夜会の恐怖
あの国の本がないなら、他の本を購入することにした。
まずは、この国のことが知りたいから、”東の国の旅の友”という本と”東の国のここが知りたい”という、東の国に特化した本を二冊購入。
あとは、馬車で移動している間に読む本を数冊購入した。
ちょっと、予算オーバーしちゃったけど、その分何か諦めれば何とか大丈夫そう。
因みに、国は違うけど通貨は魔国全体統一されているので、価値観もそんなに違いはない。
購入予定の本を籠に入れるが、重くてフラフラとしていたら、黙ってポールが全部レジまで持ってくれた。
強くてさりげなく優しいなんて…とってもモテそうです。
「ポールは、モテそうだね。」
「この場に、ブルーノが居ないのが唯一の救いだな…俺は、お前以外の奴に、そんなこと言われたことがない。」
《顔が、モブなのと性癖が変態だからじゃないのか?》
「伽羅、メッ!」
伽羅は、すぐポールとブルーノに突っかかっていくので、たまに怒らないといけなくなりました。
人の嫌がることを言ってはいけないと教えてくれたのは、伽羅なのに忘れてしまったのかな?
大きな本屋さんなので、購入する人も多く、レジが混んでいて長い列になっています。
「聞いた?この国の代表は、華村院家らしいわよ。」
「確か、侯爵家よね?」
「ええ…エルグランに幼い子供を行かせるなんて可哀想ね。」
聞こえてきた会話に、思わずポールを見てしまった。
ドキッとしている俺とは対照的に、ポールは動じることなくまっすぐ列の先を見ている。
フワフワ浮いていた伽羅が俺の肩に凭れかかる様に降りてきて、小さな口を耳元へと近づけてきた。
《南の国も西の国も貴族の子供を行かせることになっているんだ…本国からも行かせるって聞いたよ。》
「探しているんだ…国と同じ名前を持つ子供を…」
視線を俺に合わせることなく、まっすぐ無表情で前を向いたまま俺に教えてくれた。
情報が不足している俺は、周りの噂話からも情報を収集することにした。
噂によると華村院家の子供の名前も恵瑠という2歳の女の子で、見た目は麗しい鬼らしい。
国によって種の呼び方が違い、この国ではお父様も鬼に入る。ポールも鬼。角が額から出ているものはそう呼ぶ。
噂話に耳を傾けていると他にも情報がつかめた。意外に皆お話し好きみたい。
西もエルグという名の男の子で俺と同じ3歳で見た目は5歳児くらいの吸血鬼、南はエルシアという女の子で2歳で見た目俺と同じくらいの大蛇とそれぞれ種は違うけど、エルと名付けられていた。
本国の子供の名前を聞いて驚いた。俺と同じエルグランだというのだ。
更に驚くべきは、本国とは、瘴気が凄くて大魔王直属の部下や親類しか住むことが出来ない国。
魔国の本拠地からも人質的なものを引き出したのか。
因みに、本国も謎が多くて俺と同じ名前を持つ子の情報も名前以外知られていないらしい。
伽羅の話だと、あと3週間後にエルグランで夜会が大々的に行われ、その夜会に俺達が各国の代表として招かれているという形らしい。
それも開かれる夜会は、今回で2回目。
開催回数については、伽羅もポールも驚いていた。前回の話を聞きたいけど、誰か知らないかな…
「ポール…前回の参加者を探そう…それによっては、対策が出来るかもしれない。」
「…ははは…お前らしいな。」
「え?…何が?」
「ストラトスを呼んでみろ…アイツはこういうことが得意だ。」
やけにポールが嬉しそうに微笑みながら教えてくれた。
よくわからないけど、兄様を呼べばいいのかな?でも、レジに並んでるのに大きな声出して兄様呼ぶのも気が引ける。
「どうした?名前を呼ぶだけでアイツならすぐに来るぞ。」
「そうなの?大きな声出さなきゃいけないのかと思って考えちゃったよ…んっんっ…」
兄様の名前を口にするのってちょっと緊張しちゃうから喉の調子を整えちゃったよ。
「ストラトス…兄様…」
うあ、なんか恥ずかしい!両手で赤くなっているであろう頬を抑え、にやけてその場で何度も足踏みをしながら回ってしまった。
俺のどうにもならない気恥ずかしさでジタバタしている体を押さえつけるように兄様が背後から抱きしめてきた。
「兄様!」
「ああ、私の可愛い天使!!どうした?ポールさんに変態的なことされたのかい?」
「会わないうちに本当に失礼になったな…コイツがお前に頼みがあるんだってよ。」
《…屋敷から出て色んな奴と会うんだろうって思ったけど…変態ばっかりと会うな。》
「伽羅、メッ!」
兄様の腕の中で今まで聞いたことと、知りたいことをポールと二人で伝えた。
俺の話を聞いた兄様は、前回の夜会の話を少しだけ知っていたが、わざと黙っていたという。
前回の夜会は、とんでもないものだったというのだ。
それも原因の一つで、各国の王達は貴族の子供を差し出さなくてはならなくなった。
前回の参加者の内、北と東はダミーの奴隷である子供を。南と西は子供に見える種の大人を参加させたが、子供は戻らず、大人は体の一部だけが帰ってきた。
そして、警告文が後日届いた。内容は明らかになっていないが、王達の背筋は凍り付いたそうだ。
本国への招待状は前回なかったそうだが、今回は脅しのような招待状が届いた為、参加するしかなかった。
この話を聞いた時点で、事実上エルグランが魔国を乗っ取っているように感じた。
探しているものが見つかったら、こんなことは、もうしないのだろうか…
あの国が何を考えているのか分からない。ただ、狂ったようにエルグランというモノを探している。
「ストラトス…そいつは、もう宿に帰した方がいい。」
「そうですね…買い物の続きをお願いします。」
《もう、ストラトスいきなり居なくなって…大丈夫?》
《大丈夫じゃねーよ…でも、いずれ知ることを早く知っただけだ。後のこと、ブルーノ頼んだぜー。》
ブルーノが合流したのは見て分かったけど、なんでだろう…
皆の声がちょっと遠い。
声を出したいのに、喉の奥に何か詰まっているようで出ないし、唇が震えてるのが分かる。
怖い。何が怖いって、俺がどうなるか分からないのも怖いけど、一緒に行く皆に何かあったらってことに気が付いてしまった。
”大人は体の一部だけ帰ってきた”
いくらポールや兄様、姉様、ブルーノ、お父様が強くても、争いになったら敵わないかもしれない。
上手く切り抜けられてもケガをしてしまうかもしれない。
どうしよう…考えないと…
俺に何かできたら…皆を守れる力があればいいのに。
兄様に抱きかかえられながら体が冷えていくのを感じ、兄様の首に縋り付いた。
「兄様、ごめんなさい…危なくなったらお父様とお母様を連れて逃げて…」
「……お前を置いて逃げるくらいなら、私達は危ない方を選ぶ。」
《ったく、お前の悪い癖だな…自分だけで抱え込むなよ。》
「伽羅…ごめんねぇえええ…えーん。」
弱くて、頼ってばっかりで、自分一人では何もできないから迷惑ばっかりかけてしまってる。
自分は、なんて無力なんだろう。
情けない気持ちと申し訳ない気持ちで涙が止まらず、ブレスレットに涙が落ちて濡れると、また少しだけ青い石が温かくなって慰めてくれているようだった。




