全裸の朝
だいぶ長く寝ていたのかもしれない。
上か下かもわからない位、目を閉じていてもクラクラ目が回っている状態で目を覚ました。
体がとっても重いし、頭もボーっとする。
少しずつ頭がはっきりしてくると、自分が暖かく柔らかいベッドに寝ていることがわかった。
いつの間にか町に着いちゃったのかな…やっぱり、ベッドだと体が痛くないや。
フカフカの感触を楽しむため、ごろっと寝返りと打って、閉じていた瞼を開くと目の前に懐かしくも信じられない光景が入ってきた。
「……なにしてるの?変態なの?」
「ここまで運んでやったのに、随分可愛くないことを言うな。」
鎧を脱いで、傷だらけだけど筋肉隆々で引き締まった浅黒い裸を晒して、鼻歌交じりに体を拭いているポールがいた。
どうして、俺の寝てる部屋なのに、この人が我が物顔でいるんだろう。などとぼんやり思いながら会った時と印象が違う事へ、徐々に興味がスライドしていった。
あ、無精ひげも剃ってあるせいかな?何だかすっきりした顔をしてる。
会った時は、言葉も声も流暢な感じじゃなかったし、何より不安そうな頼りなさげな不安定さがない。
なんだか、曇っていた空が一気に晴れたって感じの顔してるな。
暫く、ご機嫌で体を拭いている姿を眺めていたが、いつもそばにいる二匹がいないことに気が付き、辺りを見回すと、目に入れたくないものが、ガッツリ視界に入ってきた。
「伽羅とブルーノは?……っていうか、下着を着てよ!!」
平然と鼻歌を歌いながらブラブラしたものを見せないで欲しい!!俺のと違ってグロテスクだよ!
視線のやり場に困って、ふっかりとした掛け布団を頭から覆って団子になった。
「別に、恥ずかしがることじゃないだろ。」
「ポールさん、弟は純真無垢なので、変態的なからかいは、やめてくださいと再三お願いしたはずですよ。」
変な騎士と二人だけかと思ったら兄様の声!
助かったという気持ちから布団を宙に放り投げて、ベッドから飛び出した勢いで兄様に抱き着き、伽羅の代わりに頬にチュッとキスをした。
いつもなら伽羅がいるのにいないから仕方ないよね。
「おはよう、兄様!」
「ああ…おはよう、私の天使。」
「おい、おはようのキスまでしてもらえるなんて、出世したじゃないか、ストラトス。ってか鼻血出てるぞ。」
まだ、免疫が付いていない兄様に苦笑しつつも離れ、ハンカチを差し出してあげました。
鼻血を処理している兄様を見ながら、ついつい思ってしまいます。
兄様は、俺以外の前ではカッコいいのに、俺が関わると鼻血で台無しになる。
困ったもので、癖にならなきゃいいなと心配してます。
《おーい、朝食食べようって…んにゃぁああああ!!ストラトスが、おっさんの裸見て鼻血出してる!!!》
「「違う!!!」」
いつもののんびりした口調で部屋に入ってきた伽羅が、とんでもないことを大絶叫したものだから大変です。
二人同時に力強く否定しますが、混乱しきっている伽羅には、なんの言葉も届きません。
隣の部屋にいた姉様が、血相変えて部屋に入ってきて、伽羅の叫びに両親が泡を吹いて気絶してしまったというので、俺が介抱に向かいました。
その間、兄様とポールが着替えながら話をして姉様と伽羅の誤解を解いていたようです。
両親の部屋に入ると、ブルーノが大爆笑をしながらベッドに横たわっている両親を尻尾で扇いであげていました。
「ブルーノ…笑い事じゃないよ。」
《ごめん、ごめん。きっと、ポールが全裸で体を拭いてたんでしょ?》
「そうだよ!もう、なんでお風呂に入りにいかないのか分からないよ!」
《ポールは、元人間だってのは分かるよね?人国では、殆ど宿に風呂なんてついていないんだよ。》
「ってことは、体を拭くのは習慣だったってこと?」
《そういうことになるね。》
悪いことしちゃったな…俺は、うっかり変態扱いしちゃったよ。外に出たことがないから常識がないって実感しちゃった…あとで謝らないと。
ベッドの端にチョコンッと座ってしょげてる俺に、ブルーノが慰めてくれているのか鼻を擦りつけてきてくれました。
《でも、全裸になってるのは、ポールの昔からの嫌がらせだよ。》
「ええ!?」
《普通は全裸にならないみたいだよ。》
「ぬぬぬぬ…やっぱり、変態騎士なんじゃないか!!!」
反省した自分が馬鹿みたいじゃないか!まったくもう!
…でも、人国の宿にお風呂がないって言うのは知らなかったな…魔国にもそういうところがあるのだろうか。
この一件が片付いたら、兄様と姉様に頼んで一緒に冒険へ連れて行ってもらおうかな…
両親が、俺の叫び声で目が覚めたようで、俺を見つけるとホッとしたように微笑みかけてきてくれた。
思い立ったが吉日!今、ちょっと言ってみようかな。
「お父様、お母様…エルグランに行って、俺の役目が終わったら…兄様と姉様と一緒に冒険者になりたい。」
「…賛成しかねるな…」
「ママもよ…」
二人は額に乗せられていた医療用のスライムをサイドテーブルに置いてあった盥に戻し、起き上がった。
俺を挟んで座り直してくれた両親は、いつになく真剣な表情で見つめてきた。
「ストラトスとリブラから色々と聞いた。お前にはまだ話せないような、信じられないこともだ。お前は、私たちの大事な息子。危険が待っていると分かっているところに行かせるのは今回が最後だ。」
「二人と一緒にいたいなら、二人に相談して冒険者をやめて家を継いでもらいます。」
《あの二人は継がないと思うよー。この子より上の地位に着くなんて無理だよ…話したでしょ?》
両親は、ブルーノの言葉に暫く黙り込んでしまったが、俺を家から離すのは断固反対だと再び口を開いた時に言われてしまった。
世界は広いと…大人たちは教えてくれたのに、俺は出てはいけないの?
今回の旅で、俺は自分の知っていることが、かなり少ないと実感している。
物の名前もそうだけど、その土地の風習や人種のことも何も分かっていない。
知りたいという好奇心と俺の身を案じてダメだという両親の考えに、何とも言えない絶望感が、俺の中を支配していった。
「部屋に…戻るね…」
両親の部屋を後にし、自分がいた部屋のドアの前に立つと明るい声が聞こえてきている。
この楽しい空気は、あと少しで終わりを告げるのだろう。
エルグランへ行って、身柄を拘束されるのも最悪だけど、何事もなく家に帰っても軟禁されてしまう。
外の楽しさを知ったのに、もう…あの生活に戻ることができない。
戻れば、俺は笑う事を忘れてしまうかも。
家に帰ることになったら、ポールは一緒に来るだろうか…ずっと一緒にいると言っていたから来てくれるよね。兄様と姉様とブルーノは冒険者に戻って世界中を飛び回るんだろうな。
「俺は…どうしたらいいんだろ…」
〈「どうしたら」じゃないだろ!「どうしたい」かだ!俺の人生は俺のもんだ!〉
廊下の先に、俺よりも少し大きい青い髪の男の子が透けて見えた。
「でも、お父様とお母様が…」
〈あのな、ストラトスとリブラをみてみろよ。自由にやってんだから俺だって許される!…俺が笑ってなきゃ、その方がみんな心配すんだろ。〉
廊下の向こう側に見えていた少年が、爽やかに微笑んで消えた。
あれは、俺だ。
「なーに、ブツブツ言ってんだ?早く入れよ…どうした?」
ドアを開けたのは、部屋着に着替えたポールだった。
ポールは、俺の顔を見た途端、しゃがみこんで目線を合わせてきた。
その紫色の瞳には、涙を流している俺が映っていた。
本当だ。俺が笑ってないと、周りが心配する。
現にポールは、真剣な顔で俺を気遣っていた。
「大丈夫…なんでもないよ。」
「何でもない奴は、泣いたりしない。理由を言いたくないなら言わなくてもいいが…一人で泣くのだけはやめろ。お前には、俺が居るだろうが。」
フッと力が抜けたように優しく笑いかけてくれたポールに、胸が熱くなった。
なんて頼もしい人が、俺の騎士になってくれたんだろう…そう思うと抱き着かずにはいられなかった。
ポールの頭を胸に抱え込んで、チクチクする短い髪に頬を擦りつけて甘えた。
「有難う…変態だけど大好きだよ。」
「変態は余計だろうが…ったく。」
「そういえば、記憶戻ったの?」
「まぁな…分かるのか?」
「顔つきが違うし、話し方も違うから…今の方がいいね。」
抱えていた頭を解放し、乱れた前髪を治してあげながら二人で笑い合った。




