1.
春の訪れの度に私は思い出す。
それが恋なのか、恋という名の呪いなのか、今もわからない。
それはいつの時代かと言われると、武士たちが台頭する世の中だとしか言えない。
私はさる武家一門の棟梁に生まれた、一の姫である。
父と母は当時としては珍しい大恋愛結婚で、母方の祖父はそれはもう噴火の如き怒りようだった。
だが、生まれたばかりの私の顔を見て、祖父は怒りを鎮め、私を大層可愛がった。
「姫が生まれたおかげで、あなたのおじいさまは父と母の関係を許されたのですよ」
母は何度目になるかわからない話を繰り返した。
弟たちは既に飽きたと言うが、私はその話を聞く度に誇らしく感じた。
そして、憧れていた。
私もいつか、母のように恋をしたい。
この人じゃなければいけないと思う程の殿方に出会いたい。
その願いは程なく叶うことになる。
「はじめまして。姫君」
私より5つ年上の婿が現れた。
元服したばかりと聞いたが、直垂を既に着こなしている。
雰囲気が大人っぽくて素敵だ。
顔立ちも整っていて、目元は柔らかく優しい。
「はじめまして」
私は頬を朱に染めて目を伏せた。
数日前までの私とは随分と違う。
何しろ、恋愛結婚を夢見ていたのに勝手に婿を決められて私は臍を曲げてしまっていた。
噂では婿の父はかなりの荒々しい武将だと聞いていた。
きっと乱暴な嫌な少年だろうと思っていた。
それなのに現れたのは春の訪れのような貴公子ではないか。
こんなに素敵な方なら早く教えてくれたらいいのに。
私は父に文句を言いたくなった。
「よろしくお願いします。……太郎様」
何と呼べばいいか考えて、私は彼の通り名を思い出して口にした。
それを聞いて婿――太郎様は目を細めて微笑んだ。
何て素敵なのだろうか。まるで桜の君だ。
これから太郎様は、私の婿として屋敷で過ごされる。
早く仲良くなるためにという取り計らいだと聞いた。
私は彼の後ろに控える少年を見た。
太郎様の従者として一緒にやってきた幼馴染だと聞く。
「……」
私は思わず、後ろの少年と太郎様を見比べた。
確か同い年だと聞いたが、まんまるほっぺにとろんとした目に、直垂を着せられている。太郎様とは正反対の存在だった。
あまりに違いすぎて座敷童かと思った。
「彼は私の幼馴染のうんのだ。良ければ仲良くして欲しい」
太郎様は私の視線や疑問に気付いたのか彼を紹介した。
どうやら座敷童ではないようだ。
「どうか宜しくお願いします」
挨拶の為に声を出した少年うんのに私は思わず手を伸ばした。
みゅぎ
手に触れた彼のほっぺは恐ろしい程もちもちしてよく伸びた。
どこまで伸びるのかしら。
好奇心に抗えず私はびよんと伸ばし続ける。
「姫!」
後ろに控えていた侍女が声をかけた。
しまった。
私は思わず手を離した。
うんのは困った表情を見せた。
「ああ、うんののほっぺは思わず伸ばしたくなるくらいもちもちだが、伸ばす時は声をかけてください」
笑いながら太郎様は注意した。
「しかし、姫も見る目がありますね。うんのの頬の可能性に気づくとは……」
意地悪く太郎様はうんのの頬をつんつんと指で触れた。
「太郎様……触れる際は声をかけるのではないのですか」
困りながらもうんのは尋ねてしまう。
あまりの仲の良さに私は少しばかり不安に感じた。
私より親しい人がそばにいるなど、恋の障害ではないかと感じてしまった。
素敵なお婿の太郎様に、不思議な従者うんのちゃん。
これが私の恋物語の始まりだった。




