、先を読む勇気がなくて無言で本を戻した。

男と男…あっ!兄様と俺が恋人同士だと勘違いしてるのかもしれない!今度会った時に訂正しないと兄様の迷惑になっちゃう!!

もしかしたら、姉様も!?宿に帰ったら言わなくっちゃ!

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