騎士と美少年
騒ぎがフードスポットを駆け巡り、兄様と姉様が血相を変えて戻ってきたが、俺にしがみついたままの黒い騎士を見て、ブルーノと同じように驚きすぎて動けなくなっていた。
驚くよね…子供にでっかい騎士が独占欲むき出しで離れないんだから。
「兄様、姉様。この騎士は、無害ですから安心してください。周りの人にもそう伝えて頂けませんか?」
《俺が伝えてきてあげる……ストラトス、リブラ…この人は記憶がないんだって…》
「そんな…あなたほどの人に何が…」
「竜をも倒す力があるのに…」
二人もこの人のことを知ってるみたいで、とっても強い人のようですが…記憶がなくなるくらいボロボロになるってどういう事かな…
お父様とお母様も戻ってきましたが、状況が理解できずに険しい表情のままゆっくりと歩み寄ってきた。
当事者である俺も理解できないから、離れようとしない騎士の鎧を撫でながら苦笑するしかない。
「父上、この方は…この国で噂になっていた騎士ですが…私たちに縁が深いものです。」
「記憶がなく、一心に私たちの弟を探していたようで…」
《二人とも、パパさんとママさんには、ちゃんと話した方がいいと思うよ。伽羅にもね。》
「そうだな…この騎士は決して弟に危害は加えません。私と妹、ブルーノも保証しますから…ちょっと場所を変えて話しましょう。」
当たり障りなく説明をしようとしていた兄様と姉様を制して、ブルーノが真剣な声色で進言すると、お父様もお母様も頷き合い、伽羅を俺から引き離して皆で俺から離れていった。
えっと…俺は!?子供だから省かれたの!?それとも、でっかい騎士がくっ付いてて移動大変だから?
手を伸ばすが、俺も連れて行ってと言えるような空気じゃなかったので、伸ばしたままの手は宙を掻くだけだった。
「置いて行かれちゃったね…」
「関係ない…俺は…お前が居ればいい…お前さえいれば……」
「いっぱい俺のことを探していたんだね…疲れてない?どこか痛いところはない?」
被ったままの兜に着いている無数のキズを確かめるようにそっと触れ、顔を近づけてどんな顔か覗いてみようとしたら、ホールドから解放されて向き合うように座らされた。
顔を見られたくないのかと心配したが、騎士は自ら兜を取り、晒された素顔に思わず息を飲んだ。
騎士は、覚醒魔人だった。
鎧を着る職業によくある短い髪、浅黒い肌と額に二つの角。紫が濃い瞳が一つ。本来二つであった瞳のうえには切られたのだろう、大きな傷が走っていて潰れていた。
痛々しく残る傷痕を無意識に触れ、切なさと心苦しさ、何故だか沸き上がる愛しい気持ちに苛まれながら唇を寄せ、毎朝伽羅にするキスと同じようにチュッと軽めのキスをした。
「辛いことが沢山あったんだね…」
「わからない…気がついたら…谷底に寝そべっていた…」
キスがそんなに驚くようなことだったのだろうか、黒い騎士が大きな体をびくっと震わせた。
おかしかったかな?愛しいと感じたものにはキスをするのが当たり前だと伽羅から聞いていたのに…
そうか!この騎士は記憶喪失だからそういう事も忘れてしまったのかもしれない。
安心させたいと思いから柔らかく微笑みかけ、小さな手で無精ひげの生えている瘦せこけた頬を覆って額同士をくっつけた。
「無理に思い出さないでもいいからね…俺も何か大事なことを忘れている気がするんだけど、無理に思い出そうとするのをやめてる。」
「思い出すのを…やめる?」
「そう。俺は、今ある目の前のことでいっぱいだから…それが終わってからでも遅くないと思うんだ。」
体を密着させるよう、騎士の膝の上に座っていたら、後ろからいきなり抱き上げられ、背後からの嗅ぎ慣れたいい匂いがしたので振り返った。
「姉様!もう、お話し終わったの?」
「終わったのじゃありません!!こんな人の多いところでイチャイチャしてはいけません!」
俺との話で油断していた騎士は、空の腕の中を見て眉間に皺をよせていた。
姉さんも険しい顔をしていたけど、何故か頬が真っ赤になっていて落ち着きがありません。
「…俺、この人とイチャイチャしてた?」
「してました!!!そのまま放置していたら…ふふ…いや、ダメです!姉として認められません!」
姉様の様子が今迄で一番おかしいです。
いつも無表情なのに、何度も無表情と何かの思いと戦っているようでデレッと口元が歪んだりを繰り返しています。
「……何故だか懐かしい気がする…あれだ…変態…」
「変態は貴方です!!」
普段大人しいお姉様が大きな声を出したので、俺は驚いて姉様を見た後、眉間に寄せていた皺がより一層深くなっている騎士の方を見ました。
本当に無意識なんだけど、口から出た言葉は、妙にその場にあっているような気がした。
「二人共なんじゃないの?」
二人の視線に、ハッとして両手で口を押え、なんで滑るようにスルッとこんなこと言っちゃったんだろ!
どうやって誤魔化したらいいのかわからなくて、曖昧な乾いた笑い声をあげて二人から距離を取ろうとするが、二人とも同じだけ距離を縮めてくる。
「お待ちなさい…なんで私が、変態なんですか?」
「それなら…俺も…何故変態なんだ…色気を…振りまいて俺に迫ってきたのは…主じゃないか」
「ごめんなさい!何だか分からないんだけど、スルッと言葉が出てきちゃったんだよ!俺、二人のことそんな風に思ってないからね?っていうか、色気も何も迫ってないからね!?慰めてたんだよ!?」
どさくさに紛れて騎士がとんでもないことを言い出し、姉様は、初めて見るすっごくいい笑顔でサムズアップしながら鼻血を垂らしていた。
色気って、俺はまだ子供なのに!それに、迫るってなんだよ!
変なことを言う騎士に、頬を膨らませて睨みつけていると、騎士は不思議そうに首を傾げた。
「俺の膝に…乗ってキスをしたり…顔を…近づけながら…艶っぽく…話していたじゃないか…」
「そんなことしてな…「有難うございます!!!」姉様!?」
姉様は、初めて呼んだ時よりも大量の鼻血を噴き出しながら倒れてしまいました。
気を失ってしまっているはずなのに、「騎士と美少年」と何度も繰り返しブツブツ呟いて幸せそうに笑っています。
俺は、姉様のこの状態を目にするのは、二回目だったけど、引いてしまってます。
一方の騎士は、何食わぬ顔で俺を抱き上げ、真剣に話をしている家族の元へと俺を運んでくれた。
普通、女性が鼻血噴き出して倒れたら助けると思うんだけど…運ばれてる最中に騎士に言うと、あれには触れない方が正しい接し方だと返されて納得してしまった。
さっきから色々と騎士と話しているうちに、しゃがれた声が少しずつ回復してきたみたいで、良かったねと声を掛けたら、ずっと誰とも話していなかったから、その内回復すると視線も合わせずに言われた。
「主の家族…先ほど来た…主の姉が、大量に鼻血を出して…馬車の側で…倒れているんだが…」
「…また抱き着いたりしたの?」
「違うよ、お母様!この騎士が変なこと言うからだよ!」
「変なこと?…ありのままを言っただけだ…俺を艶っぽく誘ったと。」
「誘ってないから!!何言ってんの!?」
両親と伽羅は目を丸くして固まっていて、ブルーノと兄様は、無表情で瞳に影が入っています。
もう!なんだんだ、この騎士は!慰める=誘うとか!!子供の俺に対して信じらんない!
抱き上げられている状態で、ポカポカと背中を叩くが、平然と叩かれたままで反応がない。
「記憶を失っていて姿もだいぶ変わったのに…変なところは変わりませんね…ポールさん、あまり弟をからかわないでください。」
「ポール?」
「俺の名前か…ポール……」
ポールって、この騎士の名前…兄様たちを泣かせてしまった時に口にしたような…
あ…まただ…頭がキーンッとしてきた。
視界にチカチカとした光が走り、意識が遠のいていく。
「ポール……ポール……」
一人で闇に落ちる感覚が怖くて、抱かれているのに、もっと側に来てほしくて何度も騎士の名前を呼んでいたが、口を動かす感覚もなくなり、ブレスレットから青い光がチラついて見えたのを最後に闇へと落ちた。




