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またね、うんのちゃん  作者: ariya


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11/11

11.終わり



 それはずっと昔の出来事だ。


 姫も忘れてしまっていたことだし、無理に思い出す必要もないことだ。


 私は、太郎様の身代わりとなり部屋に閉じこもることになった。


 太郎様は、姫の父の敵となった武将の子。

 太郎様と姫の婚約は、2人の武将の関係修復の為の儀式であった。


 しかし、激動する情勢の中、2人の関係はいつ壊れるかわからない。

 再び太郎様と姫の父親が対立することになれば、その時は私が太郎様の身代わりになって逃す予定であった。


 そして予想よりも早く関係は壊れ、正月には太郎様の父の戦死の報告が届いた。

 彼を討ったのは姫の叔父君で、命じたのは姫の父だった。


 この時から私は覚悟を決めた。仲間と相談し、幾度となく逃亡の算段を立てた。


「ふぅ……」


 太郎様に用意された食膳を食べ終えた後、私は天井を仰ぎ見た。


 既に太郎様は屋敷を出て行っていた。

 私は姫の父親の目を誤魔化す為に部屋の中で太郎様のふりをする。


「きちゃった」


 姫はひょっこりと部屋の中へ入ってきた。

 彼女は部屋の奥に置いてある双六の道具を運び出した。私は代わりにそれを運んでやる。


「姫、私たちのことは放っておいていいのです」


 彼女にはただ黙ってくれればそれで十分だ。


「あら、私が太郎様と遊んだようにすれば時間は稼げるでしょう?」

「姫の立場が悪くなります」


 下手すると尼寺へ送られるかもしれない。

 もっと酷い場所へ送られるかも。


「あら、好きな人を見捨てて守る立場なんていらないわ」


 姫は笑っていった。

 まっすぐで、綺麗な瞳をした少女。


 太郎様が可愛らしいと褒めた大事な姫君。


 時代がもっと違えば、2人の出会いはもう少し緩やかで平凡なものだったのかもしれない。


 企みというものはすぐにばれてしまう。

 姫の父親は私が太郎様の身代わりをして太郎様が逃げたことを知り烈火の如く怒り出した。

 姫の声も、お方様の声も届かず、太郎様追討を御家人たちに命じた。


 私は、捕縛されて棟梁を欺いた罪で死ぬ運命だった。

 既に覚悟していたが、数日後に解放される。


「姫に会って欲しい。そして太郎殿のことを忘れるように説得しておくれ」


 憔悴しきったお方様が私に頼み事をしてきた。


 数日振りに再会した姫は壊れてしまっていた。

 お方様の話では太郎様の首を見て、卒倒してこの状態なのだという。


 私はどうしていいかわからなかった。


 姫の母に、父に言われた通りに……太郎様のことを忘れるようにと言わなければならない。


 もう存在しない人を思い続けるなど地獄でしかない。


 だが、綺麗な瞳は今も太郎様を見続けていて、その向こう側には太郎様がまだいるような気さえして私は違うことを口にした。


 現実を拒絶して壊れる姫を、そのままにすることを選んだ。

 

 ◆◆◆


 建久8年7月14日(1197年8月28日)

 源頼朝の長女、永眠する。



 その報告が山国に届けられたのは数日経過してのこと。

 日課の弓の稽古をしている武家の当主の耳に届いた。



「……そうか」



 狼狽する様子はない。

 いつかは来るだろう日が来たのだと感じた。


 それに男はため息をついた。


「最期まで現実に戻ることはなく終われましたか」


 男の声は少しかすれて、悲しげに虚空へ響いた。


 男は瞼を閉ざし、長い年月に想いを馳せた。

 

 もう少し必死に姫に呼びかけることはできた。

 結果は変わらなかったかもしれないというのは言い訳だろう。


 男も何度か試みようとした。

 姫を現実へと引き戻すことを。


 だが、あそこまで恋焦がれる姫に、相手がいない現実はどれほどの地獄だろう。


 それは男に推し量れない。

 その地獄を理解して支えられるかと言われたらまだ答えに窮する。


 弓馬の達人と呼ばれるまでに成長したというのに、情けないことこの上ない。


 だから、私は――姫には選ばれない。

 姫が選ぶのは幼き日に亡くした主君のみである。


「これでよかったのか」


 まだわからない。

 何が正解なのか。


 さぁっと風が吹く。

 夏が終わり、秋の涼やかな風が男の頬に触れた。


「またね、うんのちゃん」


 いつか聞いた姫の声が聞こえた気がした。

 それに男は目を見開いた。空を見上げる。

 残念であるが男には何も見えない。空にあるのは白い雲、照り輝く日光である。


 だが、そこにいるのかもしれない。


 男は目を細めた。その笑顔はひどく穏やかなものであった。


「ええ、私が参るまで、あなたは太郎様とご一緒に……」


 あの世があるというならば、どうか2人がそこで睦まじく過ごしてほしい。


 それは願いであった。


 しばらくしたら鎌倉へ向かうことになるだろう。


 その時には太郎様が好きな野花を摘み、太郎様の墓へと持っていこう。


 姫の墓には、干した果物を。

 太郎様と一緒に食べてもらうために。



(終わり)


最後まで読んでくださりありがとうございます。


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