013.Hungry<茶色くて美味しいやつ>
「ユウさん、前から不思議に思ってたんですけど?」
「ん?何?」
「和菓子屋さんで、何でいなり寿司を売ってるんでしょう?いなり寿司もお寿司の一種ですよね?」
「ああ、最近アンちゃんは良く和菓子を食べてるもんね」
「ええ、最近はスイーツと同じ位好きになりましたわ」
「土地柄で違うみたいだよ。カンサイでは一緒に売ってないみたいだし。
カントーでは、いなり寿司以外にも海苔巻きや赤飯を一緒に売ってるのが普通かな」
「ユウさんが作るあの特製いなりって、マリーさんのリクエストで作るようになったんですって?」
「ああ、きっかけはね……」
☆
数ヶ月前のCongohトーキョーのリビング。
「ユウ、お腹空いた!」
「御免ね、まだちょっとご飯が炊き上がるまで時間がかかるんだ。
リビングに和菓子屋さんで詰めて貰ったお重があるから、好きなのを食べて待っててくれる?」
テーブルに置かれた綺麗な小紋柄が付いている重箱には、豆大福や茶饅頭、みたらし団子、どら焼きなどバリエーションに富んだ甘味が詰め込まれていた。
これはニホンの甘味を研究しているアンのリクエストに合わせて、ユウが器を持ち込んで近所の和菓子屋さんに詰めて貰ったものである。
残念ながら上段のお重の中身はどれも綺麗な出来映えのお茶菓子で、マリーの食欲が刺激される事は無かった。
一番下の段にはかんぴょう巻きといなり寿司が大量に詰められているが、黒い海苔巻きは色合いが地味で今のマリーには美味しそうに見えない。
彼女の視線は自然とキツネ色をした汁が滴っているいなり寿司に惹きつけられた。
摘み上げると、指に湿っぽい感触と甘い香りが漂ってくる。マリーが大きく口を開けて一気にいなり寿司を頬張ると、甘じょっぱい味が口の中に広がる。
「あっ、これ美味しい!」
食べ慣れた丼物で甘じょっぱい味付けに馴染んでいたマリーは、いなり寿司の味付けを違和感無く受け入れる事ができた。
食べ進めると、混ぜ込まれている白胡麻や刻み生姜と酢飯の絶妙なバランスが空腹の胃袋を更に刺激する。
気が付いた時には、お重の中にあったいなり寿司は全て無くなっていた。
「おまたせ〜!あれっ、いなり寿司が気に入ったみたいだね。美味しかった?」
「うん、とっても!ねぇ、ユウならもっと美味しいのを作れる?」
「う〜ん、いなり寿司の場合はこれより美味しいのを作るのは時間が掛かりそうだね。美味しいお揚げさんとか手に入れるのに時間がかかりそうだし」
「じゃぁ、出来るまでまた買って来て!」
「了解」
☆
頻繁にいなり寿司を大量購入していたので、すぐにユウはその和菓子屋の店主と世間話をする程度に親しくなった。
普段からマリーの根回しのために周辺の飲食店を頻繁に訪れていたユウは、この商店街では結構顔が売れているのである。
顔見知りになっても食材の仕入先について不躾に尋ねるのは気が引けてしまうが、料理談義の中でユウは材料のお揚げについて仕入れ先を教えて貰う事が出来た。
やはり商店街の中にある老舗の豆腐店へ足を運んだユウは、(和菓子屋の名前を伏せたままで)いなり寿司用の油揚げを入手出来るかどうか尋ねてみる。
頑固そうな店主から一般向けには販売していないが事前に予約する事で購入できると教えて貰ったユウは、迷う事無くその場で大量に注文を入れたのだった。
数日後の夕食時
「マリー、ちょっと中身を工夫して作ってみたんだ。食べてみてくれる?」
通常の夕食メニュー以外に、お重に詰め込まれた自作の稲荷寿司をユウがお披露目する。
「わぁ嬉しい!いただきます!」
「これは、中華おこわ風に刻んだチャーシューが入っているのか」
「こっちは、ひつまぶし風の中身で鰻が入ってますわ」
「ユウ、どれも美味しい!」
外国人には甘すぎると言われる稲荷寿司だが、ニホン人の食習慣と味覚に適応したトーキョーオフィスのメンバーには違和感が無いようである。
この日以来、マリーのリクエストで魔改造された稲荷寿司は徐々にエスカレートし恐ろしいメニューに変貌するのだが、それはまた別の話である。
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