第十一話番外編2 一般プレイヤー上位組、ミナミサカイに到る
~ゲーム内10日目11時 現実:サービス開始2日目9時10分~
北カイシ山地の麓に広がる森林地帯、そこからしばし進んだ場所。ミナミサカイの街がそろそろ肉眼に捉えられるかというところ。エルフの男女とドワーフの男、そして獣人の男二人に女一人。合計六人の探索者たちが旅装に身を包みのんびりと歩いていた。
「おー、遠くに畑っぽいのが見えてきたぜ」
薄いビールのような金髪をした、耳の長い弓を背負った男が手で庇を作りながら呟く。それに応えて全身が毛に包まれ、猫の特徴が揃ったどこか愛嬌のある表情をした女が声を上げる。
「やっとかー。まったくさ、犬っころ共をようやく倒したと思ったら森越え山越え四日間歩き詰めとか、どんだけ遠いのよ」
「マジそれな。ゴン介が《調合》持ってなかったら途中でポーション切れで死に戻り確実だったもんな」
「ちょっとちょっと! アタシの《料理》も忘れてもらっちゃ困るんですけど!? それとも何? あんたら生肉齧って満足できるっつーの? ほらほら、アタシに感謝しちゃってもいいんだよー♪」
猫型獣人の女――手足に補強用の手甲と脚甲を身に着け、胴には革鎧を身に着けている、革鎧の胸部の傾斜と体毛の薄い顔を見なければ女性だとは分からないだろう――に相槌を打った豊かなたてがみをまとった背に両手斧を背負った獅子型獣人の男、そしてお調子者ですと言わんばかりの陽気さを振りまくヒマワリの花弁のような濃い金髪をしたエルフの少女。ゴン介と呼ばれたドワーフは無言で背中に背負った盾の位置を直している。
「ん……? おい、おい! なんかやばそうじゃねぇか? 黒煙揺蕩うなんて、火事でも起こったんじゃ」
鷲頭をした獣人、声を聴く限り男だろう、の注意を促す声を聞き、それまで会話に向けていた意識を一斉に前方に向ける。注意深く見れば、確かに空に向かって黒い煙が幾筋も立ち上っているではないか。街道の両脇にある畑も、街に近付くほど無残に荒らされてしまっている。
「急ぐぞ」
茶色い髭に包まれたドワーフがボソリと、しかし重く響くような声で告げる。他の五人も頷き一つ、一斉に走り出した。
走り出して数分もしないうちに、街壁が見えてくる。いや、街壁だったもの、と言った方が適切だろう。門があっただろう場所の周囲は特に大きく崩され、そこだけでなくいくつもの大穴が開けられている。煙が立っているのは街の東地区だというのもはっきりと分かるようになった。六人はそろって胸中に不吉な予感が走る。
踏み荒らされた畑を脇目に門の跡地にたどり着く。膝をつくほどではないが肩で息をする六人がそこから目にしたのは、崩壊した家々と腕や脚、腹や頭が千切れたまま放置されている人間の死体だった。
「……こりゃぁ……ひでぇ」
「うっ、ぅぷっ」
茫然として、はたまた込み上げるものに口を押え膝が笑う彼らに、ところどころに赤い染みがついた包帯を巻いた軍装姿の男が声をかけた。
「探索者の人達かい? 悪いが見たままの状況でね。ギルドと宿は西地区。あっちは被害がほとんどなかったから問題なく泊まれるはずだ。できれば、この街でしばらく依頼をこなしてもらえると助かるんだが」
疲労困憊といった風で、気力だけで立っているような男の言葉に、探索者たちはただ頷くしかできなかった。そうして男が死体や瓦礫を片付け始めたのを見て、六人はやや早歩きで歩き出した。
「こりゃ、マジでやばいな。本来ならうちらで今日一日は貸し切る予定だったけど……、ゲート開通して応援呼んだほうがいいんじゃね?」
鷲頭の男の言った一日貸し切るとは、東第一エリアがいつの間にか攻略されていて街まで発見しているのにゲートクリスタルを開通させなかったことが判明して掲示板が大荒れに荒れた結果生まれた、紳士協定のことだ。最初の発見者はその街を現実時間で一日の間独占できる、ということが先行攻略組の総意でまとまったのは、南側を攻略するパーティ「乙女の剣」が南側第一の街に到着したことを発表したときだった。この「乙女の剣」というパーティは、バトルジャンキーな戦乙女をリーダーとした八人のパーティだ。このパーティ、バトルジャンキー故の対人プレイヤースキルの高さとリーダーのスーパーレア種族としての性能を以てして、現在全年齢サーバー内最強と目されている。そんなプレイヤー達が主張したことを覆せるほどの剛のものは、残念ながらいなかった。「文句があるならPvPで白黒つけよう!」とは戦乙女のブリュンヒルデの言。このために、自力で到達したもの以外はゲーム内で14日もの間次の街へ行けないことになった。
「アタシはタカシに賛成かな。さすがにこの状況は見過ごせないっしょ♪」
「マジかよ。俺はもうちょい独り占めしたかったんだけど」
エルフ女の言葉に否定的な獅子型獣人。それに対して即座に反応する猫女。
「馬っ鹿、バリーったらサイテー。わたしはエルミーに賛成だよ。困ってる人を放っておくなんてできないよ!」
「そうだな。にゃにゃ美の言う通りだ。ゴン介はどう思う?」
エルフ男が猫女に追従するように言い、重厚なドワーフに最終確認のように尋ねる。
「儂の手持ちの薬もそう多くない。ルーマン、広場に行ってクリスタルを開通してこい。儂らはギルドに行って事情を聞いとく」
このパーティのリーダーなのだろう、有無を言わさぬ口調で指示を飛ばし、他の五人も当然といった風に頷く。バリーと呼ばれた獅子獣人も絶対反対ではなかったのだろう、不満の色なく西地区へ向けて歩を進めた。
ルーマンがクリスタルを開通しギルドに走り込むと、カウンターで話を聞いていたパーティメンバーが振り向き、腕を振って来るように合図する。
「ルーマン、早かったな。これから何があったか聞くところだ」
「にゃにゃ美は?」
「掲示板に今の状況を書き込んでるとこだよ♪」
エルミーの示す先を見ると、革鎧から布の道着に着替えた猫型獣人が酒場スペースの椅子に座って虚空に向かってカタカタと指を動かしているのが見えた。
「よろしいですか? まず何があったかですが、端的に申しますと、昨夜ゴブリンの群れが街を襲ったのです」
「ゴブリン? そんなに強いんすか?」
思わず言葉を挟むバリー。他の面々も声を上げはしなかったが、同じような面持ちだ。ゴブリンと言えばファンタジーでは雑魚の定番、百や二百であっても街がここまでボロボロになるとは思えなかった。受付嬢は軽く肯定するように頷くと言葉を続ける。
「通常のゴブリンであれば、否です。しかし何しろ数が違いすぎました。我がミナミサカイの街にいる兵士は百人程度、一方ゴブリンたちは一千に迫る数でした。それだけではありません。数が多い上に、それらを指揮する上位個体が複数確認されました。上位個体は魔法を駆使し、さらに攻城目的のストーンゴーレムや機動戦力としてデミウルフを使役したのです」
衝撃的な情報だ。カイシ付近には魔法を使ってくるモンスターはいなかったのだが、エリアが一つ変わるだけでそこまで敵の強さが変わるというのか。しかも、指揮型の上位個体が率いるなどとは……にわかには信じたくない情報だった。しかし驚きはまだ続く。
「もっとも、それだけであればここまでやられたりはしなかったでしょう。我が街はカイシの街ができるまでは国境の街。その分、武に明るいものが代官として派遣されていましたから。今は亡き子爵様は王国でも有数の騎士でしたし、その娘であり次期代官、現代官代行のクラウディア様は王立魔術院でも指折りの成績を残された優秀な魔法使い。お二人がいればゴブリンの千や二千……。話が逸れましたね、申し訳ございません。この街がここまでの被害を受けた理由でしたね。それは、ドラゴンが現れたからです」
「「「「「「ドラゴン!!」」」」」」
離れているはずのにゃにゃ美すら声を合わせて叫ぶほどの衝撃。綺麗に揃っていたのはさすがパーティというべきだろうか。微笑みながら受付嬢は話し続ける。
「はい、ドラゴンです。それも上位竜であるレッドドラゴン。シェイド様がおられなければこの街は今頃灰燼に帰していたでしょう……」
「シェイド?」
「はい。カイシの街から来たと仰っていましたが……ご存じありません? まだこの街に滞在しておられるはずですよ」
「さっきの話、どう思う?」
ギルドで情報収集を終え、治療用の薬草収集と害獣駆除の依頼を受けて街からほど近い林までやってきた一行。そこで周囲を警戒しながら、時折矢を放ちつつエルフ男が言った。
「シェイドって奴の話か? さすがに、プレイヤーじゃないんじゃねぇの?」
「バリー、どうしてそう思うの?」
飛びかかってきた鶏、茶色い羽毛で2メートルはある大きさの野生の鳥を叩き切りながら返事をした男にその根拠を問う猫女。
「だってよ、俺らは確かに最強じゃねぇよ? それでも、六人でかかってもドラゴンなんてどうしようもなさそうじゃん、今はまだ」
「確かにねー。ヒルデちゃんたちでも無理っしょー♪」
「どちらにせよ、儂らもこの世界を旅し続けるならいずれドラゴンと戦うこともあろうよ。それまでに、強くならんとな……」
ゴン介の珍しい饒舌っぷりに呆気にとられているメンバーだが、採取の終了とゴン介の「急ごう。まずは街の復興だ」という言葉に動きを取り戻す。
エクストラ種族の強力さを、彼らが知るのはもう少し先の話だ。
傾いた陽が赤い光を投げかけ、荒れ果てた田畑を不安に照らす。炭すら残さず燃え尽きた街壁を前に、彼らはゲームを超えたリアルさを嫌でも意識しながら依頼の完了報告に向かうのだった。
とりあえず書き溜め分はここまでです。
以降は更新ペースが不安定になりますがお許しください。
ナニトゾーナニトゾー