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領主さんちの次男坊です。  作者: 小さい飲兵衛
第1章 北の国から
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もう1人のエル

何の力もない弱い俺が原因で、周りの大切な人たちが傷ついていくかもしれない不安から全身に力が入らなくなり、足元が覚束なくなってしまった俺を兄様が優しく抱きかかえ、連泊を決めている宿に向かっている途中、兄様が、唇を寄せてきて温かい吐息が掛かかり、不意の擽ったくて肩を縮めた。


「兄様、擽ったいよ…」

「ごめん…私達に用がある人が居るみたいだから、道を変えるよ。」


優しくてウットリしてしまいそうな甘い声に、囁くよう言われた内容は不穏なものだった。

伽羅も気配を感じ取っていたみたいで、俺の背中にしがみついて兄様の行動に身を委ねた。

見えてきた角を曲がったら兄様に抱かれているはずなのに、側に誰もいないような錯覚を覚え、頭が混乱して抱き着く腕を強めた。

これが、兄様が前に話してくれた暗躍というものなのかもしれない。

くっ付いてるのに気配を感じないなんて…流石Sランク冒険者なだけある。


「さて…この辺ならいいだろう…」


立ち止まって後ろを振り返った兄様の言葉で、いつの間にか細い路地に入っていたことに気が付いた。

夢でも見ているような景色の流れ方だったので、頭が少し惚けているのだろうか。


「暗躍を使ったから、少し酔ってしまったかな?」

「…なんだか、ぼんやりする…」

《うぇええ…俺は気持ち悪い…》


伽羅は、本格的に酔ってしまったらしく、俺の背中から肩へと移動して伸びていた。

柔らかな毛を撫でながら兄様の向けている視線の先を見た。

壁から霧が出てきたかと思うと人の形になって、徐々に実体になった。

鬼だ。東の国ならではの前合わせの服に身を包んだ細身の体。

顔には皺が刻まれ、長いひげも髪も真っ白な老人だった。


「北の国の客人とお見受けした。」

「だったらなんだ…」

「忌々しいあの国の夜会への参加者であろうか?」

「名乗らずに、不躾な質問…それを答える義理はない。」

「失礼した。儂は、華村院家家老、砂霧源十郎と申す。この度、我らの幼き姫が夜会に参加せねばならん。」

「なるほど…町中の噂になっていたから耳にしている。私は、この子の兄で護衛を兼ねているストラトスというものだ。東の国の要人が私達に何の用ですか?」


二人の空気がピリピリ緊張してるのが分かる。

俺も名乗った方がいいかと思ったけど、伽羅に口を塞がれて名乗らない方がいいと仕草で指示された。

そうだよな…エルって名前じゃなくてエルグランまんまだもんな。


「姫が、あの国へ行くことに大変不安に思っている。同じ指名を受けた者同士、是非そちらの子供を屋敷に招待したい。波長が合えば友人になっていただけないだろうか…」

「そういうことか…」

「ぷはっ!…いいよ!俺、会ってみたい!」


伽羅の手を退かし、兄様が答える前に俺が片手を上げて答えてしまった。

俺も不安だから兄様にこうして抱き着いてるわけだし、きっとそのお姫様も一緒なのかもしれない。

仲間は多い方が心強いよね。

砂霧さんは、先ほどの険しい表情ではなく、好々爺なものへと変わり、丁寧に頭を下げてお礼を言ってきた。

お姫様のことをとても大事に考えているんだろうな。

様子を黙って見ていた兄様は、勝手に返事をしてしまったことを叱らずに頭を撫でてくれた。

一方の伽羅は、呆れながら俺の肩をペシペシ尻尾で叩いてきてたけど。


華村院のお姫様は、出発まで時間がないから出来れば、1時間後に宿へ迎えに行くから待っててほしいと言っていた。

俺達のように高速馬車じゃなくて、だいだら法師という大きなモンスターが籠というものを担いでいくので早めに出発しなくてはならない。

出発の日は3日後だから本当に時間がないみたい。

俺と兄様は、砂霧さんの話を受け入れ、宿の名前を告げてからその場を後にした。


宿に着くと、ポールとブルーノが先に帰っていて、少ししてからお父様達も大量の買い物袋と共に帰ってきた。

兄様の呼びかけで、部屋のリビングへ集まって貰い、砂霧さんの話をした。

今回、御呼ばれした俺は、姉様とお母様に言われるがまま貴族らしい服と髪型へと支度をさせられ、兄様たちは、誰が付きそうで行くのかを話し合った。


別室で支度を整え終わる頃、兄様とお父様、ポールが入ってきたが…皆も支度を終えたようで、兄様はぼーっと見入ってしまうほど素敵な格好をしていて、どこから見ても侯爵様って感じ。

滑らかな素材で作られたダークブルーの燕尾服が、喜んでいるように見えます。

お父様は、いつも通りの格好ですが、お母様が隣でうっとりしていて、姉様と二人で笑い合ってしまいました。

一番変わったのが、ポール。

鎧を着ていないのもそうだけど、髪に整髪用の油を付けてブラウンカラーのお洒落な燕尾服を着ている。

顔の傷が、強面な感じを引き出してる気がするけど、笑顔が柔らかいせいか粗野な感じがない。


「3人とも素敵だよ…あの…俺は変じゃない?」


華村院へ着いたら白いマントを脱ぐ予定だからと、女性陣が張り切って用意してくれたけど、初めて着る服と髪型にどうにも落ち着かない。

鏡で全身見たけど、やっぱり男性陣の意見も聞きたい。

俺は、3人の前に出てクルクルッと両手を広げて回って見せた。

どんなこと言われるか胸を躍らせて見上げるが、言葉が落ちてこない。

というのも、お父様は無言で涙を流していて、兄様は安定の鼻血。

ポールは、何とも言えない複雑な表情で俺を見つめ続けていた。


「…ポール、どうしたの?似合ってない?」

「いや…いいと思うぞ…」


そう言いながらも俺に、いつもの白いマントは着せ始めた。

良いと思うなら、すぐにマント着せるんだろ…やっぱり、似合ってなかったかな…

膨らんでいた気持ちが、しゅんっと萎んでいくのを感じてマントの前合わせを両手で握ってうつむいてしまった。


ーコンコンー


「お迎えがいらっしゃいました。」

「はい、すぐに行きます。」


時間通りに着たようで、接客係の人が呼びに来てくれ、お父様が返事をして俺の肩を抱いて歩き出した。

着替える暇もない…向こうで笑われなきゃいいけど…

ポールの態度がすっごく胸の引っ掛かっていた俺は、無言のまま華村院のお屋敷へ籠に乗って向かっていた。

乗ったことがない乗り物だったから浮かれた気持ちで乗りたかったのに、ポールのせいで台無し!

俺の元気がないのを気にした砂霧さんが、この国の色々なことを教えてくれた。

まず、籠というのは、蔦と板で作られていて、モンスターから採取した塗料で固めるように塗られた小部屋のようなものに、太い丸太が刺さっていて籠を2体のだいだら法師が持ち上げて走る。

東の国ではポピュラーな乗り物なのだと話してくれた。

マントで半分くらいしか見えなかったけど、だいだら法師って俺の国のジャイアントみたい。

ジャイアントは、北の国だと農業用に使役されてる。

東だと籠などの運送用なんだって。

砂霧さんの話で少し気を取り戻した俺は、籠にも小窓が付いているので、ちょっと外を覗き見たら馬車と違ってゆったりと進んでいた。

東の国の道は広いなーって思ってたけどだいだら法師で移動することを考えて作られてるんだね…


「砂霧さん、大通りはこれで移動できるけど、わき道に入るときはどうするの?」

「わき道に入る予定がある移動は、こういった大型の籠ではなく、軽量化された小型の籠になります。」

「だいだら法師は?」

「これは、大型用なので。小型用は牛鬼が担ぎます。」


外国は面白い!景色も違えば、文化も呼び名も何もかもが違うなんて!

もう少しこの国を見て回りたいなー。



もう少し乗ってたかったけど、砂霧さんが俺の隣に着て、小窓の外の赤い大きな門がある赤と黒で統一された建物を指さして目的地だと教えてくれました。

真っ赤な門と屋敷を囲む真っ赤な塀には、所々に花の絵や彫刻が施されていて美術品のようです。

籠が止まると、屋敷からぞろぞろと魔人やモンスターが出てきて規律正しく列を作り、外から恰幅のいい老人が籠の扉を開けてくれた。


「いらっしゃいませ。突然お招きいたしました申し訳ございません。ささ、中で姫様が待っておられます。」

「こちらこそ、お言葉に甘えて伺わせていただきました。よろしくお願い致します。」


大人同士の堅苦しい挨拶を済ませ、籠から出ると改めて屋敷の美しさと使用人の無駄のない動きに溜息を吐いた。

なんて素晴らしいんだ…こんな美しく素晴らしい屋敷に住んでいるなんて、きっと美しい姫に違いない。

籠から屋敷へと続く黒い石畳は、つま先が引っ掛からないよう磨き上げられて、ピッカピカで平らになっている。

鏡のような黒い石だから宝石の上を歩いているみたい。

靴の裏で傷つけてしまわないか心配になってしまう。


「待っていました…」

「姫様!中でお待ちくださいと申しましたぞ!」

「煩い…客人よ、私が案内させて頂く。」


俺と同じで、姫も顔を隠すよう真っ白で微笑みを浮かべているような人の顔をした仮面をつけていた。

しかし、その仮面に違和感を持たせるような感じはなく、凛とした声と姿勢に、それがアクセサリーであるかのような良さを出していた。

屋敷も使用人もこの姫も気品と美しさで出来ているようだった。

俺は、吸い込まれるような、この魅力に言葉を無くし、只々言われる通り姫と砂霧さんの後に続く、お父様とお兄様の後ろを歩いていくしかなかった。


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