六族の灯
「六族の誓い。今夜、ここで」
ナギの声が広場に響いた。焚き火の炎が五つの影を揺らしている。ゴルド、ボルガ、ファング、スライムの群体知性の出張所、そして裂け目から這い出てきた深淵蟲の使者。
五つの種族が一つの広場に集まるのは初めてだった。六族目を迎えるための儀式を行う。だが前例がない。
ゴルドが白い眉を動かした。
【六族の同盟か。だが、どうやる。ワシらの声比べと、オークの牙突きは別物じゃ。蟲の儀式とはなおさら違う】
ボルガが腕を組んだ。
【森狼族の忠誠の儀もある。スライムの等価交換もだ。それぞれの形式が違いすぎる】
ナギは一歩前に出た。
「全部やる」
沈黙が落ちた。
「六つの形式を、全て。声比べも牙突きも忠誠の確認も等価交換も、そして蟲人族の光の誓約も。六族が一つになるなら、六つの形式を全て通す。それが敬意ってもんだ」
ゴルドが骨飾りを揺らして笑った。
【欲張りじゃな。だがワシは嫌いではない】
ナギはスライムの粘液を岩壁に広げ、フェロモン信号を裂け目の奥に送った。根源的魔物語の波動が岩を振動させる。
【深淵の女王。お前たちの同盟の形を教えてくれ。六族の儀式に加えたい】
三秒の沈黙。甘い匂いが返ってきた。前より温かい。
【我が民は光で誓う。千の触角が同じ周波数で点滅したとき、それが契約の証だ。架け橋よ。お前の誓いは信じている。だが他の五族の誓いも欲しい】
ナギは振り返った。五族の代表に通訳する。
「女王はこう言っている。光で誓うのが蟲人族の形式だ。全員の誓いが欲しいと」
ボルガが鼻を鳴らした。
【面倒だな。だが、六族の誓いを立てたばかりだ。やると言ったならやる】
ファングが短く吠えた。
【匂いで嘘はわかる。誓いに嘘がなければ、群れは従う】
群体知性が水槽の中で波紋を立てた。
【全形式を通すことで、各種族の離脱コストが最大化される。合理的な設計だ。賛成する】
リーナがスライムの水槽を見つめた。
「今の、褒めてるんですか?」
「たぶんな」
* * *
夜が深まった。橋守の里の広場に篝火が六つ焚かれた。種族ごとに一つ。炎の色がそれぞれ違って見えるのは、魔素の影響だろうか。ゴブリンの篝火は緑がかり、オークのそれは赤みを帯びていた。
まず声比べ。ゴルドが号令をかけた。
【六族の同盟に賛成の者、声を上げよ!】
ゴブリン三百の声が夜空を割った。獣の咆哮でも人間の歓声でもない、ゴブリン独特の甲高い叫び。大きな耳が一斉に立ち、骨飾りが揺れる。三百の声が一つになって広場の石畳を震わせた。反対の声はなかった。ゴルドが満足げに頷いた。
【全会一致じゃ。ゴブリン族は六族同盟を承認する】
次に牙突き。ボルガが前に出た。オーク八十体が広場を囲んでいる。松明の光に照らされた灰褐色の肌。下顎から突き出た牙が光を弾く。ボルガがナギを見下ろした。身長差は三十センチ以上ある。
【架け橋。お前がこの同盟の柱だ。ならば牙を受けろ】
ナギは額を差し出した。逃げれば認められない。オークの文化はそういうものだ。
ボルガの額がぶつかってきた。
衝撃で視界が白くなった。膝が折れかける。歯を食いしばって耐えた。額が割れたかと思った。だが立っていた。足が震えているが、立っていた。
オークの歓声が上がった。地面を踏み鳴らす重い足音が広場を揺らす。ボルガが口の端を歪めた。
【折れなかったな。認める】
「頭が割れるかと思った」
【ワシは手加減した】
「嘘だろ」
【嘘ではない。本気なら首が飛ぶ】
三番目。忠誠の儀。ファングがゆっくりとナギの前に歩み出た。体高百二十センチの灰銀色の巨狼。蒼い紋様が脈動している。金色の目がナギの目を見据えた。
ファングがナギの手を舐めた。冷たく、粗い舌の感触。ナギの匂いを確かめている。嘘がないか。裏切りの気配がないか。三秒、五秒。ファングの耳がぴくりと動いた。
【良い匂いだ。群れの匂いがする】
四十頭の森狼族が一斉に遠吠えを上げた。月に向かって。長く、低く、腹の底から響く声。忠誠の確認だ。群れが認めた証。遠吠えが山々にこだまして、辺境の夜空を満たした。
四番目。等価交換。群体知性が提示した。
【六族同盟による情報共有と魔素の相互供給。等価の条件を以下に定義する。項目一、各種族の偵察情報の日次共有。項目二、魔素の豊富な地点の相互開放。項目三、鍛冶技術と薬草知識の相互提供】
細かい取り決めが延々と続いた。スライムらしい徹底ぶりだ。ナギは全てを根源的魔物語で各族に中継した。頭が痛み始める。五種族の同時通訳。こめかみがずきずきと脈打つ。だがまだ終わらない。
五番目。光の誓約。
裂け目から蟲人族の使者たちが這い出てきた。二十体。甲殻に覆われた身体。六本の脚。頭部の触角が暗闇に揺れている。広場のゴブリンたちが身じろぎした。子供たちが親の脚にしがみつく。見慣れない姿への本能的な警戒。
ナギは根源的魔物語で語りかけた。六族全てに届く言葉。
【聞いてくれ。蟲人族は千年、地下にいた。光を見ることも、風を感じることもなく。今夜、初めて地上で他の種族と並んで立っている。千年分の暗闇から這い出てきた。これがどれだけの勇気か、わかるか】
ゴブリンの身じろぎが止まった。ボルガが腕を解いた。ファングが鼻を鳴らし、尾を一度振った。
蟲人族の使者たちの触角が光り始めた。最初はばらばらの点滅。だが少しずつ同期していく。十、二十。全ての触角が同じリズムで明滅した。青白い光が広場を照らした。篝火の赤い光と混じり合い、広場が不思議な色に染まる。
ゴブリンの子供が一人、親の脚から離れた。蟲人族の使者に近づき、光る触角に手を伸ばした。使者が身じろぎした。だが逃げなかった。小さな緑の手が触角に触れた瞬間、光がひときわ強くなった。
それが光の誓約だった。
ナギは最後に、根源的魔物語で宣言した。全ての力を声に込める。六つの種族に等しく届く言葉。
【六つの種族がここに誓う。声で。牙で。匂いで。等価で。光で。そして言葉で。我々は共に生きることを選んだ。橋守の里は六族の里となる】
ゴブリンたちが歓声を上げた。オークが杯を掲げ、琥珀色の酒を天に注いだ。森狼族が遠吠えを重ねた。スライムの出張所が金色に発光した。蟲人族の触角が広場を青く染めた。
六色の光。六つの声。一つの誓い。
ナギは広場の中心に立ち、息を吐いた。額がまだ痛い。頭も痛い。だが胸が熱かった。
セリアが広場の端からナギに杯を差し出した。
「すごかったよ。あんた」
「すごかったのは皆だ。俺は通訳しただけだ」
「それがすごいって言ってるの」
赤銅色のショートヘアが焚き火の光に橙色に染まっている。セリアの緑の目が、広場の六色の光を映していた。
トルクが大剣を背に預けたまま、二人に杯を掲げた。
「いい夜だ。こういう夜は、酒がうまい」
* * *
誓約が終わった後も、広場は賑わっていた。ゴブリンの子供がスライムの上で跳ねている。オークの鍛冶師が深淵蟲の甲殻を指で弾き、その硬度に感嘆の声を上げている。異種族間の交流が自然に始まっていた。
ナギはその光景を見渡していた。半年前には考えられなかった。追放された時、自分が何百もの魔物を束ねる日が来るとは。
そのとき。
牢の方角から声が聞こえた。
グリムだ。格子越しに広場を見ていた。眼帯の下の傷跡が松明の光に浮かんでいる。だが笑っていた。嘲笑ではない。もっと複雑な表情だった。懐かしさと、恐れと、何か別のものが混じった笑み。
「美しい光景だな、架け橋よ」
ナギは牢に近づいた。
「何が言いたい」
グリムの口元が歪んだ。
「知っているか。千年前にも同じ光景があった。六つの種族が一つの場所で誓いを立てた。『魔王』がそれを作った」
ナギの足が止まった。
「魔王?」
「千年前の魔物の王だ。お前の先祖だよ、架け橋。あの男も同じことをした。六族を束ね、同盟を作り、人間と魔物の共存を目指した」
グリムの目が暗く光った。笑みが消えていた。
「そしてその結末を、お前は知らないだろう」
ナギの背筋に冷たいものが走った。広場の歓声が遠くなる。
「お前にはまだ、知らないことがある。千年分の知らないことが」
広場では六族の祝宴が続いている。ゴブリンの歌声。オークの杯が打ち合わされる音。森狼族の遠吠え。スライムの波紋。蟲人族の触角の明滅。
だがナギの耳には、グリムの声だけが残っていた。
千年前にも同じ光景があった。
そしてそれは壊れた。




