012.Already Free<立ち飲み上等>
Congohトーキョーではメンバーが当番制で作る夕食を食べる場合、前日迄に電子掲示板にチェックを入れる事になっている。
チェックを入れたメンバーは夕食担当のメンバーに対して、当日のキャンセルをしないように配慮しなければならない。
これはメンバー間の信頼関係というよりも家族に対する約束であり、また食材を無駄にしない為の措置でもある。
その日のユウは業務がOFFの上に夕食当番も外れていたので、一人気侭な外食の予定だった。
スケジュールが合えばいつものようにキャスパーと新しい店を開拓するところだが、彼女は米帝へ出張中なので現在ニホンには居ない。
よってユウの本日のターゲットは、近隣の商店街にある立ち飲みの『焼きとん』の店になった。
昼間から賑わっているその店は以前から気になっていたが、さすがに午後から仕事がある平日に酔客で賑わう店を訪れるのは気分的に難しい。
メンバー全員参加の夕食会で利用できれば何の問題無いのだが、残念ながらその店は立ち飲み店だけあってマリーを満足させるような食事メニューが無かった。
よって偶々『おひとりさま』になったユウが訪れるのには、絶好のタイミングだったのである。
間口が大きなその店に入ると、カウンターだけがずらりと並んだ店内はかなりの広さだ。
壁には手書きの短冊メニューが、ビッシリと並んでいる。
とりあえずカウンターの奥に陣取り、黒ホッピーと全種類の『焼きとん』を一本づつ塩で注文する。
この日は珍しく客が少なく、ユウはずらりと並んだメニューを眺めながらリラックスして注文が来るのを待つ事が出来た。
冷たいホッピーの瓶と一緒に届けられたビアジョッキには、大量の焼酎と氷そしてマドラーが刺さっていた。
今時『三冷』でなく氷を使っている店は珍しいが、傾けたジョッキへ静かにホッピーを注ぐと滑らかな泡がグラスに盛り上がっていく。
『中(ショウチュウ)』がメニューに大きく書かれているという事は、お代わりを意識したホッピーの売り方なのだろう。
Congohトーキョーには生ビールサーバーがあるので普段は飲む機会が無いホッピーだが、ビール味の飲料としてはアルコールの濃さを自分で調整できるのでユウは嫌いではない。
ただしこの店の『中(ショウチュウ)』は分量がかなり多いので、気をつけないとかなり度数が高くなり危ない感じがする。
数分後、年季が入ったステンレス皿にどっさりと盛られた11種類の『焼きとん』が運ばれて来た。
塩なのでちょっと乾き気味の焼き上がりだが、見るからに食べ応えがありそうだ。
追加でポテトサラダとハムカツを頼んだユウは、串を箸で外したりせずに横咥えしてどんどん食べていく。
ハツの押し返してくるような歯ごたえ、テッポウの焼けた香ばしさとジューシーな中身とのコントラスト、ハラミの滴る肉汁と強い旨み。
どの串も味付けの塩が濃いが、アルコールがどんどん進む味付けになっている。
かなり『外(ホッピー)』が余っているので、『中(ショウチュウ)』を追加注文するとたっぷりの焼酎と氷が入ったジョッキが運ばれてくる。
(この店長居すると危ないなぁ。居心地が良くて際限無く飲み続けられるような気がする……)
追加で今度は『焼きとん』を全種類タレで頼んだユウは、冷めたハムカツに濃度の高いトンカツ・ソースを少したらしてから頬張る。
ハムカツは日本に来て初めて食べたメニューだが、衣と薄いハムのチープな味わいは駄菓子屋に通った経験の無いユウにも好ましく感じられる。
(マリー向きのボリュームがあるメニューは無いけど、酒飲みには嬉しい濃い味のメニューが多いよね)
『中』と『外』のお代わりを繰り返し、ほど良く酔いがまわり始めた頃、突然背後から聞き慣れた声が掛かる。
「よっ、お疲れ!」
「あれっケイさん、キャスパーに同行して出張中じゃ?」
入国管理局実働部隊の隊長である彼女はユウの防衛隊大学校の先輩に当たり、何度か同じ作戦に参加した打ち解けた間柄なのである。
「さっきキャスパーを自宅へ送り届けて来たから、今日はもうフリーだよ」
「わざわざ自分を探して来てくれたんですか?」
「今日は空港帰りだから電車で移動だし、折角だから一緒に飲もうかと思ってね」
「良くここが解りましたね?」
「コミュニケーターの電源を切ってないだろ?
Tokyoオフィスに電話してSIDに聞いたら、此処に居るって直ぐに教えてくれたよ」
「ああ、いつも胸ポケットに入れたままで、電源切った事は無かったですね。
ケイさん、焼きとん串を大量に注文してるので、このまま此処で飲んで良いですか?」
「ああ、もちろん。
あ、お姉さん、私にも『中』を一つ下さい。あと塩焼きそばと煮込みを」
ケイはカウンターに載った中身が減っていないホッピー瓶を見てから注文を入れる。
カウンターの奥で、昔ながらのホッピーを傾ける立ち飲みの美女が二人。
ナンパ目的の若い男性は皆無の店内だが、彼女達に注意を向けたりちょっかいを出そうとするお客は居ない。
彼女達の醸し出す雰囲気から二人が堅気の商売で無いのが直ぐに判るし、修羅場をくぐった経験がある人間なら二人の危険度を直ぐに察知できるであろう。
「へぇ~、焼きとんもたまに食べると旨いもんだな」
後からユウが注文したタレの串をつぎつぎと食べながら、ケイが呟く。
「ここって、濃い味のツマミが多いから飲みすぎ注意ですよ」
「おっ、メジャーな日本酒も結構あるじゃん」
「ケイさん、頼むなら八海山が良いですよ。あそこの冷蔵ケースの中にあるのは『純米吟醸』だから美味しいと思いますよ」
「へ~、ユウは米帝育ちなんだろ?ラベルを見ただけで日本酒のランクまで解るなんて凄いな」
「修行先のニホン料理店で、師匠から仕込まれてますから」
「すいませ~ん、お姉さん八海山を2つ、あと鳥のから揚げとおつまみきゅうりを追加で」
『盛っ切り』で運ばれてきた八海山は、升からもこぼれそうにたっぷりと注がれている。
ユウは飲みかけのホッピーのジョッキを空にすると、升に溢れた分の八海山を飲み干し思わず声を上げる。
「ああ、すっきりした飲み口でやっぱり美味しいですね」
「うん、旨いなぁ。しかし米帝育ちのユウが日本酒に詳しいとは……」
ケイが最後のタレ串を食べきったのを見て、ユウが追加で『焼きとん』全種類リピートの3回目と野菜焼きを注文する。
「日本酒以外のスピリッツにも詳しいですよ。生まれ育った実家には、母さんのすさまじい種類のコレクションがありましたからね。
それで出張はどうでした?」
「ああ、黒服の組織もかなり疲弊してきて、人材不足が酷いみたいだな。
伝説級のエージェントは皆引退してるし、碌でもない奴ばかり残っている感じかな」
「ああ、キャスパーも気の毒に……」
「あれっもう無くなっちゃったよ……ユウ、次は何が良いかな?」
串を横ぐわえしながら、ケイが尋ねる。
「あのラヴェルは極上吉乃川……特別純米の吉乃川も冷蔵ケースにありますから、ぜひ頼みましょう!」
料理を作るのはユウにとって人生の大きな楽しみだが、もちろん食べる事も同じ位好きである。
それが予約が必要な老舗のフランス料理店で無く商店街の角打ちであっても、お客として来ている今は食べる事に専念できるささやかだがとても幸せな時間なのであった。
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