11
困り顔でクルテがピエッチェを見る。顔を見ながらの脳内指示は珍しいと感じていたピエッチェだ。もちろん指示通りに話しを進める。
「ギュームさんを責めているんじゃないんです」
ピエッチェの言葉にギュームが顔をあげる。
「実はこの聖堂に至る道には魔物が出るようになってしまい、それで来る人がいないのです」
「そうなのですか?」
驚くギューム、ここに閉じこもっていたのだから知らずにいたのだろう。
ピエッチェが頷いて、
「俺たちはその魔物を退治するために来ました。だからあれこれ訊いたのです。それが詰問に聞こえたのなら配慮が足りませんでした。申し訳ありません」
と言えばクルテが
「レムシャンさんはわたしたちがここに行くのを知って、ギュームさんを助けて欲しいと仰いました――ギュームさん、レムシャンさんのところへ行って、一緒に暮らす気はありませんか? ここで暮らすのは大変でしょう?」
とギュームに向き直った。
「どうやって食料を調達していたのです? 水は井戸から汲むとして、汲んでいたのはギュームさんですよね?」
「それは……聖堂の女神像を前庭に運んで以来、妻はこの部屋から出たくないと言って引き籠りました。水を汲みに行ったのはご指摘通りわたしです。あそこは倉庫の影で門からは見えません。食料は――不思議でした」
ギュームが顔を上げ、
「女神のお恵みだと、そう思っていました。朝の祈りのため聖堂に行くと、女神の像があった場所に置いてあるんです」
と、クルテの顔を見た。
「それは毎日?」
「祈りには毎日行っていました。食料は連続で置かれていたり数日あいたり、時には十日もなくてこのままでは飢え死にしそうだと思ったこともありました」
食料が女神からもたらされていたと聞いて、ピエッチェとマデルが顔を見交わした。その女神こそ、魔法使いじゃないのか? だが、ギュームにそれを言っても始まらない。
「慈悲深い女神さまも時にはお忙しくて手が回らないこともあったのでしょう――ところでキャンパスなど絵の道具はどうされているんですか?」
ピエッチェとマデルの思惑など知らん顔でクルテが質問を続けた。
「そうそう、それも不思議なのです。この部屋に着いた時にはすでに運び込まれていました。だからここに住もうという妻の申し出にも賛成できたのです」
「ここに住まわれて十年ですよね? キャンパスや絵の具が足りなくなったり、筆が壊れたりとかはなかったのですか?」
「それが、絵の具や筆はいくら使っても翌日には新品に変わっていました。キャンパスはわたしが駄作だと思ったものはやはり翌日には元通り手付かずの状態に戻っていて……なんとも不思議でしたが、それも女神の娘のお陰だと信じていました。妻を返してくれたならあとは絵を描ければそれでいいと祈ったものですから」
「なるほど、女神さまと言い、女神の娘と言い、なんとも慈悲深いですね――描き終わった絵で紛失したものはありませんか?」
「紛失?」
「暖炉がある部屋を描いた絵なんですが、ギュームさんのサインがあるのです」
「あぁ……そうだ、思い出した。あれは旅人にあげたのです。うん、そう、あの男が来て以来、あなたがたが最初のお客です」
さらにピエッチェとマデルの緊張が高まる。あの男? ソイツがフレヴァンスを誘拐した首謀者か?
「あら、それはいつ頃?」
「先ほど、何日経っても誰も来ないと言いましたが、あの不愉快な男を忘れていました。嫌なことは忘れるよう、普段からしているんです――ここに来てあれは、三日目か四日目か? 道に迷って辿り着いたと言うのでお茶をご馳走したんです。わたしの絵を見てすごく気に入ったから買い取りたいというので差し上げました。判っているんです、わたしの絵は値が付くような代物じゃない……それに、早く出立して欲しかった」
「出立して欲しい?」
「とんでもないことを言い出したんですよ。レムシャンを養子に欲しいだなんて、初めて会った相手に言うことじゃない」
「呆れた男だな」
ギュームの肩を持ったのはピエッチェだ。
「どんな男だったか覚えているか? 何か悪さを考えていたのかもしれない。顔が判れば役人に話して手配して貰おう」
「いや、別に誘拐されたわけでもないし、それきりここには来ていません。それともその絵が何かに悪用されたのですか?」
ギュームの疑念に答えたのはクルテだ。
「ある令嬢が誘拐されました。やっと隠れ場所を見つけ出し踏み込んだのですが一歩遅く、もぬけの殻――そこにその絵があったんです。犯人の所有物と思って間違いありません」
「しかし、転売して持ち主が変わっている可能性もありますよ?」
「最初の売り主が判れば辿れます」
「なるほど……十年前の記憶ですから自信はないのですが、それでも良ければ似顔絵をお描きします」
「助かります! ありがとうございます!」
そう言ったのはマデルだ。その突拍子もない声に慌てたピエッチェが、
「あ……誘拐されたのは姉の友人なんです」
と取り繕った。
それはご心配ですね、とギュームがマデルを見た。
「できる限り男に似るよう描いてきます。そういう事なら、えぇ、そりゃあもう、自称画家の意地に賭けても」
ギュームがいつも絵を描いている部屋に消えるとマデルが小さな声で『ごめん』と言った。それにはピエッチェもクルテも微笑みで返した。
「それよりマデル……」
マデルよりも小さな声でクルテが言った。
「明日の昼頃までにギュームを迎えに馬車で来るよう、あの宿の主人と連絡を取れないかな?」
「ギュームが行くと言うかな? それに宿の主人はギュームを引き取ることを承知するか?」
マデルではなくピエッチェが、やはり小声で言う。
「ギュームをここに置いていくわけには行かないし、ここに人が来るのはほっといたらいつになるか判らない。宿の主人はギュームのことを心配していた。後ろめたさも手伝って承知すると見込める」
「後ろめたさ?」
「ギュームの後妻というのは騙りだと教えてやるといい。もちろん聖堂の森の魔物を退治したことも伝える。でなきゃ怖くて来れないだろうからね」
「鳥を使役して手紙を持って行っては貰えないの?」
これはマデルだ。が、クルテは、
「森の小鳥があの宿を知っているとは思えない。さっきの雉には、道なりに行って最初に見つけた女に渡せと指示した」
と言う。
「うーーん、それじゃあ、ちょっと席を外してもいい? セレンヂュゲあたりに知り合いの魔法使いが居れば連絡が取れる」
マデルがギュームの部屋を出てからピエッチェが、
「もし、連絡が付かなかったらどうするんだ?」
とクルテに訊いた。するとクルテが、
(大丈夫。マデルにはちゃんと当てがある。ただ、わたしたちの手前、それは言えなかった)
と脳内会話で言った。
(当てって?)
(魔法使い同士の秘密の連絡方法があるらしい。どんな手段かは考えてくれなかったから判らない)
(相手の魔法使いは信用できるのか?)
(少なくともマデルは絶対的な信頼を相手に寄せている――そして相手もマデルに同じ思いを抱いている。多分)
(この場合の多分はどれを言う? 全部だなんて言うなよ)
(連絡先の人物がマデルを信頼してるってところだよ。マデルがそう思っているのは確実だけど、実際のところは本人の心を覗かなきゃ判らない)
(なるほどね)
そうこうするうちギュームが戻ってくる。
「あれ? お姉さまはどうされました?」
「えぇ、ちょっと花を摘みに――ご挨拶もせず離席したご無礼をお許しください」
「いえいえ! そういう事なら仕方ありません。生理現象には勝てません、お気になさらずに」
遠回しなクルテの表現を察したギュームが却って恐縮する。しかしクルテって大嘘つきだなと思うピエッチェだ。
「自分としてはまずまずの出来だと思います。少なくとも男の雰囲気はこの絵の通りでした」
ギュームが差し出した紙には男のデッサン画が描かれていた。
「まるでこちらを睨みつけているような目、眼光の鋭いかたなんですね」
「はい、まぁ、最初見た時はにこやかで悪い人間には見えなかったのです。ただ、雑談中に時どきジロリと目が光るというか……それでその印象で描いています。にこやかな絵も描きますか?」
「それには及びません。この絵で充分過ぎるほどです――因みに年齢は幾つくらいでしたか?」
「そうそう、それも不自然でした。若いんですよ。どう見ても三十に届いていなかった。そんな男が十二のレムシャンを養子にしたい? 怪しいことこの上ない」
何が目的だったのか突き止めたほうがいい……そう言おうとしたピエッチェ、クルテの『黙れ』で言えなかった。
「ホント、怪しいですね……ところで、レムシャンさんのところへ行っていただけますか? ここに暮らしていたいわけではないのでしょう?」
「それは……」
真っ直ぐ見詰めるクルテにギュームが瞳を泳がせた。
「今さらわたしなど、レムシャンの負担になるだけです」
「あ……うっかり言い忘れていましたが、魔物は退治されたんですよ」
「あぁ、あなた方の目的はそちらでしたね。それはよかった」
「だからギュームさん、言い難いのですが、この聖堂は聖職者の管理に置かれることになります」
「それは……もうわたしはここには住めないと?」
ギュームが明白に力を落とし、黙り込む。
「レムシャンさんはギュームさんをかなり心配していました。あんな誰もいないところに父を一人で置いておくわけにはいかないと――グレーテさんも夫の父親を嫌うようなお嬢さんとは思えません」
「しかし……」
「せめてギュリューに行って息子さんや、その婚約者家族と相談なさってはいかがですか? 父親が行方不明だなんてレムシャンさんがお気の毒です」
少し迷ったようだがギュームは
「そうですね。確かに心配かけるほうが世話を掛けるより罪深い」
心を決めたようだ。クルテがニッコリ笑って立ち上がった。慌ててピエッチェも立ち上がる。
「夜遅くに失礼いたしました。絵まで描いていただいた……思い切ってお訪ねしてよかったです」
「こちらこそ、妻のことといい、倅のことといい、大変お世話になった――絵を描くことでお役に立てるのなら、幾らでも描かせていただきます」
ギュームの部屋を出て、聖堂裏の通路に出られる部屋に戻る。
「マデルは部屋に居なさそう……戻るまでここで待とう」
とクルテがソファーに腰かけ、
「ピエッチェはここ」
と隣に座るよう催促した。
「なんだか寒い。ピエッチェが隣に座れば少しは暖かい」
「少しかよ? おまえ、甘えるのが下手だな」
と、言われたとおりに座るピエッチェ、すぐにクルテが寄り掛かってくる。
やっぱりクルテの身体は熱い……そう感じると同時にピエッチェは、『コイツは魔物だ』とお呪いを唱えるように心の中で呟いていた。




