13
カッチーが戻るとピエッチェが再び台座に乗った。女神像を抱きかかえると下で待つカッチーに渡す。
「意外と軽いですね」
ピエッチェがすぐに台座から降りてきて、女神像を受け取ると
「動かないように台車を押さえろ」
と命じてから女神像を台車に乗せた。
「クルテ、像が倒れないように支えられるか?」
クルテが女神像に両手を添えると、今度は台座の重さを調べ始める。
「うん、持ち上げられる重さだ。先に台座を聖堂に運ぶ。女神像は俺が担いで運ぶから、今は動くな」
台座を持ってピエッチェが聖堂に入っていくとカッチーが、
「なんで昼までには終わらせたいんですか?」
と訊いた。
「昼にはギュームを迎えに馬車が来る手筈になってる」
「えっ? ギュームさんって、やっぱりここに居たんですか?」
「うん、一番奥の部屋に」
「無事でよかったですね。で、迎えって?」
「馬車でレムシャンのところに送って貰う。これからどうするのか親子で話し合うために」
「そうですか……いい方向で話がまとまるといいですね。それにしても、草刈りなんかギュームさんを見送ってから続けてもいいんじゃ?」
「大人の事情ってやつ」
「うわっ、クルテさんまで俺を子ども扱いですか?」
クルテがクスリと笑う。
「夜の内に魔物を退治したんだ」
「えっ?」
「で、セレンヂュゲの魔法使いがそれを確かめに来る。王室魔法使いだ。顔を会わせたくない」
「あぁ……なるほど」
カッチーが真面目な顔で少し考え込む。
「その魔法使いと顔を会わせたくないのはマデルさんってことですよね?」
「どうして?」
「だって、休暇中にどこの誰とも判らないヤツらと一緒に旅をしてて、さらに魔物退治だなんて、同じ王室魔法使いには知られたくないんじゃないかなって」
「カッチーは察しがいいね」
クルテがカッチーを見て微笑んだ。
ピエッチェが戻ってきて女神像を抱き上げる。
「台車だと地面がデコボコで、どんなに気を付けたって倒れちまうからな――カッチーは台車を持って先に聖堂に行け。その後、水を容れたバケツと雑巾の用意。女神像は聖堂に運んだらいったん台車に置く。台座を清めてから、綺麗にした女神像を安置する」
ピエッチェの指示にカッチーが台車を持つと、すっとんで聖堂に向かった。
「女神像を下には置けない?」
ニコニコしながら横を歩くクルテに
「神には敬意を払わないとな」
ピエッチェが面白くなさそうに答えた。
水拭きしただけで台座も女神像も綺麗になった。黒くツヤツヤな台座、女神像は乳白色で象牙の輝きを放っていた。
「なんて綺麗なんだろう……神々しいってやつですね」
カッチーが像を見上げて溜息を吐く。
「さて、次は女神の娘」
「前庭の草刈りは?」
「うん? もう終わった」
「えっ?」
ピエッチェとカッチーが同時に驚き、顔を見交わす。が、クルテの脳内指示でピエッチェはカッチーに微笑んで見せた。
「でもその前に前庭に行く。長柄鎌と熊手が置き去り」
二人を気にすることもなく、前庭に向かうクルテ、
「カッチーはバケツと雑巾を持って井戸のところで待ってて」
はい! と答えるカッチー、ピエッチェはクルテについて前庭に行った。
聖堂の扉を一歩出てピエッチェの足が止まる。ぼうぼうだった雑草が消え、石畳がきちんと並んでいる。
「魔法か?」
ピエッチェの問いにクルテがニヤリとする。
「不要な草は消えろ、石畳には元の姿に戻れと命じた」
「だったら最初からそうすればよかったんじゃ?」
「思ったよりも愚かだな。カッチーの前でこんな魔法が使えるとでも? それをマデルに言ったら? マデルは誤魔化せない」
「でも、これじゃあ結果は同じじゃないか?」
「カッチーが先に台車を聖堂に運び、バケツに水を井戸からくみ上げ、雑巾を探したり、それを聖堂に運んでいる間にやったって言え」
俺にも命じるのかよ? ま、いつものことか。
女神の像が隠されていたあたりに放り出してあった長柄鎌をピエッチェが持ち、熊手をクルテが拾った。その横にこんもり積まれているのは抜かれたばかりの雑草だ。
倉庫の脇を通り、カッチーが井戸の横で雑巾を洗っているのを横目に中庭に出る。
「そう言えば女神の娘はどれくらいの大きさなんだろう?」
ピエッチェがそう言うと、クルテが
「んー、等身大?」
と答える。
「それは女神の像だろう? 娘の方については何も聞いてない」
「聞かなくても目の前にある」
「えっ?」
そのまま進んでいくクルテ、呆気に取られていると聖堂裏の通路に入る扉の正面にある低木の前で止まった。ピエッチェの背より頭二つ分高い木だ。
「それが娘の像?」
「蔦が絡まって隠してる。多分」
また多分かよと思うが、よく見ると低木ではなくクルテの言うとおり蔦だ。ふさふさと葉を茂らせ、絡まる場所を見失った蔓の幾つかが宙に飛び出し揺れている。それが遠目だと枝に見えた。クルテではないが、ピエッチェも『多分』娘の像はこの中に埋もれている、と思った。
ピエッチェが蔦を掴んで引っ張るが蔓は千切れそうもない。
「力任せに引っ張るな。像に傷が付いたらどうする?」
クルテが鼻で笑う。
「それより少し掻き分けて、確かに娘の像が土台になっているのか確かめろ」
言われたとおりにしてみると、奥の方に黒い石が見えた。指先で触れてみると、土埃を感じるが、軽く擦るとつるつるしていた。
「女神の娘の像は黒いのか?」
「見たこともないのに知るわけがない」
そこにカッチーが、二人を呼ぶ声が聞こえた。見るとマデルも一緒だ。
「食事の用意ができたってマデルさんが言ってます」
「判った、すぐに行くから、昨日食事した部屋に運べ。カッチーが運ぶんだぞ――それから、マデルと一緒にギュームを呼びに行け。話があるって言えば、きっと来る」
クルテの指示通り、ピエッチェがカッチーに答えた。カッチーがマデルと一緒に厨房へと消えた。
「うん、いい感じ」
笑んだと思うと両手を頭の上げるクルテ、ゆっくりとその手を両側に降ろしていった。すると見る見るうちに娘の像に絡んでいた蔓が縮んで、黒く光る像が現れた。
魔法か……と思ったがわざわざピエッチェも訊きはしない。中庭に生えていた雑草もいつの間にか消えて、前庭と同じように、刈られた草の山が奥の方にできていた。
「少し時間を置いてから行こう。これで言い訳を考えずに済む」
「長柄鎌と熊手は必要なかったな」
「なんで? それがあるからどうやったのかを訊かれずに済むのに?」
「あぁ、そう言われればそうか」
「取り敢えず鎌と熊手は倉庫に返そう」
熊手を持って倉庫に向かうクルテ、娘の像をチラリと見てからピエッチェも鎌を持って歩きだす。
膝ほどの高さの石の台座に乗せられた女神の娘像はすらりとした肢体を軽く捩らせて、頭上に伸ばした両腕を緩く組んでいる。俯き加減で微笑んで、優しい眼差しで何かを見ているようだ。長い髪は背中で波打っていた。黒いのは黒瑪瑙の色だ。オニキスを全体に埋め込み磨いて、滑らかに仕上げてある。
どこかで見たことがある。いいや、確かに見たことがある。グレナムの剣の鞘に施された彫刻と同じだ。ただ、こちらはオニキスでグレナムの彫刻は黄金だった。立像と浮彫の違いはあれ、同じものに思えてならない。それとも、思い違いで似ているだけか? あぁ、そうだ、グレナムの彫刻は女神の娘ではなく精霊だった……
聖堂裏の通路から入った部屋では突っ立ったままのギュームに、マデルが座るよう勧めているところだった。
「いえ、お話が済んだらすぐに失礼いたしますので」
カッチーは椅子に座って、そんなギュームをボケッと見上げている。ピエッチェとクルテが姿を見せると三人揃ってほっと息を吐いた。
「お話しとは何でしょう? それが終わったら、わたしは自分の部屋に戻ります。ご厚意は嬉しいのですが、お食事はご遠慮させていただきたい」
「そうですか……でも、まぁ、お座りください」
クルテが納得してくれたと受け取ったのだろう、少しだけ迷ってギュームがソファーに座る。その対面にピエッチェが腰を降ろした。クルテはマデルに何か耳打ちしてからピエッチェの隣に座を取った。
「夜にお話しした件ですが、昼頃に迎えの馬車が到着します。持っていく荷物を纏めておいてください」
「……絵はすべて持っていきたい。許されるのでしょうか?」
マデルがそっとピエッチェに頷く。
「積み込めるような馬車で来るのでご安心を」
「何から何まで、なんとお礼を言ったらよいものか……」
ギュームが涙ぐんだ。
「それと……教えていただきたいことがあるのです」
「えぇ、わたしにお教えできることならどんな事でもお答えします」
「例の暖炉のある部屋の絵なんですが、実在する部屋を描かれたものですか? それともギュームさんの想像で描かれたものですか?」
「あぁ、あの絵……」
ギュームが懐かしそうに微笑む。
「あれはモーシャンテンの宿の一室です。宿と言ってもコテージなのですがね。妻と一緒になってすぐのころ、二人で旅行した時に利用しました」
ギュームがうっすらと頬を染める。
「美しい星空を二人で眺めたのが思い出されます」
思い出に浸るギューム、その余韻が消えるのを待ってクルテが訊いた。
「それはモーシャンテンのどのあたりでしょうか?」
「封印の岩の近く、ジェンガテク湖畔ですよ――それがどうかしましたか?」
「いいえ、ちょっと気になったものですから」
「それともう一つ教えてください」
再びピエッチェがギュームに尋ねた。
「ギュリューの街のことなんですが、壁のことはご存知でしょうか?」
「壁のこと? 壁の、どんな事でしょう?」
「鮮やかな色に塗られている事です」
「鮮やか? うーーん、どの建物ですか?」
首を傾げるギューム、クルテが
「……ご存じないようですね。あとできっと驚かれると思います」
話しを打ち切った。
クルテの脳内指示でピエッチェが立ち上がる。
「お訊きしたいのは以上です。ご足労いただきありがとうございました」
「いえいえ、これくらいなんてことありません」
ギュームも立ち上がり、クルテも立つ。そこにマデルが料理を一皿、トレイに乗せて差し出した。
「義姉が作りました。お口にあえばいいのですが」
受け取ったをトレイをクルテが、今度はギュームに差し出す。
「ご一緒にと思ったのですが、ここではギュームさんも気づまりでしょう。お部屋にお持ちください。皿は食堂の物です」
ギュームは断ろうとしたようだが、
「ありがとうございます……美味しそうだ。食欲がなかったのですが、急に空腹になりました。ご馳走になります」
涙の滲む笑顔で受け取った。
「本当に何から何まで……ご恩は一生忘れません。いずれきちんとお礼したいのですが、レムシャンに言えばあなたがたと連絡が取れますか?」
さて、なんと答えよう?




